太陽が、眩しい。

目を開けていられない。

今はわたしを照らしてほしくないのに。

それは容赦なく。

 

今日も寝付けなかったな……。

 

 

 

「ユウナ、今日は断りを入れてあるわ」

 

その声に、顔を上げる。

イナミくんを抱いたルールーが寺院の入り口に立っていた。

 

「ルールー……」

「その姿で人に会うのは、止めなさい」

「でも……」

「足取りも重いし、生気のない顔して……かえってみんなが心配するでしょ」

「………………」

 

ルールーがわたしの傍まで歩み寄り。

 

「少し眠らなきゃダメね。 薬を調合してもらったから飲みなさい」

「………………」

「ケンカでもしたの?」

「……わたしが、怒らせたの……」

「ユウナ?」

 

家の前まで送ってくれたルールー。

心配、させたくないのに。

 

「逢えないから見えてくることもあるわ」

「………………」

「でもユウナ、ユウナたちには絆がある。 三年前を乗り越えて今がある。 忘れちゃダメよ」

「……三年前……」

「ん?」

「三年前と……三年前、わたしがいなくなってたら……やっぱり同じだったかもしれない」

「え?」

「わたしがいなくなってたら……ティーダはきっと……今と同じ道を……」

「ユウナ?」

「……ルールー、ありがとう。 少し眠るね」

 

薬を受け取って、わたしは家に入った。

微かに彼の匂いのする家。

もう、わたしの場所は。

 

薬をテーブルの上に置き、椅子に座る。

窓際に置いてあるスフィアを見た。

シンラ君が会場にもスフィアを設置してくれたから、すぐにでも試合を観ることができる。

けど、それに手を伸ばさなかった。

 

今日、決勝リーグの初日。

きっと勝つんだろう。

そして明日も。

そしたら明後日が、最後。

今年最後の試合。

来年まで観られなくなる。

 

観たい、な。

 

怒られちゃうかもしれないから。

彼に知らせずに、気づかれないように。

観に行こうかな。

行って試合を観て。

すぐに帰ってこよう。

 

わたしは準備をして。

その夜。

村を出て、ルカ行きの船に乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルカは相変わらず賑やかな街。

今日は特に、なのかな。

みんなが急いでスタジアムへと向かう。

そろそろ開始時間。

 

「待ってーっ!」

「ほらほら、早くしないと始まっちゃうよ!」

「でも、楽しみだね!」

「やっぱ決勝がオーラカだからじゃない? 彼もいるし」

「もちろん! だってそれが目当てだもん!」

 

もうひとりしかいない。

みんなが注目してる。

みんなの、“彼”だものね。

 

 

 

 

 

満員のルカスタジアム。

歓声が響く。

オーラカの2勝。

特別な日。

大会の最終日。

その試合を見るためにわたしはスタンドで見守っていた。

 

三年前と同じゴワーズとの決勝。

試合が始まってゴワーズのボールとなる。

すぐさま彼がボールを持ったその人の前に立ちふさがって。

絶妙な技でボールを奪った。

泳ぐのも早い。

あっという間に敵のゴール付近。

見事にシュートした。

やっぱりキミは凄いね。

わたし、やっぱり今日この試合観れて良かっ――。

 

 

 

「え……」

 

 

 

途端、彼は天を仰ぎ。

二本の指を口に当て、放ってのガッツポーズ。

それは……わたしとの合図。

 

 

 

……なんで?

 

わたし今日来るって知らせてないよ?

 

だって、それってキスでしょ……?

 

…………わたしじゃない。

 

わたしにじゃなくて……他の誰かなの……?

 

他の、誰か……。

 

その後彼は3点も入れたけど。

その都度、合図をする。

 

その度にわたしの胸の痛みが増す。

胸の袷を掴んだ。

それは震えて。

 

誰かいるの?

キミの中には誰かがいるの?

わたしじゃない、誰か違う女の人。

締め付けられるような気がした。

心臓の動悸が早くなる。

 

後半に入ると彼のマークが厳しくて。

ティーダにつき3人のマーク。

ボールを持つ彼に、その内のひとりが強烈なタックル。

肘が顎に当たった。

わたしは口を覆った。

彼は息を吐き、仰け反る。

その隙にゴワーズの選手がボールを奪い。

シュートして得点が入った。

同点まで詰め寄られる。

 

彼を見る。

中が切れてるようで、口からは血が出てる。

わたしは両の手を握る。

お願い。

誰でもいい。

オーラカを。

彼を。

 

 

 

それでも残り30秒。

スフィアプールの外に飛び出そうとするボールを。

諦めず彼が追いかけて。

前に二回転、そこから勢いのつく踵でのシュート。

綺麗なカーブを描いて見事相手側のゴールに突き刺さった。

試合終了の笛とともに、オーラカのメンバーが彼に集まる。

髪をぐしゃぐしゃにされたり、ヘッドロックをされたり。

スタジアムも一斉に歓喜の声。

紙吹雪が舞う。

 

 

優勝、したね。

おめでとう。

 

 

良かった。

わたしとっても嬉しいよ。

本当はね、いつだって一番最初に『おめでとう』を言いたいんだよ。

今日は本当に一番に。

だって今日は特別な日だから。

この大会の得点王になるのかな。

いくつものタイトルを獲得するのかな。

MVPにもなるのかな。

 

スタジアムのお客さんが一斉に階段を下りる。

オーラカの控え室に行くんだろうな。

 

今日も。

言えないね。

今日は、言えないか。

来るって言ってないから余計に。

 

今の時間が一番寂しい。

悲しくて、早く逢いたいのに。

こんな足元しか見てない自分がイヤになる。

 

 

 

 

 

エントランスには彼を待つ人だかりの山。

スタンドを出て、わたしは横目にその場を立ち去ろうとした。

その時。

一際高い歓声が耳に入った。

振り返れば彼が控え室から出て、エントランスに顔を出していた。

わたしは遠くからその場面を見やる。

 

「ティーダ〜〜!」

「ねぇねぇ、今日すっごくカッコよかった!」

「この後一緒に食事しに行こうよ〜〜!」

「ああああ、オレは今から用事があるんだっての!」

 

もみくちゃにされてる彼。

女の子たちの声で聞こえないけど。

何かを発している。

人気があるのは仕方ない。

誰が見ても素敵だもの。

優しくて、笑顔もくれる。

それだけじゃない。

ブリッツも一流。

わたしでなくてもその素敵さが分かる。

 

でも……ルカの人はみんな可愛いんだな。

可愛いヘアスタイルに可愛い洋服。

それに彼は満更じゃなさそうで。

笑顔で応える。

それはわたしにくれる笑顔。

 

わたしへの笑顔も、同じなのかもしれないね。

 

「いい? オレ今から人に逢いに行かなきゃならないんだ! だからみんな、ごめんね……あ」

 

ようやく聞こえた彼の声。

そう言うとティーダは。

その塊の外にいるひとりの女性に気づき。

手を上げて応えた。

その女性もティーダに向けて笑顔を。

彼は女性陣から逃れ、その人の元へ走る。

わたしとは違う。

綺麗な女性。

 

髪が長くて細身で。

そして。

その腕には。

小さな赤ちゃん。

 

あの話の人だ。

 

その彼女と赤ちゃんに彼は屈託ない笑顔を向ける。

キャーと一際大きい叫び声を背に。

二人はまずいと思ったのか。

エントランスを抜け、街の方へと走って消えて行った。

 

 

 

微動だにできなかった。

瞬きすら、できなかった。

いくつもの疑問点が、パズルピースの最後の一枚が音を立ててはまるように。

合点がいった。

逢いたい人。

それは。

その女性。

確信した。

 

 

 

わたしじゃなかった。

 

 

 

その塊を形成してた女の子たちが散り散りになり。

わたしの傍を通る。

 

「あれってティーダの彼女?」

「マジで? ああ、何かサイアク〜。 子供もいたよね」

「ユウナ様と付き合ってなかったっけ?」

「でもなんかさぁ、さっきティーダが“オレ結婚するかもしれないから”って言ってたよ? あの人とかな」

「えー? ティーダが結婚? じゃあ、あの子もティーダの子供ってこと?」

 

 

 

け、っこん……?

 

 

 

キミが……口にしたの?

結婚……。

キミが…………。

あの人と…………。

わたしじゃない。

だって。

わたしたち……そんな話してない。

約束もしてない……。

 

 

じゃあ、あの人が抱いてた赤ちゃんは……。

抱かれてたということはまだ産まれて間もない。

キミも今回の大会の打ち合わせで去年から何度かルカを訪れてる…………。

 

 

 

よろよろと何とか5番ポートまで辿り着き。

そこで力が抜け、その場にへたれ込んだ。

静かに目を瞑って、泣いた。

 

いつかは来るかもしれないって思ってた。

一緒にいすぎて。

好きになりすぎて。

飽きたとか。

しつこいとか。

……嫌いになったからとか。

 

“消えない”って確信はした。

大事に思ってれば、この先もきっと消えないんだろう。

だけど。

大事に思うのと好きでいるのは違う。

彼に好きな人が出来れば。

スピラから消えなくても。

わたしの前からは、必然と消えていく。

 

わたしが三年前。

『シン』と一緒に死んでいたら。

ティーダは今と同じ道を進んでいたと思う。

わたしは消えた後は。

ブリッツで有名になって。

そして。

誰かと。

人生を一緒に歩める人を見つけて。

 

そう考えたら。

何も不思議じゃない。

結局。

わたしたちは。

結ばれない。

 

気持ち悪い……。

 

むかむかする胸を何とか落ち着かせ。

何とか重い足取りでビサイド行きの船が停泊している港へ着く。

空の色が痛い。

眩しすぎて、目が痛い。

わたしは指で輪をつくった。

息を吹こうとしたけど。

それを口元までは運べなかった。

 

それはきっと小さくて、弱々しいものだと思う。

返ってくるのはカモメの啼き声だけだと思う。

 

キミは、もう来ない――。

 

そのまま船に乗り込んだ。

船に乗るとわたしが最後の乗客なのか。

タラップが外されゆっくりと前進していった。

 

手摺にもたれかかり、両脚を抱えて座った。

キミの中にわたしがいないのであれば、わたしはここにいる意味がない。

死んでもいいって、思ってる。

涼しい風が頬をくすぐった。

 

 

 

『ユウナ』

 

 

 

キミの声が頭の中で響く。

大好きな声。

低くて、優しいキミの声。

ずっと聴いていたかった。

それだけで幸せになるから。

 

『ユウナ』

 

何度も何度も。

こだまする。

忘れられない。

キミが呼んでくれるから。

前より好きになった、わたしの名前。

 

『ユウナ』

 

止まらない。

わたしもとうとう幻聴が聴こえるくらいになっちゃったのかな。

少し苦笑した。

それでも、それは呼ぶことを止めない。

 

「ユウナ! こっち向けよ! 顔見せろよ!!」

 

目を瞑ってたわたしはそれを開け。

船の進行方向と反対の方に視線を送った。

 

「ユウナ!!」

 

キミがいた。

キミが、キミの青い瞳がわたしを捉えていた。

桟橋の一番端に息を切らしたキミが立っていた。

見つけてくれた。

それだけでもういいんだよ。

 

「……い」

 

だから言ったんだ。

本当は。

心にもないこと。

偽りの言葉。

涙は止まらない。

枯れてくれない。

 

 

 

 

 

「もう、逢わない……!」

 

 

 

 

 

港は小さくなり見えなくなっていた。

勿論そこに立つ彼も。

 

 

終わった。

 

 

そう、思った。

彼の最後の顔が目に焼きついて離れない。

何で、そんなに悲しい顔をするの?

悲しくなんかないじゃない。

すぐに笑顔に戻るよね。

 

わたしは二階の甲板に上がる。

上がった途端、力が抜けその場に倒れこんだ。

顔についた床がひんやりする。

いつの間にか頭上の雲は灰色を帯びていて。

ポツポツとわたしの頬に水滴が落ちる。

気持ちのいい雨。

次第に本降りになる。

うっすら開けた目には波が勢いよくうねっていた。

 

彼が来る前に早く帰って料理の支度しなきゃ……。

彼の好きな料理をテーブルに置ききれないほど作るんだよ。

 

最後の、料理。

 

そして、終わったら。

キミが帰る前に荷造りをしよう。

ビサイドにはいられないね。

どこへ行こうかな……?

どこも……どこもキミとの思い出が残る場所。

どこかいい所あるのかなぁ……?

 

ベベル……。

ベベルへ、行こうかな。

バラライさんやイサールさんも大変そうだし、手伝ってあげようかな……。

久しぶりだな、ベベルで暮らすの……。

キミはベベルの寺院が嫌いだったもんね。

シーモア老師との婚儀があってから……。

なら来ないよね? うん、来なくてもいいんだ。

静かに暮らすだけだから。

 

大丈夫。

わたしも強くなった。

ひとりで。

生きていける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

考えもはっきりしない。

目を閉じて遠い意識の中雨の音を聴く。

容赦なく降り注ぐ雨。

もっと、降ってくれていいんだ。

もっと、もっと。

もう目を開ける気力もなくなったわたし。

だから気付かなかった。

 

突風が吹く。

髪が乱れた。

船上に轟音と共にやってきた赤い船体。

セルシウス。

 

そのハッチが開けられた中に誰がいるのかも知らなかった。

その人物は華麗にも飛び降りて、わたしの傍に着地した。

肩を押さえ、わたしを揺らす。

 

「ユウナ?」

 

誰かが、呼ぶ。

 

「ユウナ!」

 

わたし……?

肩を抱かれ、その人物の腕の中に抱きかかえられる。

身体が浮いて。

ふわふわして気持ちがいい。

かろうじて目を開けた。

一番最初に目に飛び込んできたのは眩しい金髪だった。

そして眉間に皺を寄せた形のいい眉毛。

捉えて離さない、深いビサイドの海の色の瞳。

それが彼……ティーダだと認識するまで、かなりの時間がかかった。

……ここにいるとは思わなかったから。

 

「え……?」

「ユウナ……」

「……な、んで…………」

「リュック呼んで連れてきてもらった……てか」

 

わたしを手摺にもたれかけさせ、彼は大きく息を吸った。

 

「何で一人で帰るんだよ! オレを待ってろよ!!」

 

初めて。

初めて、怒鳴られた。

わたしだってよくわからない。

なんでルカまで来たのか。

どうして試合を観たかったのか。

どうして……キミに逢いたかったのか。

 

「何で、来るの……? 来なくても良かったのに……」

「あ? つーか何で指笛吹かねぇの!?」

 

何、言ってるの……?

聴こえるわけないじゃない。

騒がしいあの場所で。

わたしの思いを察知したのか、キミが答える。

 

 

「オレには聴こえる! ユウナがどこで指笛吹いても、どんなに小さい指笛でもオレはどこからでも駆けつけるって決めたんだ!!」

 

 

叫んだキミ。

胸が痛くて。

涙は溢れて。

 

「……でも、キミ……彼女がいたんでしょ?」

「……何のこと?」

「エントランスで言ってた…………“逢いたい人がいるんだ”って……あの人でしょ……?」

「そんなことより……!」

「そんなことってなに!?」

 

わたしの腕を掴んで立たせようとした彼の手を振り解いた。

彼から匂ういい香り。

きっと、移り香。

 

「今日の試合……誰に合図してたの…………? あの人だよね……? わたし、いなくてもいいよね……?」

「ユウナ、それは違」

「違わないから!」

「……ユウナ…………」

「わかったんだ……ようやく…………キミがわたしと連絡取らないのも……イナミくんの服が欲しいのも…………」

「ユウナ体調悪いんだろ!? 早く下に行って……」

「悪くなんかないったら!」

 

わたしの頬を濡らすものは。

きっと雨の量よりも多かったんだろう。

 

「キミしかいないって……ずっと思ってた…………キミもわたしと同じだと思ってた……でも、浮気……っていうか……わたしが浮気されてる、のかな……」

「何言ってんスか!? オレにはユウナだけだって言っ」

「わたしにくれる笑顔は……ファンのコたちと同じだよね……? あの女の人にくれる笑顔が、一番なんだよね……?」

 

キミと一緒にいて。

一緒に暮らし始めて。

わたしひとり舞い上がってた。

バカみたい。

本当に、情けない。

 

「……あんなのがユウナに向ける笑顔と同じ? あの人に向ける笑顔が一番? ユウナ、一体オレの何を見てるッスか?」

 

溜息を大きくついて項垂れて下を向いた。

う〜……と彼は唸っていた。

もう、ダメだよね?

自分が可愛くない。

素直じゃない。

 

だけど。

だけどもうキミに好きな人ができたら。

わたしの居場所はない。

 

「ああ、もうヤメヤメ!」

 

半分呆れてるような声を出す。

呆れてる、というより……諦めてるんだろうな、わたしには。

だからもうどこか行って……?

わたしはもうひとりでいるから………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユウナ、結婚しよう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人に容赦なく降り続ける雨。

波も少し高くて船体が揺らされている。

わたしは必死に手摺にもたれかかっている。

聞き……違い?

聞き違い、だよね……。

 

「あー……こんな時に言うつもりじゃなかったのになぁ……」

 

見れば、彼はちょっと拗ねたような、でも顔はほんのり赤くて。

髪を掻きながら。

 

「もっとさぁ……なんつーか、こう……ロマンチックに言いたかったんだけどさ。 ま、宣言しちゃったし、いずれこうなるはずだったから」

 

わたしの肩に手を置き暫く上を向いたり下を向いたり、目を泳がせていたけど。

わたしの瞳の所でそれはなくなった。

 

「オレ達、結婚しないか」

 

聞こえた。

はっきりと。

 

「どうせオレ達離れることは一生ないんだ。 だったらちゃんとユウナはオレのものにしたい、オレもユウナのものでありたい」

 

聞こ、えた。

……しっかりと。

 

「結……婚?」

「ああ」

「……みんな言ってた…………キミ、結婚するって……! わたしじゃない……あの人とでしょ? 赤ちゃんもいるじゃない……! ひどい……からかわないで!」

「からかってない! あの人は違う、名前も知らない!」

「ウソツキ……っ!」

「ウソじゃねぇって! オレが逢いたかったのはユウナ!」

「………………え……」

「ルールーから聞いたんだ。 『最近眠れてないのにユウナがいない』って。 『もしかしたら今日ルカに行ってるかもしれない』って。 だから……スタンドにいると思って合図してたんだ」

「………………」

 

一旦止めてまた話し出した。

 

「オレ、ファンのコさ、いるのは嬉しいけど……オーラカのためでもあるんだ。 愛想笑いでもしとかないとオーラカについて来なくなるだろ? オーラカにはもっともっとファンが必要だし、そしたらあいつらも頑張れるだろ? でも……本当は触られたくないんス」

「……?」

「エントランスでも広場でもファンのコに捕まれば服とか腕とか引っ張られたり、意味なく腕絡められたり……マジでウザくてしょーがないんだ」

「………………」

「そんな悲しい顔するなよ。 だから言ったんだ。 『オレにはカノジョがいるから、頼むから触ったり引っ張ったりしないでくれ』『オレはもう恋人がいて、結婚するのも決めてるから』って。 あー、もうファンのコついてこないかな? オーラカの連中には悪いコトしちゃったッスかね」

 

笑って言う。

 

「ルカに来る女ってやたら香水が臭くてさ、大会中そんなんばっかだったから服とかに染み付いて洗濯ばっかしてたよ。 ああ、つーかゴメン。 下行こう」

「うわ……っ」

 

背中と膝裏に手を差し込みキミがわたしを持ち上げた。

 

「いや……下ろして……」

「下ろさないッス」

 

階下へ下り、また更に地下まで下りていく。

そこの一室のベッドにわたしを下ろす。

乗務員の人から借りたタオルでわたしを拭いてくれた。

優しく。

 

「絶対浮気じゃない。 まだ匂うよな、ユウナに折角逢うのにあんな匂いなんかさせたくないのにさ。 ユウナの悲しい顔なんか見たくなかったし」

「……」

「オレ、ユウナの匂いが好きなんだよな」

「………………わたし……そんなに匂わないよ……」

「あははは、違うって。 ユウナの匂いって安心できるんだ。 本当はさユウナの服とか持ってきたかったんだけど……それにさ、お守り。 ユウナに無断で持ってきちゃった」

「え……?」

 

『オレのお守り』と言って彼のバッグから出したもの。

それはネックレス。

探しても見つからなかった、ネックレスだった。

にっこり笑った彼は。

 

「ごめんな……オレ連絡しなかっただろ? この大会……優勝はもちろんだけど、試合には全部勝ちたくてずっと相手チームの研究と練習してたんだ」

「……?」

「敵の試合も全部観て、チームの弱点とか見つけてたり。 練習だって。 研究なんてエイブスでもしなかったんだぜ」

 

そういえば。

今回のオーラカは負けてない……。

全勝……?

 

「絶対勝ちたかったんだ……自分に賭けてたんスよ」

 

賭け……?

 

「全勝して優勝したら言おうって。 そんで頼んでたモノを取りに行こうって」

 

意味がわからなかった。

わたしの頭を拭いてくれてる彼。

自分も濡れてるのに。

 

「今日優勝して、街へ行って。 でもユウナが来てるってわかって……で、あの人に来てもらったんだ。 あの人新婚さんらしくてさ。 ああ、モチロンオレの子じゃないッスよ? 取りに行く時間が惜しくて、ユウナに早く逢いたかったんだけど、これ持って行きたくて……」

 

もう一つバッグから出したもの。

小さな箱だった。

 

「優勝したら渡そうと思ってた。 いつかはわからないけど……ずっとその予定だったんだ」

「……これ」

「あ、開けていいッスよ」

 

リボンを丁寧に解き、小さな箱から出てきたのは。

ビロードの箱。

それも開けて中から取り出した。

キレイに輝くそれは。

細いラインに小さく光る石。

シンプルだけど、とてもキレイな。

指輪だった。

 

「あの女の人さ、宝石店の人なんだ。 オレが大会始まる前に頼んでおいてさ。 で、今日の試合の後に届けてくれるっていうから。 でもエントランスじゃ人が多すぎてさ。 そこじゃ騒ぎになるからって広場まで行って受け取って」

「………………」

「ユウナの指は毎日見てたんスけど、サイズまでは分からなくて……でも訊けないだろ? だからなんとなくこれかなーってヤツ買って来たんスけど」

 

指輪を取り上げ左手薬指に填めてみた。

それは驚くほどピッタリな指輪。

 

「ああ〜、よかった! 結構ドキドキもんスね!」

 

わたしの左手薬指に輝く銀色の指輪。

 

「キミが言ってた結婚って………………」

「オレ……ユウナと結婚するってずっと決めてた。 いつか言おうと思ってた。 ほら、オレが帰ってきた後ザナルカンド行ったろ? あの時ルカに寄った時に宝石店見つけてさ。 ショーウィンドウに飾ってあった指輪見て、あれユウナに似合うかなって。 それから……ベベルで見合いの話を聞いた時とか……もうどうにも、ユウナをオレの傍に置いておきたくてさ」

「………………」

「いつかなんて決めてなかったけど……今すぐにでもって。 んでユウナもオレと同じ気持ちでいてくれたらきっと結婚してくれると思ってたから」

「……もし…………もしも……断ったら……?」

 

キミは一瞬ビックリした顔したけど。

すぐに笑顔が戻り。

 

「もしユウナに断られたら、オレは…………たぶん諦めないな。 ユウナを説得して説得して……それでもダメだったら、オレは一生結婚しない」

「……え」

「ユウナとしかしないって決めてたから。 この指輪はオレのユウナへの気持ちが込めてあるから誰にやるつもりもないし。 これオレの気持ちがカタチになったモンだからな、この想いをずっと忘れないように……ずっと失くさないで持ってると思う。 いつか渡せるように願ってさ。 だからさ……ああ、だからなんてカオしてんの」

 

わたしは……きっと情けない顔してたと、思う。

わたしの両頬を手に包み、キミは笑ってわたしの額を覗き込む。

 

「なんで……いつもキミはわたしを驚かせるの?」

 

優しくわたしを見つめてくれるキミ。

 

「なんで、いつもキミはわたしを泣かすの……?」

 

涙で滲んで彼の顔が見えないわたし。

 

「なんで、いつも、嬉しいこと……言ってくれるの?」

 

彼に抱きついた。

大声で、泣いた。

 

「それは全部ユウナだから……気付いてないだろ? 一生ユウナの料理食いたいってこないだ言ったろ?」

 

言って強く抱き返してくれた。

 

「ユウナ……オレ、生きてて今までイヤなことたくさんあったけど……」

「……?」

「言ったことなかったかな? ユウナに“逢いたくない”とか“嫌い”とかって言われるのが……一番ツラいッス」

「あ……」

 

その声はとてもわたしに染みた。

キミの顔を見ると。

睫毛を伏せ、悲しみと寂しさの色を瞳に湛えて。

笑ってた。

 

――『オレがユウナを、ユウナがオレを大事にする気持ちがあれば、オレは消えない』と。

 

キミがわたしに言ってくれたのに。

一瞬でも。

ウソでも。

わたしはキミを拒んだ。

キミがいなくなるということは。

耐えられないはずなのに。

息ができなくなるのと同じことなのに。

 

「……オレに逢いたくなかった?」

 

わたしは出来る限り大きく首を横に振って謝った。

 

「ごめんね……本当にごめんね。 全然そんなことない」

「ホント?」

 

キミの逞しい腕に包まれ。

キミの安心する香りに包まれ。

わたしはキミに顔を埋めた。

 

「逢いたかった……逢いたかった」

 

キミは優しく髪を梳いてくれて。

静かに。

 

「返事、もらえる?」

「………………」

「結婚しよう」

「………………はい」

 

何度も頷く。

嬉しくて、幸せで。

こんな幸せが、喜びが訪れるなんて思いもしなかった。

少なくとも召喚士である頃には。

彼がそれを悟ったみたいに耳元で囁いた後。

わたしはその後の記憶をなくしてしまった。

 

 

 

「絶対幸せにする、ユウナが今まで苦労してきた分。 ワッカ達に負けないくらい幸せになろう。 言ったろ、“ずっと”ガードでいるって。 その約束、今度こそ守るよ」

 

 

 

 

 

「cry for you ― scene 4」
20170430



scene3でサクサクアップとか言ってscene4同時アップ。
極端すぎんだわ私。










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