逢いたい。
逢いたい。
どうにかなっちゃいそう。
逢いたくて。
逢えなくて。
すごい人なんだ。
わたし単純だから一目見る事ができればきっとこんな気分もなくなる。
だからね。
珪くん。
逢いたいよ。
わたしは部屋で携帯を持て余して。
ベッドに横になっていた。
今日も珪くんのバイトの日。
最後逢ったのは……一週間前。
最近の珪くんは本当に忙しくなった。
週2回のバイトどころじゃない。
ほとんど毎日。
最近では家と大学、家とスタジオの行き来だけになってる珪くん。
全国区のモデルって。
やっぱり大変なんだな……。
今……忙しいよね?
だけど。
珪くんに逢いたい。
疲れてると思うし、デートとかできなくてもいいから。
ほんのちょっとだけでもいいから。
今度の日曜とか……ダメかな?
携帯の時間を見る。
まだ。
きっと仕事してる。
でも。
もし出られなきゃ留守電に入れておこう。
わたしはリダイヤルに表示される珪くんの携帯に電話をかけた。
呼出音が鳴る。
2回、3回……。
そろそろ留守番電話になるかな……。
と、留守電になるはずの電話が相変わらず呼出を終わらない。
あれ?
珪くん、解除してる?
暫く待ってると、その電話は通話になった。
「もしもし? 珪くん?」
『……誰? あなた』
女の人。
「あ、あれ? これ……珪くんの電話じゃ……」
『そうよ。 珪の電話。 あなた誰?』
「あ、あの……わたし、樋渡夏野と申しまして……」
途中。
相手の女の人はわたしの発言を遮った。
『あのね、この電話番号どうやって知ったか知らないけど、珪は今とても大事な時期なの。
女の子と遊んでるヒマなんかないのよ。 もう二度と電話しないでちょうだい!』
途端、すごい勢いで電話が切れた。
呆然。
言葉も出てこない。
ようやく電話を耳から離したけど、わたしは自分の携帯から目を逸らすことができなかった。
どんなに電話しても。
珪くん以外の人が出る事はなかった。
今まで、なかった事。
今の言い方からすると。
マネージャーさん……なのかな。
もしかして代わったのかな。
わたしは切れた電話を机の上に置き。
再びベッドに沈んだ。
心臓がドキドキしてる。
やっぱり仕事中だもんね。
迷惑、だったな。
わたしからできない電話。
マネージャーさんにも気分を悪くさせちゃったな……。
なんでわたしってこうなんだろう。
誰にもいい顔したいとかそういうんじゃない。
誰にも嫌な思いをしてほしくないだけ。
でも。
わたしがしている事は。
逢いたい。
逢いたい。
どうにかなっちゃいそう。
珪くん。
逢いたいよ。
どれくらい。
机の上の携帯を見てたんだろう。
瞬間光って。
即座に着信音が鳴った。
横になっていたわたしは、ベッドから起き上がって慌てて携帯を取る。
「もっ、もしもし?」
『夏野? ああ、俺』
「も、もう撮影終わったの? お疲れ様」
『ああ、もう帰る。 あ……なぁ、さっき俺に電話くれたか?』
ドキっとした。
「え……なんで?」
『留守電が解除されてる』
「留守……電? 設定してたの?」
『ああ、いつもしてるから。 でも……おまえ今さっき電話くれたろ?』
「あ……」
『この時間じゃまだ起きてると思って履歴出したら、10分前のおまえの番号が出たから……不在にもなってないし』
「う、ううん、してないよ。 それともわたし間違ってかけちゃったかな」
『…………? そうか……?』
珪くんが少し不審に思ってる。
わたしは焦って話題を変えた。
「ね、ねぇ珪くん。 珪くん、今度の日曜は……」
『今度の日曜? ああ……仕事、入ってる……』
「あ……お仕事なんだ…………」
わたしが酷く落ち込んだのを。
珪くんは見逃してくれなかった。
『夏野』
「え? なぁに?」
『…………ごめん』
「え…………」
『全然、逢えなくて』
わたしは彼に気を遣わせちゃったと。
急いで珪くんに。
「や、やだ! 全然平気だよ! 珪くん忙しいもんね、でもわたし全然寂しくないから!」
『え?』
「こうして毎日電話もらってるから、うん、わたし大丈夫」
『………………そうか』
「もう帰るよね? 気をつけて帰ってね」
『ああ。 また明日な、おやすみ』
「おやすみなさい」
電話を切って。
携帯を置いて。
伏せている机の上の写真立てを見た。
尽にすぐに冷やかされるから伏せているそれ。
入ってたのは、なっちんが前に隠し撮りしてくれた珪くんの写真。
卒業式を境に。
それはわたしと珪くんと、二人で撮ったものに替わった。
写真の珪くんは。
今までに見た事がないくらい。
笑顔で映ってくれて。
わたしも幸せな顔してる。
もしかしたら逢えないのは。
わたしと一緒にいるのがイヤなのかなとも思った時期もあったけど。
街にいろいろなポスターの中に珪くんがいたりするのを見れば仕事が忙しいんだなと思ったり。
こうして電話を必ずくれたりすれば、そんな事はないのかなと思えてきて。
珪くんから電話をもらえて嬉しかった。
昨日も一昨日も一週間もずっと。
大学でも逢えない分。
珪くんからの電話がひどく嬉しい。
さっきの電話を帳消しにしてくれるようで。
嬉しかった。
その写真の珪くんの。
頬を撫でて。
「おやすみ、珪くん」
再び机に伏せた。
大学内。
わたしは校舎裏の大きな楓の木の下で。
上を見上げている。
目を細める。
木漏れ日が眩しい。
キラキラしてて。
綺麗。
木って。
何を考えて生きてるんだろう。
何も考えてない、って事はないんだろうな。
こうして毎年葉っぱがついて、秋には真っ赤になって、落ち葉になって。
また春には葉っぱが生え変わる。
何も言えないけど。
言いたいこともたくさんあるんだろう。
そして、その向こう。
いつから。
わたしは空を見上げるようになったんだろう。
空は好き。
空を見ると自分が小さいと実感するから。
自分の悩みなんて。
なんとちっぽけなんだろうと。
実感するから――。
きっと。
泣かないように、じゃない。
涙が零れ落ちないようにじゃ、ない。
わたしを呼ぶ声で我に返る。
志穂ちゃんがわたしを見つけ。
小走りでやってくるところだった。
「志穂ちゃん。 あ、ごめん! 一緒に帰ろうってわたしが誘ったのに……」
「いいえ、大丈夫。 探したわ。 さ、帰りましょうか」
「うん、帰ろう。 ねぇ帰りにどっか行かない? お茶飲みにでも」
「ねぇ、樋渡さん」
「なぁに?」
志穂ちゃんは立ち止まって。
わたしをじっと見て。
「また、なの……? ねぇ、どうしてあなた何も言わないの?」
「またって? やだな、なんにもないよー」
「……そういう下手な嘘は鏡を見てからつく事ね」
「え?」
そう言うと志穂ちゃんはバッグの中からブラシを取り出し。
わたしの髪を梳いてくれた。
かなり酷い乱れようだったらしい。
志穂ちゃんは梳きながらわたしを見てる。
わたしも。
じっと志穂ちゃんを見た。
ぎゅっと。
トートバッグのとれかけた取っ手を握り締め。
分かってる。
心配、してくれてる。
だから。
わたしは笑うんだ。
ブラシをしまう志穂ちゃんの腕を取って。
校門まで歩き始めた。
「だってさー……気持ち、分かるもん」
「………………葉月くんには相談したの?」
呆れて溜息をつく志穂ちゃん。
わたしは。
「あはは。 やだ志穂ちゃん、言えないよー……だって迷惑かけちゃうもん。
わたしは、言えないよ」
「私がその場にいれば……」
「大丈夫だって! だから内緒ね」
人差し指を口に当てて、笑ってみせた。
大丈夫。
もう大丈夫。
笑えてる。
でも、本当は。
志穂ちゃんは見逃してくれてなかった。
その時、遠方に見慣れた男性が立っていた。
こちらに手を振っている。
「あ! 守村くんだよ? 志穂ちゃんさ、やっぱお茶は今度にしよう!
わたしももう帰らなきゃ! また明日ね、バイバイ志穂ちゃん!!」
わたしはその場から逃げるように。
志穂ちゃんに別れを告げ走り去った。
顔をぺちぺち叩いて。
自分を叱責した。
ダメ。
しっかりしなきゃ。
誰にも迷惑かけちゃダメだ。
これはわたしの問題。
わたしだけの、問題。
なっちんにも志穂ちゃんにも。
珪くんにも。
誰にも迷惑かけちゃダメなんだ。
「signal ―scene 1 逢いたい」 |
20101205 |