“依存”とか。
“執着”とか。
それらが愛する人を束縛すると言うのなら。
重荷になると言うのなら。
その人から離れてもいいと思ってる。
その人が幸せになるのなら。
自分の幸せなんかなくてもいい。
卑下してるわけじゃない。
どちらにしても。
本来なら。
三年前にいなくなったはずの“わたし”なのだから――。
今日も晴天。
ブリッツ日和、と言っても過言じゃないだろうな。
大会まで続いてくれればいいのだけれど。
家を出て、ひとつ伸びをした。
青空と潮風が気持ちいい。
ひとつ息を吐き振り返り、その家を仰ぐ。
ビサイドの海の上に建つわたしたちの家。
今は主のいない、家。
「行って来ます。 すぐに戻るからね」
心が躍る。
足取りも軽い気がする。
浜から続く森の中の道を抜け、寺院の横へと出た。
寺院の前。
ちょうど家から出てくるルールーを見つけた。
胸にイナミくんを抱いて。
「あら、もう行くの?」
「うん、早目に行こうかと思って。 おいで、イナミくん」
ルールーの腕からイナミくんを受け取り。
あやせば笑ってくれる。
わたしのピアスを弄びながら。
「だいぶ慣れたわね、その格好」
彼が戻ってきてもうどのくらい経っただろうか。
わたしの姿は三年前に戻していた。
髪も服装も召喚士としての姿。
もう自分自身に彼の影を重ねなくてもいい、追わなくてもいいんだもの。
隣にいる彼を追うだけ。
そんな理由もあったけど。
カモメ団のわたしの姿より。
二人の思い出がたくさんある昔の姿の方がいいと思ったの。
彼も。
『脚とかいろいろ出してるけど……そんな格好で旅してたの?
……べ、別にいいけど……』
少し顔を赤くして拗ねてたっけ。
それから。
彼との再会を果たした後のスピラ中の旅以降。
スフィアハンターのユリパとして集まる時以外はもうずっとこの姿。
そう。
この姿で旅をした時の思い出。
色褪せないよう。
どれもが大切な思い出。
ただ欠けたひとつを除いては。
「あらユウナ、ネックレスしてないの?」
「それがねぇ、どこか行っちゃったんだ。 探したんだけど見つからなくて」
ネックレスさえあれば。
あの頃を完全に再現できたのに。
どこに行っちゃったんだろうな。
「それにしても、ふふ、イナミくんはすぐに大きくなるねぇ」
「わたしたちは毎日見てるからわからないけれどね」
「わたしだって毎日見てるけど、やっぱり大きくなったって。
だってもう喋るしね?」
「まぁ、何とかわかるくらいにはなったかしら」
「服とかすぐ着れなくなっちゃうでしょ?」
高い高いをすれば、声を上げてイナミくんが笑う。
「でも、ちゃんと渡す宛てがあるのよ」
「へぇ」
「アイツにね」
「あいつ?」
「そう、あんたのアイツ」
「……え?」
イナミくんを胸に抱き、ルールーを見る。
わたしのあいつって……。
彼が?
赤ちゃんの服だよ?
何に使うの?
「なんで?」
「さぁ……でもこないだ家に来た時ね、『イナミの服着れなくなったらオレにくれ』って。
あ、ユウナ、船の時間じゃない?」
「あ! そうだ! 早く行かなきゃ!!」
「わたしの分まで応援してきてね」
「了解っす!」
ルールーにイナミくんを返し、手を振って村を出た。
ルカ行きの船まであと30分ほど。
今から走って行けばまだ間に合う。
一ヶ月前からルカに行ってるキミに逢える。
久しぶりだな。
わくわくしながら浜辺まで。
わたしのさっきの疑問は船の中まで続いていたけど。
彼に逢ったらすぐにそれはどこかへ行ってしまった。
「ねぇ、いいよ~、恥ずかしいから……」
「いーや、絶対するからちゃんと観てるッスよ」
ルカスタジアム、オーラカの控え室。
今日からブリッツの大きな大会が始まる。
ナギ節が訪れてから新たに始まった、二ヶ月近く開催されるトーナメント大会。
スピラ全土からスタジアムのあるルカに強豪チームが集まる。
オーラカも強くなった。
そう、三年前から。
キミがいない間もオーラカはみんなの注目集めてたんだよ?
でも、やっぱりキミがいないのがみんなも寂しかったみたい。
ちゃんとみんなの記憶に留まっててくれてわたし嬉しかった。
でも、今年は違う。
キミがいる。
メンバー発表でキミの名前が載った時。
ブリッツファンはみんな歓喜した。
今年も三年前と同じように何かしてくれるんじゃないかって。
そして。
オーラカのチームの控え室。
みんなが準備運動を始めてる中。
彼は点を取ったら合図してくれると宣言してくれた。
わたしのためだけの合図。
「絶対ユウナのために点取るッスからね」
「わたしのためじゃなくていいから、頑張って点取ってね」
「今日はユウナが観てるからなぁ、ヘマできねぇッスよ」
笑うキミ。
なんだか緊張感ゼロだね。
この一ヶ月。
毎日スフィアで話はできてはいたけど、こうして直接話をしたのはもちろん一ヶ月ぶり。
何か少し引き締まったのかな。
肌もちょっと黒くなって、白い歯が目立つ。
「試合終わったらすぐ帰るの?」
「うん、本当は終わったら会いたかったけど待ってる人達がいるから……ごめんね」
「今日ばっかはなぁ、ユウナにこっちでゆっくりしてもらおうと思ってたのにさ……でもしょうがないか。
あとでスフィアで話しかけるから出てくれる?」
「了解っす」
「あー、腕が鳴るなぁ。 久しぶりの試合だし。 さて、そろそろ行くッスか」
オーラカのメンバーもベンチから立ち上がり。
円陣を組む。
「行くぞ! 今年もオレらの力見せつけてやろーぜ!」
「おう!!」
控え室を出るとそこにはオーラカのファンで廊下が埋まっていた。
「きゃー! ティーダ、本物よねー!? 待ってたよ!!」
「今年も頑張れよー!」
「ティーダ、わたし今日見てるからね!」
「応援してるからなー!!」
歓声が凄くて、メンバーも部屋を出るのにようやくだった。
全員控え室を出て、わたしも廊下が静かになったら出ようなんて思ってた矢先。
いきなりドアが開いて、ティーダが入ってきた。
「ど、どうしたの?」
「忘れ物」
ドアを閉めて、わたしの腕を取り。
唇を合わせるだけの、短いキスをくれた。
「頑張るから」
「ケガだけはしないでね」
「もちろんッス」
ぎゅっと抱き締めてくれて。
名残惜しそうに。
キミはみんなの後を追う。
わたしの唇に温かい感触を残しながら。
廊下のファンの人たちがいなくなるまで。
ベンチに座り、火照った顔を両の手で冷ましていた。
すごい。
とにかくすごかった。
彼が前半で入れた得点は5点。
誰も彼に追いつけない。
水中とも思えないような機敏な動きに。
初戦のロンゾのチームも彼についていくのが精一杯だった。
敵にボールが渡れば、すかさず奪い。
自分がボールを持てば味方に素早いパスを送り。
また、自らゴール目掛けて強烈なシュートを放ったり。
いくらキミが凄くても、ワンマンプレーはしない。
それがキミのいい所の一つだよね。
ほら、後半もまたキミのシュートがゴールに突き刺さった。
笑顔でメンバーの手を順々にハイタッチする。
そして。
肘を上げた左腕の人差し指と中指を唇に添えて。
小さく放ると、今度は握った右の拳を高々と揚げた。
それはわたしのいるスタンドの席に向かって。
しなくていいって言ったのに。
今日6回目の合図。
『キスはみんなにわからないようにするからさ』って。
「さっきからさ、ティーダわたしの方向けてガッツポーズしてくれてるよね!」
「きっとわたしだって! だって目が合いっぱなしだもん!」
後ろの席の娘達が騒ぐ。
ご、ごめんなさい……。
「ああん、やっぱティーダいるといいよね! 三年前みたいにさ!
でもなんで去年もその前の年もいなかったんだろうね」
「そうだよね、だってわたし出てない間観に来てないもん。
今年出るって聞いたからさ来たんだよ」
「わたしも! ホントカッコいいよね!」
わたしも、そう思う。
ガードとしてずっと守っていてくれた彼。
何度も命を救われた。
『絶対ユウナを死なせない』、と。
いつでもわたしの前を守ってくれてた。
その広い背中を見て安心したものだった。
今でもその勇姿は記憶に残ってる。
瞼を閉じれば、ほら。
いつだって思い浮かぶ。
そして、ブリッツ。
ザナルカンド・エイブスのスターと言われてた彼。
彼の魅せる技量の数々。
無駄がなく、豪快かつ繊細なプレー。
そのひとつひとつがきっとみんなを魅了している。
ブリッツだけじゃなく。
人懐っこい笑顔。
彼はいつでも、誰にでも優しい。
ちょっぴり小さいケンカを一度したことがあるけど。
怒ったところも……あんまり見たことがない。
いつでもニコニコしてて。
それも原因なんだろう。
試合が終われば。
スタジアムの観客はそれぞれにスタンドを去る。
ここで控え室に戻ろうと思っても。
きっと入れない。
控え室の前はファンのコが凄いもの。
本当はね。
本当に。
一番最初に『おめでとう』って言いたかったんだよ。
でも帰るね。
今日は開幕だからと試合観戦に来た。
当分ルカへは来れない。
たまにスフィアハンターとしてセルシウスに乗ることもあるけれど。
やっぱり、各地からビサイドに来てくれた人たちを放っておくこともできなかった。
『シン』を倒してからビサイドに来る人たちは絶えない。
未だ大召喚士としてわたしを称える人は少なくない。
そんな大それた人間じゃないのに。
それでも、こんなわたしでも。
悩める人の救いになるのなら、と。
ティーダが戻って、ビサイドに落ち着いても。
それは止めることをしなかった。
それは決してティーダのいなかった二年間のように重いものではなかった。
家に帰れば、彼がいる。
待っててくれる人がいる。
そう思えば面会も嫌じゃなくなる。
その大好きな彼の家、わたしたちの家を彼のいない間守るのがわたしの仕事。
だから、待ってるね、家で。
全部の試合が終わったら笑顔で待ってるからね。
わたしはスタジアムを後にした。
港で連絡船に乗り込み、ビサイドへ向かう。
『ユウナ、ユウナ』
頬に海の優しい風を受けながら。
わたしの胸の袷から声がする。
シンラ君に作ってもらった小さめの通信スフィアから覗くその顔は、わたしの愛しい人にほかならない。
「今日お疲れ様! がんばったね!」
『ちゃんと観てくれた!? オレちゃんと点取っただろ!』
「うん、カッコよかった!」
『合図もわかった?』
「うん、わかったよ。 でもやっぱ恥ずかしいな」
『恥ずかしくなんかないって! それだけオレはユウナのコトが好』
そこで控え室のドアが開き、顔を覗かせたワッカさんに今から記者会見とのことで呼び出しがあった。
『はぁ……インタビューなんかいいのに』
「ふふ、行ってきたら?」
『ユウナとこうしてる方が楽しいッス』
「ワガママ言っちゃダメだよ、みんなキミのこと待ってるんだから」
何とか説得し、彼を会場に向かわせた。
見渡す限り青と青の世界。
水平線しか見えない景色。
ルカとビサイドじゃキーリカを挟んで連絡船で片道二日弱はかかる。
かといって、カモメ団だって未だ発掘に勤しんでるようで、なかなかリュックやアニキさんにも甘えられない。
だから。
なかなか逢いたい時に逢えるわけじゃない。
二ヶ月……逢えないんだね……。
キミが帰ってきてまだ一年に満たない。
こんなに逢わなくなるのは初めてだね。
キミがちゃんと帰ってこれるように。
待ってるのが一番だよね。
とりあえず一勝おめでとう。
これからも、頑張ってね。
わたしは遥か遠く流れる雲をぽーっと見ていた。
「ユウナ様、今日も一日お疲れ様でした」
寺院の僧の人が声を掛けてくれて、それにわたしもひとつ頭を下げる。
今日も寺院を訪れた人は多かったな。
まだまだみんな悩みを抱えてるんだよね。
救ってあげなきゃ。
寺院の側の道を通り、森を抜け家まで向かう。
家に入り、食事の用意をして。
お風呂から上がって、ベッドに入るまで。
何度か見る通信スフィア。
今日は、まだ。
練習期間の一ヶ月は日に何度か話をしていたけど。
大会が始まってから、それは日に一度になっていた。
分かってるんだ、忙しいの。
きっと試合も大変だから、身体もくたくたなんだろう。
だからわたしからは連絡をしない。
彼の都合に任せている。
それでもこうして連絡がないと。
不安で。
昼間は寺院に篭りきりだから試合も観れないし。
して、いいかな……わたしから。
スイッチを押して、呼びかけた。
すると拍子抜けしたように。
彼はすぐに応答する。
笑顔と共に。
『あ、ユウナ?』
「え、あ、ご……ごめん。 忙しかった……?」
『いや、今風呂から上がったとこ』
見れば彼の髪は濡れてて。
肩にはタオルを掛けて。
『ごめん、ユウナ。 今日連絡してなかったな……今しようと思ってたとこだったんだ』
「あの、ごめんね……? わたしからしちゃダメだって思ってたんだけど……」
『そんなことないさ。 でもちゃんとオレからするから』
その笑顔は、とって不思議。
わたしを。
救ってくれる。
不安を取り除いてくれる。
わたしも笑顔で返し。
「今日もお疲れ様。 あれ、今日は試合……」
『今日は練習日。 明日ビースト戦なんだ』
「そっか、じゃあもう寝る? おやすみなさい。 いい夢見てね」
『ああ、ユウナも。 おやすみな』
手を振ってスフィアを切った。
そっか、今日は試合なかったんだ。
練習が大変だったのかな。
でも良かった。
元気みたい。
怪我もなさそうだし。
病気もしてなさそうだし。
それに。
ううん、大丈夫。
わたしは彼を大事に思ってる。
もうあんなことは、ないもの。
三年間みたいな、ことは。
部屋の明かりを消し、ベッドに潜る。
繋がったらいつでも出られるように。
いつものように、枕元にスフィアを置いて。
一目だけでも見られれば安心する。
一声だけでも聞ければ安心する。
その彼がいつスフィアに映し出されても。
すぐに。
返答できるように――。
「cry for you ― scene 2」 |
20140816 |