連絡船がビサイドに着いた頃。
船の一室を借りてユウナを寝かせていた。
着いてもユウナの目は覚めることはなく。
オレはユウナを横抱きにし、ビサイドまで戻った。
気が抜けたのか。
意識を失ってからまだ目が覚めない。
顔も青白い。
眠れてなかったことも。
泣いていたことも、聞いた。
途中歩みを止め、一度抱き直す。
仰け反られてた首は、前に折れ。
オレの胸にもたれかかった。
前髪の向こうに、赤く腫らした瞼。
オレは歯軋りをし。
その額にひとつ口づけすると。
再度村までの道を歩き始めた。
簡単に抱えられるユウナの身体。
細くて折れそうなそれ。
オレが護ってやらなきゃ、誰が護るんだよ。
いや……誰にも護らせない。
オレだけの、役目だ。
家に着いて寝室まで運んだ。
ベッドに運びユウナを気づかれないように。
ふたりでちょうどいい。
ひとりで少し広いこの家。
オレがいなくて。
ひとりでこの家にいて。
不安、だったんだろ?
怖かったんだろ?
どうしてだよ。
何で言ってくれなかったんだよ。
オレ、頼りにされてない……?
……違うか。
ユウナ……ちっとも変わらないな。
言えばオレがすっ飛んで来ると思ったんだろ? 試合があるのに。
そりゃそうさ、オレは大会なんかより。
今の。
ユウナのことの方が大事だ。
賭けだって延期にできるんだから。
バカだな……。
キッチンに向かい、湯でタオルを濡らす。
ユウナの右手。
指には絆創膏。
甲にも小さな火傷の跡。
きっと。
オレのための怪我。
ユウナはいつもオレのことを考えてくれてる。
それを考えると幸せな気分になるのと同時に。
胸が締め付けられるような感覚に襲われる。
どんな気持ちで待ってたんだろう。
オレの賭けは、結果悲しませることになった。
全勝して、優勝したらのプロポーズ。
最高の結果を残して、ユウナに告げたかった。
そのためには、全チームの特徴や何から全て把握しないといけなくて。
他のチームの試合を全部観て。
それにはそれなりの時間も必要で。
ユウナとの時間も割く必要もあったわけで。
練習も研究も終わり、気づけば夜中なんてこともしょっちゅうだった。
通信スフィアに何度も手を伸ばそうとした。
ユウナの顔を見たくて、声が聴きたくて。
“逢いたい”って、“こっちに来いよ”って言いたくて。
我慢して、我慢して。
断腸の思いだった。
それでも。
今を乗り越えれば、ユウナとの長い長い時間が待ってる。
それを糧に。
本当はユウナに言えば良かったんだよな。
オレの思い。
だけど、やっぱりユウナに驚いてほしくて。
喜んでほしくて。
何度も。
何度も。
心の中でユウナに謝ってた。
どんな気持ちで待ってた?
連絡もしないオレがもしかしたら浮気してるかもしれないって。
ユウナの前から消えるかもしれないって。
「そんなことあるわけねぇんだって……」
なぁ、ユウナ。
オレ。
オレが消えた二年間、ユウナがオレを待っててくれた話。
ユウナからちゃんと聞けてなかったよな。
けど、ワッカからルールーからリュックから。
みんなから全部聞いたんだ。
ユウナが辛かったことも。
苦労したことも。
カモメ団に入る前のことも。
ユウナのおかげなんだ。
今のオレがここにいること。
そんなユウナを置いてオレが消えるわけにはいかないと思ってる。
ユウナを裏切ってまで。
他の女のところに行くことなんてないんだよ。
それは義理とかじゃない。
それはオレが、心底ユウナに惚れてるから。
絶対ない。
今までもない。
これからもない。
約束する。
オレにはユウナだけ。
ユウナがくれたこの命。
ユウナのために使う。
タオルを濡らして寝室へ入っても。
相変わらず目は覚めない。
温かいタオルをユウナの瞼に乗せる。
効果はさほどないだろうけど、気休めだろうけど少しでもその腫れを治したくて。
途端玄関のドアがノックされた。
ユウナの傍にいたかったけど、ノックは止まない。
仕方なく玄関を開けるとルールーが立っていた。
「どう? ユウナも一緒よね?」
「ああ……今は寝てるッス」
「優勝おめでとう、インタビューしてこなかったんですって?」
「あ、忘れてた。 でもそれどこじゃないッスよ」
ルールーは息をついて。
オレを睨んだ。
「それよりアンタ、ワッカから聞いてるわよ……ルカの女と……」
「は? え、あの人!? ぜ、全然関係ないから!!」
「もし、ユウナを泣かせるようなことがあれば……私はその時アンタを許さないわ」
ルールーはまっすぐにオレを見た。
オレも逸らさない。
そう、ルールーは。
ユウナのことに関したら、きっと許さない。
オレが。
もう一度、“消える”こと。
「――約束する。 ユウナを悲しませることもルールーを怒らせることも、しない」
「……わかったわ。 ユウナのこと……頼むわね」
「ああ」
オレはルールーにユウナの傍にいてやりたいからと帰ってもらい。
すぐさま寝室へ駆け込んだ。
傍らに座り、ユウナの左手を布団から出し。
握ってやる。
ユウナが起きたら安心できるように。
目が覚めるまでここにいたいんだ。
いつまでもその手に口づけし。
目を閉じてユウナが目覚めるのを待った。
ユウナの指が動く。
それは無意識のものではなくて。
それでオレはベッドの傍らで、ユウナの手を握りながら寝ていたことに気付いた。
見れば色違いの両目がオレを見てて優しく微笑む。
「おはよ」
「おはよッス。 体調はいい? 顔色よくなったみたいだ」
「うん……全然大丈夫だよ」
ユウナの目も多少腫れが引いてて。
頬に赤みもさしていた。
起き上がるユウナの背中を支え。
そのままユウナの後ろに座り後ろからユウナを抱き抱えた。
「ありがとう、ずっといてくれたんだね」
オレは首を横に振る。
代わりに少し強く抱き締めた。
「よかった……本当によかった」
「大袈裟だって……」
笑ってユウナはオレの腕に触れる。
「あ……」とユウナは自分の左手を見た。
「夢……じゃなかったんだね」
オレはユウナの左手を取り、薬指に填めてある指輪を撫でる。
「夢じゃないさ。 覚えてる? もっかい言おうか」
「ふふ、また言われたら嬉しすぎて気絶しちゃうよ」
首だけ振り返りオレを見る。
また。
瞳に沢山の涙を浮かべて。
でもちゃんと笑顔で。
流れ落ちそうなそれにオレは口づけた。
「……シーモアとの結婚式…………オレ、本当にイヤだったんだ。
あんなヤツのためにドレスなんか着て……一生に一度しか着ないのをあいつのためになんでって……」
「………………」
「悔しくて、悔しくて……オレの前で……」
「ティーダ……」
「だから…………払拭する」
「え?」
「もっとすっごくキレイなドレス、着せてやるッス」
ユウナはゆっくりとオレに向き直り。
オレの首に腕を回し顔を埋め。
鼻をすする。
「聞きたいことあるの……どうして、イナミくんの服……」
イナミの服?
ああ。
あれは……。
「あれは……」
「……あれは?」
まさかユウナにルールーにお願いしたこと知られるなんて思ってなかったから。
少し恥ずかしくなって。
「オレと……ユウナの子供用にって」
「子供……わたしたちの……?」
「そうッス。 だって子供ってすぐ服着れなくなるから、もったいないだろ」
「き、気が早いよ」
「でもさ、あの宝石店の夫婦の子供見てさ、可愛かったんだ。
そしたら欲しくなった」
「赤ちゃん……できるかな?」
ユウナの背を撫でながら。
「できるさ。 オレとユウナの子じゃ可愛いよな」
「だったら、いいな……」
「心配?」
「だって…………」
「もしできなかったら、ユウナと今以上に仲良くする」
「え?」
「オレたちがどれだけ愛し合ってるか、みんなに見せつけてやるくらいいちゃいちゃしてやろっかなーってさ」
声を上げてユウナは笑った。
オレの二年前の後悔。
船上で『シン』に襲われた時にユウナの手を離してしまったこと。
『シン』を倒した後に消えてくオレはユウナを受け止められなかったこと。
絶対。
もうそんなことはない。
もう二度と。
この手も。
この身体も。
離すことはない。
全てが終わったら。
そう思って。
オレはユウナの背を。
強く抱いてやった――。
「cry for you ― scene 5」 |
20170501 |