一ヶ月が過ぎた頃。
一度オーラカのメンバーが帰ってきた。
ちょっとトーナメント中に休みがあるということで。
走って浜まで迎えに行った。
長かった、ひとりの生活。
束の間だけでも。
キミとの時間が欲しかった。
船はすでに停泊している。
何人か観光客を下ろし、その後オーラカの人たちも続いて。
ワッカさんやボッツさんやキッパさんがいる中。
心待ちにしてた……彼の姿が見えない。
「おかえりなさい」
「おう、ユウナ! 今戻ったぞ!」
「お疲れ様! ねぇ、ワッカさん……ティーダはどうしたの?」
「ああ、あいつか」
顎の下に手を添え。
「一便遅れてくるって言ってたな」
「え?」
「何か用でもあったんじゃないか?」
そう、なんだ。
ちょっとがっかりしたわたしにワッカさんは笑って、『すぐ帰ってくるから大丈夫だって』と勇気付けられたけど。
今日は話をしていない。
昨日も話はしていない。
一昨日話ができた時は、今日この日に用があると言われてなかった。
途端。
胸の中に不穏な暗雲のような、気持ち。
何か、あったのかな……。
首を振る。
ううん、大丈夫よね。
話をした時は普通だったもの。
ワッカさんからも体調が悪いとも聞いてはいない。
オーラカのメンバーの後について、村まで帰る。
溜息をつきながら、いつもより長く感じる道のり。
いろいろ話したいことあったんだけどな。
……ああ、ダメ。
ちゃんと帰ってくるのを笑顔で迎えないと。
彼が帰るだろう時間までにご飯作らなきゃ。
月はもう随分高いところで輝いている。
テーブルにはサラダやちょっとしたステーキや。
鍋にはスープも。
わたしは傍のソファでそれを見ていた。
まだ、この家にはひとり。
主のいない家。
連絡も、ない。
心待ちにしている足音が、全然する気配がない。
今日はもう来ないのかな。
わたしひとりで食べきれるかな。
息をついて立ち上がり、それらを片付けようと手を伸ばした時。
『ユウナ!』
通信スフィアが声を発した。
驚いて振り返ると、ソファの上のスフィアがティーダを映していた。
『ユウナ、ごめん!!』
「ど、どうしたの……?」
『オレ今日帰るつもりだったのに……ごめん、練習した後ちょっとだけ寝るつもりが、気づいたらもうこんな時間で……もう船の最終の便がなくなってて……』
「そう、なんだ……」
『ごめん……本当に』
「う、ううん……こっちは、大丈夫……だってティーダ疲れてるから」
『ごめん……ユウナ、ごめん……』
困った顔はしてるけど、ようやく見ることのできた。
元気そう、良かった。
ちゃんと、笑顔で返そう。
「お疲れ様。 しばらく……試合はないの?」
『いや、5日後にはグアドの連中と試合なんだ』
「じゃあ、もうこっちには……」
『……帰れないかもしれない』
「ん……練習、あまり無理しないでね」
『ありがとう。 なぁ、ユウナ……』
「ん?」
申し訳なさそうに。
ティーダは下を向いた。
「どうしたの?」
『今日……料理、作ってくれてたんだよな。 そうだよな……本当に、ごめんな』
「あ……」
片付けようとしていた料理はまだテーブルの上に。
ティーダの位置から見えたのだろう。
わたしは急に恥ずかしくなって、それを背に隠す。
「あ、いや、あのねっ、そんな大したものじゃないから……美味しくはないし。
全然ルカのレストランで食べた方が」
『違う』
ティーダはわたしの言葉を制した。
「え……」
『ユウナの料理、美味いよ』
「あ、あの……」
『オレが一生食ってくのはユウナの料理がいい』
俯いた。
そんなことはないんだよ。
わたしが料理し始めたのは、キミがいなくなってから。
その理由知らないよね?
わたしとルールーだけが知ってるの。
キミが……いつ帰ってきてもいいように。
美味しい料理作って待っていられるように。
本当は不器用で、料理の本とにらめっこなんだ。
でも嬉しかった。
嬉しい。
好きな人にそう言われること。
どうしても。
この想いが抑えきれない。
『オレ、優勝して家に帰るから。 そしたらたくさん作ってな』
「ね、ティーダ……あ……」
『え?』
「あ……」
『あ?』
「あ、あい……」
“逢いたい”。
その一言が。
口から出てこない。
“やるからには絶対優勝!!”
と意気込んでいた彼。
試合のない日の練習の量もたぶん半端じゃないだろうし。
それにブリッツはわたしの入り込めない世界。
だから。
邪魔しちゃいけないって。
迷惑かけちゃいけないって。
なかなか言えずにいる言葉。
『ユウナ、そんな顔しちゃダメッス』
「え……」
『オレ、消えないから』
スフィアの中の彼を見た。
『今離れてるけど大事に思う気持ち、全然変わってないから』
泣きそうになった。
思ってたことが全て見通されてる気がして。
彼は頑張ってる。
オーラカを優勝に導こうと頑張ってる。
それなのに、わたしはたった二ヶ月離れてるだけなのに。
子供みたいに情けない。
ちょっと離れてるだけなのに。
ちょっとでも。
彼がいなくなってしまうんじゃないかなんて。
『な?』
「……うん」
『今日は、本当にごめん。 もうこんな時間だし、オレも風呂入ったら寝るよ』
「うん……おやすみ」
『おやすみな、ユウナ』
情けない。
“消えない”って一度確信したのに。
もう一度彼に言わせるなんて。
心配させるなんて。
本当にわたしダメだね。
もう大丈夫。
ティーダも怪我もなくて病気もしてない。
元気ならそれで大丈夫。
だから今度逢えたら。
何も映らないスフィアを見つめる。
他愛のない話でもいい。
したいの。
ビサイドでの話。
ルカでの話。
わたしの話。
彼の話。
他に何も望まない。
テーブルにつき、サラダに手を伸ばしても。
やっぱり美味しくない。
ドレッシングがしょっぱいのか。
ひとりで食べる食事だからなのか。
あと一ヶ月。
無事に帰ってきてね。
翌朝。
家から森を抜け、寺院へ行く途中。
オーラカのメンバーが村の宿舎に集まっていた。
今から全員で浜へ行って練習なのか。
ワッカさんもその中に混じっていた。
「しかし今回の大会は、オレたちスゴイよな!」
「ああ、今のところ無敗だしな!」
「それもこれも、ティーダのおかげだよ!」
彼の名前を耳にし、歩みを止めた。
「アイツ、最近異常なくらい練習に没頭してて」
「ああ、そうだな。 メシと風呂と寝る以外は練習と他のチームの試合観戦だ」
そうなんだ。
それだけ……一生懸命なんだ……。
“逢いたい”なんて言える訳ない。
だから。
怪我と病気だけは気をつけて。
わたし、ちゃんと家で待ってるから。
改めて寺院に向かおうとする時。
思わぬ、言葉。
「ああ、でもちょっと時間ができると街にいますよ」
「キレイなお姉さんと一緒にいるの見たことあるなぁ」
「あ、オレもオレも!」
「誰だ? それ」
ワッカさんがメンバーに尋ねる。
「いや、分かんないっすね……ルカの人だと思いますよ」
「何かの店の人だって言ってた気がするぜ」
「でも、赤ちゃん抱いてるんすよ、その人」
「案外、ティーダの子だったりして……イテッ!」
「バカヤロウッ! アイツに限ってんなこたぁねぇ!
それより今の話絶対ユウナに言うなよ!!」
震え、た。
足元を見た。
袴を握った。
震えが。
止まらない。
その場に蹲り。
動けなかった。
そういう、ことなの……?
確かに彼は今は忙しい。
優勝のために、その身を削って頑張っている。
でもその間の僅かなひとときは。
他の誰かのために。
遠く離れてる人間より。
近くにいる人の方が。
そうだよね。
そう思われても。
仕方、ない。
「ユウナ、寺院の人が心配してるわよ。 まだ来ないって」
ルールーの声が背後で聞こえる。
わたしの様子がおかしいと思ったのか。
ルールーは私の傍に座り。
「どうしたの?」
首を振る。
「行く……すぐに……」
「大丈夫?」
「ルールー……」
「ん?」
なんとか立ち上がり。
ふらふらした足取りで。
寺院へ。
「……なんでもない」
目を開けた。
外はようやく明るくなった。
広いベッドの上で。
夜中に何度も寝返りを打った。
何度も眠らなきゃって思ったのに。
全然寝付けなかった。
それは。
ここ最近ずっと。
オーラカの人たちの話を聞いてから。
もう一度寝付こうとするけれど。
時間が経つにつれ、目も冴えてきて。
仕方なく起きる。
洗面所へ行き、鏡を見れば。
本当に、最悪な酷い顔。
目も充血し、瞼も腫れて。
目尻に濡れた跡。
ダメだよ……こんな顔してちゃ。
今日も寺院に行かなきゃいけないのに。
顔を何度も洗うけど、それは治ることもなく。
タオルで顔を覆うと、溜息をつく。
余計な心配しかしていない。
わたしと話す気分じゃないのかもしれないとか。
誰か好きな人ができて。
わたしの所には戻らないかもしれない、とか。
やだな、こんなわたし。
考えすぎだと自分に言い聞かせてるのに。
「依存……しすぎちゃってるのかな」
それでも。
寺院からの帰り。
玄関のドアを開けた途端。
『ユウナ? ユウナ』
ソファの上のスフィアが彼を映していた。
心臓が跳ねる思い。
それは喜びなのか、それとも。
いずれにしても複雑な気持ちに変わりはなかった。
わたしはなるべく顔を見られないようにと、前髪を真っ直ぐ伸ばしながら。
スフィアの元に座る。
「お疲れ、様」
『ユウナもお疲れ! 今日もオレ頑張ったッスよ』
「うん、おめでとう」
精一杯の笑顔を作る。
『オーラカ、決勝リーグ進出ッス!』
「え……」
『決勝になれば5戦試合があるから3勝しちゃえばもう優勝ッスよ』
「そうなんだ。 うん……わたし願っておくね」
『ユウナ……疲れてる?』
「え……?」
『ごめんな? ちっとも連絡しないで……』
心配、してくれてる。
ううん、と首を振る。
『な、ユウナの都合がつけば決勝観に来ないッスか?』
「………………」
『ユウナ?』
嬉しい申し出だった。
逢いたかった彼にようやく逢える。
なのに。
まともにティーダを見ることができない。
目を合わせても、笑ってすぐ俯いてしまう。
『ユウナ……? 何か言いたいことある?』
首を、振った。
『ユウナ、具合悪いんスか? 顔色が悪い』
「……スフィアの調子が悪いのかな」
『話、最近できてないもんな……オレ今日もう練習ないから、少し話しよう』
「………………」
『ユウナ……』
「良かった、キミが元気そうで……」
『うん……オレは元気』
彼は話をしてくれた。
ブリッツの話。
メンバーの話。
ルカの話。
笑って、頷くことしかできなかった。
目を輝かせて語る彼は。
本当に充実してるようで。
「……楽しそう」
『ああ、やっぱさブリッツはオレにとってかけがえのないものだし、それにオレ本当にブリッツ好きだからさ』
「……ルカも、楽しい?」
『ルカ? ああ、ルカはもういろんなものがあるから』
「楽しそうで、良かった……」
『ユウナ……?』
「決勝リーグ、頑張ってね」
ティーダの顔が怪訝そうに。
『ユウナ……決勝、観に来ない?』
「………………」
『オレに、逢いたくない?』
“逢いたい”って、誰よりも思ってた。
今すぐにでもって。
だけど。
こうして話すスフィア越しでも。
その金髪も瞳も笑顔も同じなのに。
どことなく違うような気もしてきていた。
「あ……い……」
『逢いたくないッスか?』
言葉が、出てこない。
目を合わせられない。
ティーダは溜息をつく。
『いいよ、無理しなくても。 どっちにしても終わったら帰るし』
慌てて彼を見る。
その声は明らかに不機嫌なもの。
スフィアの向こうの彼は、わたしを見ない。
『だいぶオレに甘えてくれるようになったと思ってたのに……なんて、オレの自惚れだよな。
ユウナがオレと同じ思いかもだなんて』
「あ……」
『じゃあ、オレもう寝るから』
“おやすみ”を言わずに切れたスフィア。
涙が流れた。
怒らせてしまったこと。
素直になれないこと。
「ごめんね……可愛くなくて」
言えなかったの。
大変な時期だから。
キミの中に誰かがいるのなら。
わたしはスフィアを抱いて。
声を出して。
ずっと泣いていた。
ずっと。
ずっと――。
「cry for you ― scene 3」 |
20170430 |