日差しの強い、ルカの展望台。
街を見下ろせば、今日も賑やか。
ここはとても気持ちがいい。
潮風が優しくてくすぐったい。
遠くにあるスタジアムはまだ歓声が鳴り止まない。
大きな大会が終わった後の、各チームと一戦ずつのエキシビジョンマッチ。
それでも今日の試合は凄かったもの。
もちろんオーラカ。
もちろん彼の活躍。
わたしの、彼。
すごく幸せ。
死んじゃうんじゃないかってほど。
ううん、このまま死んじゃってもいいくらい。
幸せなんだ。
だけど。
ふと。
こうして俯く自分もいる。
いつも。
一番最初に言えない。
“おめでとう”。
「あの……ユウナ様ですよね?」
呼ばれて振り返ると。
2、3人の女の子たちがわたしを囲んでいた。
「わぁ! ユウナ様だ! わたし雷平原のコンサート行きました!
すごく感動しちゃって……握手してもらってもいいですか?」
「あ……はい」
その娘はわたしよりちょっと下くらいかな。
目が大きくて髪の長いカワイイ娘だった。
他の二人も続いて握手を求められた。
「ユウナ様って……オーラカのティーダさんの彼女なんですか?」
「え?」
「二人がお付き合いしてるって噂を聞いたので……」
ああ……この娘も彼のファンなんだ。
そんな不安な顔して……。
だからね。
わたし、いつも。
「いいえ、違います。 わたしの昔のガードなだけですよ」
そうすれば笑顔に戻ってくれる。
「本当ですか? ああ、よかった!」
女の子たちはお辞儀して去っていく。
わたしも頭を下げてその背中を見る。
そしていつも。
小さく溜息をつく。
“彼はわたしのものなんです”
“一生を誓い合った人なんです”
“だから近づかないで下さい”
――そう言えたら。
どんなにいいだろう。
わかってるんだ。
そんなこと言ったら。
彼に迷惑がかかる。
せっかくオーラカの人気が上がってきてるのに。
そんなことを言って。
困らせたくない。
「ユウナー!」
「あ」
彼が階段を上って走ってくる。
息を切らせて。
わたしの前に立つ。
「お待たせ!」
試合の後はいつもここで待ち合わせ。
あまり人目のつかないこの場所はうってつけだった。
「おめでとう! 今日もお疲れ様! すごくカッコよかった!
凄いシュート打ったね」
彼は少し苦笑した。
「どうしたの?」
「いやさ、さっき同じコトファンの娘に言われたんだ。
“カッコよかったね”とか“シュートが凄かった”とか。 でもなんでかな? ユウナに言われたほうが何倍も、何十倍も、何百倍も嬉しい」
“ありがとな”とわたしの頭を撫でてくれた。
一回だけ。
わたしたちの仲を公表しようって。
彼は言ってくれた。
嬉しかった。
本当に嬉しかった。
だけどわたしは。
『ダメだよ。 キミにはファンの娘がたくさんいるんだから、がっかりしちゃうよ?
いいよ、バレたら大変だもん』
そう言って。
断ったんだ。
ファンの娘はきっとがっかりする。
でも。
わたしはこうして。
愛してもらってる。
このスピラでたったひとり。
贅沢だよね?
これ以上欲張ったら。
バチが当たっちゃうよ。
だってこうして。
彼の小指をきゅっと握った。
こうして。
手の届くところにいる。
わたしの傍にいてくれる。
それだけで十分。
「ユウナ」
「ん?」
「エキシビジョンの最後の試合、観に来てくれる?」
「え? あ、うん……そのつもりだよ」
「ああ、よかったッス」
彼は笑ってわたしを自分の胸に閉じ込めた。
わたしは慌てて、周りを見る。
“誰もいないって”と笑う彼。
「その日さ、席用意しとくからスタジアムで待っててくれる?」
「……え?」
「な? 試合終わってもその日まだすることがあるんだ」
ゆっくり首を動かし。
彼を見上げた。
「だからさ、そんな顔しちゃダメッスよ」
オーラカの勝利で終わった最後の試合。
スタジアムはまだ熱気に覆われていて。
いつもなら席を立って応援してるチームの控え室に行くのに。
まだお客さんも帰ろうとうしない。
今日に限ってわたしは迎賓席。
普通の席でいいって言ったのに、彼は頑なにこの席にいてと。
まわりに誰もいなくて、お客さんの話も聞こえない。
わたしは一昨日ルカに来たばかりだし。
何も聞かされていない。
何があるんだろう。
数分するとティーダが姿を見せた。
わたしがナギ節で演説したあの場所に立つ彼。
スタジアムの歓声は一際高くなる。
『今日は集まってくれてありがとう。 今大会も全勝優勝できたッス。
ホントにみんなのおかげ』
深く頭を下げる。
お客さんは一斉に拍手。
それにわたしも便乗する。
『今日は、オレからみんなに……スピラのみんなに報告があるんだ』
しんとなるスタジアム。
驚いた。
心臓がドキドキする。
『前に否定したッスよね。 一部でこの間ある人と噂になったことがあったんだけど、もうそういうのやめて欲しいんだ。
その人にも迷惑かかっちゃうから。 それにその人はもう結婚してる人だから』
拍手が再び。
ティーダはそれが止むのを待って。
再度口を開いた。
『――オレには、ちゃんとずっとガードでいるって決めた人間がいるから』
「ちょ……ティーダ!」
わたしは思わず席を立った。
わたしの言葉にもちろん、遠くのティーダの反応はない。
『ずっと、ずっと……永遠にそいつだけを護ってく。
そう決めた人間がいる。 それは……他の誰にも代わりなんてできない、かけがえのない人間』
席の前の手摺りを掴んで、それは震えた。
ダ、ダメだって。
混乱しちゃうから……!
キミはブリッツの、スピラのスターなんだよ。
わたし、みんなに知られること……望んでないよ。
キミに迷惑、かけたくないの……!!
『彼女は……彼女はスピラが好きなんだ。 自分のことを差し置いてもみんなのいるこのスピラのこと考えてる。
だから2回もスピラを救った。 頑張ったんだ。 ガマンもしてたんだ。 だからさ……もっと甘えさせてあげたいんだ。
幸せに、してあげたいんだ』
スタジアムは怖いほど静か。
『オレも彼女が救ってくれたこのスピラが好き。 ブリッツも好き。
でも……それ以上に彼女のこと好きになった』
ああ、どうしよう。
『オレ結婚したッス。 これからは妻との時間を大事にしたい。
できれば……わがままかもしれないけど、オレたちのこと祝福してほしいんだ』
ぎゅっと目を瞑った。
罵声が飛ぶんじゃないかと。
野次が飛ぶんじゃないかと。
割れんばかりの大きな声援と拍手がスタジアムを包む。
恐る恐る目を開けた。
「おめでとうなー!!」
「ユウナ様だろーっ!? オレは知ってたぜー!!」
「二人とも、似合ってるぞー!!」
「ユウナ様と幸せにねーっ!!」
スタジアムを見渡す。
みんなが、祝福してくれた。
涙が、流れた。
歓声と、紙吹雪。
後ろからワッカさん、オーラカのメンバーも姿を見せ。
ティーダの髪をぐしゃぐしゃにして。
肩を抱いた。
ティーダも手を上げて、観客に応える。
どのくらいそうしてたんだろう。
数十分後。
観客がひとりもいなくなったスタンド。
まだ泣き止まないわたしの後ろから。
足音とアクセサリーの擦れる音がする。
ドアを開けて。
「へっへ〜、宣言しちゃった」
ティーダがわたしの隣に座って肩を抱いた。
顔を上げて。
キミの澄んだ青い瞳とぶつかる。
彼は笑って親指でわたしの涙をすくった。
「よかったー、これで堂々とふたりで歩けるッスね」
「なんで……なんで……」
「オレさ、そういうの煩わしいって思ってた」
「……?」
「誰かと付き合って、でも変装して街へ出てってとか。
めんどくさいって思ってたけど。 何でだろうなぁ、ユウナとはそう思わなかったんだ」
「ティーダ……?」
「ユウナとじゃ、見せつけたいって方が強かったのかも」
彼は満面の笑みで。
「それに、ユウナの悲しい顔見たくないって」
「え?」
「オレのために公表しないでおこうって、その気持ちも酌みたかった。
オレ嬉しかった。 公表しないことじゃないッスよ? ユウナいつもオレのこと考えてくれてて……でも…………知ってたんだ」
「……?」
「ユウナが泣きそうな顔してんの。 だからもうガマンしなくっていいんスよ。
もうオレたちコソコソしなくてもいいんスよ。 それに男がユウナにちょっかいも出さなくなるだろ?」
「ティーダ……」
「ごめんな……ずっと…………ラクにしてあげられなくて……」
首を振った。
「わたし、よかったんだよ……言わなくても……」
「オレがよくなかったの!」
彼は左手のグローブを脱ぎ去り。
わたしの左手を取った。
互いの薬指に輝く、同じリング。
「オレ、今幸せッス」
「うん……うん、わたしも……」
「まだまだ、足りないッスよ」
「うん……わたしも」
「ユウナを幸せにする責任が出てきたからなぁ、オレますます消えるワケにはいかなくなっちゃったな」
見上げると。
笑顔の彼。
わたしも自然に笑みが零れる。
「消えたら、泣くよ?」
「それは困るッス」
彼の首に腕を回す。
彼もわたしの背に腕を回し。
思いきり、抱き締めた。
「これからも、よろしくね」
「こちらこそよろしくッス」
目を閉じて、彼の心音を聴く。
育ってきた環境も違う。
価値観も違う。
だから今後、わたしたちは。
時には怒りあうんだろう。
衝突もあるんだろう。
ケンカもしちゃうんだろう。
でもわたしは。
それでも。
それ以上に大事にしたい。
彼自身を。
彼の全てを。
ティーダに言ったら。
『それはオレの役目!』って笑って叱るんだろう。
“ずっと”ガードでいてくれる約束。
わたしも彼のガードになる。
護るから。
だから。
安心して。
ここにいてね。
「cry for you ― scene 6」 |
20170501 |