「なぁ尽、父さんのあの赤の渋いネクタイ知らないか?」

「クローゼットにしまってあるんじゃないのー?」

「ねぇ〜尽ぃ〜、お母さんの白い花のピアス知らな〜い?」

「知らないって! ってゆうか何で二人ともそんなに洒落るんだよっ!!」

 

子供のオレに聞いたってわかるワケないだろ!

夜、もう8時半を回ってる。

オレの家では、珍しく慌ただしい。

 

「ね? 尽、お母さんおかしくない?」

「おかしくないよ! まったく、葉月が来るくらいで……」

「何を言ってるの? 夏野の彼氏が来るのよ!? 変な格好なんかできないじゃない」

 

身支度を整えた父が顔を出す。

 

「そうだぞ、尽。 あのモデルの葉月くんだろ? 息子になってくれれば、父さんも鼻が高いんだ。 おまえのお兄さんにもなるんだぞ」

 

おいおい、まだ結婚するわけじゃ……。

 

「普通の父親なら一人娘の恋人なんて嫌うのがオチだろうが、父さんは嬉しい! あんな娘と付き合ってくれるなんて、いい青年だ」

 

あんなって……ねえちゃんが聞いたら怒るだろうなぁ……。

とてもついていけない両親に尽は大きな溜息をついた。

 

そもそも葉月が夕方あんな電話よこすから。

 

 

 

 

 

『尽……今夜お父さんとお母さんは家にいるか?』

『え? いるけど……ねえちゃんは? 今日バイトだろ?』

『ああ、いいんだ……今日は親御さんに用があって』

 

 

 

 

 

見ると、9時。

約束の時間。

そろそろ来るな、と思うのと同時にインターホンが鳴った。

 

「よう、葉月」

「ああ、尽。 悪かったな……電話して」

「いいよ、あがれよ」

 

おじゃまします、と葉月は丁寧に靴を脱ぐ。

 

「ったくさあ、おまえが来るってなったらうちの両親……」

「君が葉月くんだね? 噂はいろいろ聞いてるよ!」

「まあ……葉月くん……近くで見てもいい男ねえ」

 

いつの間にか顔を出してたうちの親。

戸惑っていた葉月だったが。

 

「あ……初めまして、葉月と申します。 今年の3月から夏野さんとお付き合いさせて頂いています」

 

深々と頭を下げた。

 

「私は初めてじゃないわよね? 覚えてる?」

「はい、覚えてます」

「いやあ、今時の若い子には見られないほど挨拶がしっかりしてるじゃないか! 気に入った!」

「やだ葉月くん、固くならないで! さ、こちらへいらっしゃい!」

 

と、無理矢理葉月を居間へ通した。

あのふたりに勝てねぇカンジする……。

大きな溜息をつく。

あまりの慌ただしさにオレひとりぽつんと取り残されただけだった。

 

 

 

 

 

「夜分にすみません……こんな遅い時間に」

「あら、いいのよ。 ほら座って」

「今日はお伝えしたいことがあって……それが済みましたらすぐお暇しますので……」

「ゆっくりしていけばいいじゃないか」

「お父さん、お母さん」

 

ふたりと目を合わせ、言うと葉月は。

床に膝をつき、前屈みになり。

手をついた。

その姿に、オレも両親もビックリした。

 

「は、葉月!?」

「葉月くん!? どうしたんだ!?」

「実は……実はこの間……夏野さんを傷つけてしまい……その謝罪で来ました」

 

え?

わざわざ、それで……?

葉月以外が目を丸くして。

 

「モデルの仕事をしているばかりに彼女を傷つけ……悲しませてしまいました……」

「葉月くん……」

「僕が焦るあまり、どうしても断れなかった仕事にかかりきりになり、彼女をちゃんと見てやれなかったこと……本当に申し訳なかったと思っています」

 

葉月……そうだったのか。

逢えてなかった、ってこういうことだったんだ。

 

「葉月くん、頭をあげて。 夏野だってそんな深く考えていないわ」

「そうだぞ、葉月くん。 私たちの子なんだ、難しく考えなくていいんだぞ」

「でも……やはりこれだけはおふたりに知っておいて頂きたくて……」

「なぁ葉月。 何焦ってたんだよ?」

 

葉月は目を瞑り。

小さく息を吐いた。

 

「早く……一人前になりたかったんです」

「……どういうことなんだ、葉月くん?」

「……こんなことを言ってもいいのか…………早く食わせていけるようになりたかったんです……彼女を」

「え……」

 

葉月は続ける。

 

「僕はずっと……人に心も開かず、ひとりで生きていけると勘違いしていました……でも彼女はそれは違うと、僕にいろいろなものを与え教えてくれました……」

「………………」

「人に優しくなることも……人を助けてあげることも…………人を好きになることも……」

「葉月くん……」

「彼女は僕の手を引いて……いつも一歩前を歩いて導いてくれたんです」

 

ふたりがどういう高校生活を送っていたのかはわからない。

だけど。

葉月にとっては。

とても大事な人間だったんだろう。

うちのねえちゃんは。

 

「お父さん、お母さん」

「は、はいっ」

「付き合ってまだ半年にも満たないのに……こんなことを言うのは早まり過ぎだとは思っています」

「葉月……」

「今後喧嘩もするかもしれない……別れるところまで行ってしまうかもしれない……」

 

一旦、切る。

 

「でももし……もしもまだ僕と一緒にいて、夏野さんがその時にその気でいてくれているのであれば……」

「………………」

 

 

 

 

 

「……大学を卒業したら……夏野さんを、僕に貰えませんでしょうか?」

 

 

 

 

 

え……?

葉月、おまえ……。

 

「勿論、それまで頑張って学業と仕事を両立します。 宝飾デザイナーの勉強もします。 ですから――」

「葉月くん」

 

それまで口を閉ざしてた母さんが。

 

「あの子……本当に普通の子で、何も取り柄のない子で……でもあなたはとてもカッコよくて女の子がほっとかないでしょ? 夏野よりいい子なんていっぱいいるわ」

「………………」

「今は夏野しか見えてないのかもしれないけど、もっと素敵な女の子が現れるかもしれないのよ?」

「……お母さん」

 

葉月は真っ直ぐ母さんを見つめて。

 

「……彼女にもっといい人ができるかもしれない……僕にもいい人ができるかもしれません。 けれど僕を変えてくれたのは紛れもなく彼女であって……僕はこの先彼女を忘れることはあり得ません」

「葉月くん……」

「彼女はもう……もう、僕の……僕という人間が形成されてる一部なんです」

「………………」

「……彼女を悲しませるようなことはしません。 不幸にすることもしません。 彼女を大事にしたいんです。 今度は僕が彼女の手を引いて……いろいろ与えてあげたいんです」

 

暫くの沈黙。

父さんが口を開く。

 

「――ちゃんと夏野のことを考えてくれてるんだな……若いのにな。 なぁ、母さん」

「そうね、わたし感動したわ」

 

母さんも涙を拭いながら。

 

「ありがとう……うちの子、好きになってくれて」

「いえ、そんな……」

「でもね、葉月くん。 夏野もあなたが大事みたい」

「え?」

 

母さんが葉月を立たせて。

腕を引いてソファに座らせた。

 

「あなたは、夏野の運命の人だわ。 こうなるために出逢って、再会したのよ。 神様はすごいわね」

「はい……僕も、そう思ってます」

 

オレが生まれる前。

ねえちゃんは教会で男の子に出逢う。

たった数日の日々。

その後家族は引っ越すけど。

数年後、はばたきに戻って来たねえちゃんは葉月と、逢う。

その教会の男の子が。

葉月だと。

 

オレは今初めて知った。

ねえちゃんの初恋。

聞いてたことはあった気がする。

けど。

それが葉月だったなんて。

 

もう。

これはもう決まってるじゃんか。

誰もふたりの間に入れないだろ。

 

「夏野もね、あなたのことが好きで好きで仕方ないみたい。 いろいろ話してくれるからね、わかるわよ」

「と、父さんには話をしてくれないんだな……」

「お父さんは男ですもの」

 

笑って。

キッチンにお茶を入れに行く。

 

「でも葉月くん、ご両親がよろしければ大学卒業まで待たなくても……」

 

葉月は面食らったようで。

 

「い、いえ……それは……まだ学生の身分で……彼女を食わせていけるかどうか……」

「ご両親はお仕事でなかなか帰国できないみたいだから……ここにいるわたしたちもサポートするから、ね?」

「お父さん……お母さん……」

「ていうか、もう子供作っちゃえばいいのに」

 

葉月が咳込む。

まぁ。

確かに近道だけど。

 

「あの……おふたりで……尽も……僕を見極めてもらえませんでしょうか……?」

「え?」

「僕に納得がいかなければ許可しなくていいです……それはまだ僕に力がないわけですから…………30歳になっても40歳になっても、待ちます」

 

葉月の。

覚悟を知った瞬間だった。

 

本気、なんだ。

中途半端な気持ちじゃないんだ。

 

その真剣さが。

オレにも。

父さんにも母さんにも、伝わった。

 

父さんが笑って。

 

 

 

「葉月くん。 これからは私たちを親だと思って、遠慮しないでくれ。 どうせ近々本当の親になるんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

談笑してる中。

葉月の携帯が鳴った。

その画面を見た瞬間、“失礼します”と葉月が立ち上がり部屋を出ていく。

 

リビングのドアを開けると。

葉月はこちらに背を向け、電話していた。

 

「ああ、お疲れ様……久しぶりで疲れたろ? 次はいつ? ……そうか、店長によろしく。 最近行けてないから、近いうち飲みに行くって…………うん……ん…………俺……? 俺は……おまえの家」

 

途端。

葉月の電話から。

大きな。

 

『ええええええええええええええええっ!!!???』

 

が聞こえ。

葉月も耳から電話を離した。

小さく笑って。

 

「今日は、尽の家庭教師……勉強教えてくれって…………お袋さんがご飯食べてけって、来た時間遅かったから何か悪いことした……ああ、ご飯おまえ待ちだったみたいで…………そう、みんなおまえ待ってる……うん……ああ、わかった。 慌てないでいい、気をつけて帰って来いよ」

 

電話を切ると。

オレに気づく。

 

「ねえちゃんか?」

「ああ、バイト終わったって……すぐ帰るって言ってた」

「なぁ、葉月」

「ん?」

 

オレは頭の後ろで両手を組んで。

 

「オレは将来いい男目指してんだ。 だから目標のおまえは、ちゃんとオレの近くにいろよ」

「尽……」

「わかったか? 絶対だぞ?」

「……ああ、わかった。 絶対な」

 

葉月は笑ってオレの頭に手を乗せ。

優しく撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ねえちゃんが久しぶりに“ALUCARD”でバイトを再開した日。

帰ってきたと同時に夕食。

5人でのご飯。

近い将来。

やっぱ同じ光景を見るんだろうな、と。

ぼんやり考えていた。

 

 

「今度珪くん、釣りに行こう。 いいぞ、ぼーっとできて。 でも20歳になったら飲みに行こう!」

「釣り……良さそうですね。 お酒も是非」

「珪ちゃん、今度誕生日教えてね。 自慢の美味しいタルト作ってあげる。 あ、その前に私とデートしましょ」

「ありがとうございます。 デートは夏野さんも一緒に……夏野、そんな顔するな」

 

 

父さんは“珪くん”と。

母さんは“珪ちゃん”と。

それと。

ねえちゃんがいなくてもいい誘い。

 

あまりの親しげにねえちゃんが眉間に皺を寄せて、しきりに父さん母さんを凝視していたけど。

 

今日葉月が来たことの意味。

当分ねえちゃんが知ることはないんだろうな。

 

だけど。

たぶんねえちゃんは、幸せ者だ。

 

葉月なんて何人も選りすぐれるだろうに。

ねえちゃんを選んでくれた。

 

これから先。

葉月はねえちゃんのために生きてく。

幸せにしてくれるはず。

それは父さんも母さんも。

感じてるはずだ。

それはオレにとってももちろん。

 

にしても。

葉月がオレのにいちゃん、か……。

ちょっと。

笑った。

 

「どうしたの、尽?」

「なんでもないよ」

 

オレも。

そろそろ。

彼女をひとりに絞らなきゃダメかな。

 

そんなことを思いながら。

味噌汁を一口、飲んだ。

 

 

 

 

 

「signal ―scene 10 揺るがないもの」
20170225



実際いたら重くてドン引きされないかなー(笑)
でも王子なので許してやって下さい。










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