川沿いの土手を歩く。

ここは梅の並木道。

春になったら綺麗な梅が咲くんだろう。

振り返りながら来た道の景色を思い出し、迷わないよう気をつけて帰る。

ひとりだから。

そう思った瞬間。

遠くから何か聴こえた。

 

「…………―ん

「?」

 

聴き取れない。

誰かが大声で騒いでる声。

 

 

「……ーん……」

「………………」

 

でも最後はっきり聴こえた。

 

 

 

「鈴花!!」

 

 

 

聴き慣れた声。

え?

鈴花?

私、だよね……?

屯所でも一部の人間しか「鈴花」と呼ばない。

今のは聴き慣れた声、でもその口からは出ない単語。

振り向く瞬間。

腕を引かれ、反転した私の両肩をその人物は強く掴んだ。

 

「え? こ」

「はぁ……はぁ…………おいおい、何でひとりで帰るんだ?」

「あ、あの……何で」

「全く……つねがきみは帰ったなんていうから……走ってきちまった」

「走……近藤さん! 何で走るんですかっ!? 近藤さんはまだ怪我人です!」

「あのねぇ……きみが迷子になっちまったらどーすんのよ?」

「そんな……私そんな子供じゃ……」

 

近藤さんは深い重い溜息をついて。

 

「……泣いたのかい?」

「え?」

「目、赤いぜ」

「い、いいええっ」

「……何があったんだ? つねに何か意地悪な事でも言われたのか?」

 

吃驚した。

私は急いで首を振る。

 

「それは絶対ないです!」

「……何でも話せって言ったろ? 忘れたのかい?」

 

また、首を振る。

 

「……言っても、いいんですか……?」

「ああ、どんな小せぇ事でも言えって」

 

近藤さんが優しく笑ってくれる。

でも、それが今の私には痛い。

胸が痛い。

暫く沈黙が続く。

もう決心したはず。

嫌われてもいいと。

決心したはずでしょ?

聞いて欲しいって。

 

 

「おい、さく」

「私………………近藤さんが好きです。 大好きです」

 

 

近藤さんが大きく目を見開く。

 

「……え……?」

「私、近藤さんが大好きです」

「桜庭君……?」

「……近藤さんとともに戦いたい、近藤さんのために戦いたい、そう思ってここまで来ました。 それが…………いつしか……恋になってました……」

「………………」

「でも……私が近藤さんに対してこんな感情……やっぱりそんな事は許されないと……奥様のいる近藤さんに私なんかが恋をしてはいけないと……」

「……桜庭君……」

 

じっと目を逸らさず私を見る近藤さん。

 

「奥様に言われてしまいました……奥様には翼がないと。 羽ばたく近藤さんとともに夢に向かえることができなかったと……奥様の気持ちを考えるととても心が痛みます……」

「………………」

「きっと近藤さんと一緒に羽ばたけるのは私じゃない。 奥様の代わりにもなれない。 でも、近藤さんの傍にはいたいんです」

「……ああ」

「近藤さんが好きで……どうしようもなくて……ずっと話さずにいようと思いました。 この大変な時期に私の想いが近藤さんの負担になるのは嫌だったからです……こんな事を言って迷惑をかけるのは分かってます。 だから戦が終わったら……近藤さんの事は諦めようと思ってます」

「桜庭君……?」

「……除隊も、考えてます」

「え?」

「私的な感情が許される事などありません……近藤さんとどうなるつもりもないんです……ただ気持ちを知っていて欲しかっただけなんです」

 

そう言って私は近藤さんの傍にいてもたってもいられなくなり、

 

「失礼しますっ!」

 

深くお辞儀をしてその場を去った。

分かってる。

これは逃げてる。

でも傍にもいられないの。

引き裂かれてしまいそうだから、心が。

再び熱い涙が私の頬を伝うのにはそう時間はかからなかった。

 

 

 

――月はこんなに眩しいものだったっけ……?

 

私は夜眠れなくて外に出ていた。

柱に頭を預け、空を見上げると月と星々が瞬いていた。

それは私の心と裏腹。

とても綺麗で、とても神秘で。

月はこんなに眩しかったっけ?

月はいつでも近藤さんと巡り合わせてくれた。

月の下で会う近藤さんはいつでも優しくて楽しくて……愛しくて。

暗闇の中仄かに浮かび上がる横顔が好きだった。

何気ない微笑みが好きだった。

……呆れただろうな……新選組のコトよりいつも近藤さんのコトばっかり考えて……。

除隊……かもしれない。

荷造りでもしようかな……全然寝付けないし……。

 

「ここにいたのかい」

「ひっ!」

 

闇の静けさの中、突然声がする。

 

「こ、近藤さん……」

「ああ、今部屋に行ったんだけど返事がなかったから探してたんだ」

「あ、あの……昼間はすみませんでした」

 

近藤さんは深い溜息をついて。

頭をがしがし掻いた。

 

「まあったくだよ、俺に何も言わせねぇでとっとと帰っちまうんだもんな」

「す、すみません……」

「俺、怪我人じゃなかったっけ?」

「……すみません……」

「……俺もさ、寝れなくてねぇ」

「そ、そうですか……」

「………………」

「………………」

 

うぅ、近藤さんが私を見てるのがわかる……。

傍にいたいけど……やっぱりいられないよ……何を言われるのか怖くて……。

 

「寒いな……どうだ? 俺の部屋に来ないか?」

「へ?」

「少し俺と話そう、な?」

 

強引に私の腕を引っ張って有無を言わさず近藤さんの部屋に連れられてしまった。

や、やだよぅ……怖いもん……。

部屋には布団も敷かれてて。

でも乱れてなかった。

近藤さん、本当に寝てないんだ……。

その上に近藤さんは座り、私に隣に座るよう指示した。

すると近藤さんはいつも羽織ってる上掛けを私の肩にかけてくれて。

 

「……俺も返事、しなきゃあな」

「い、いえ……いいです……私の一方的な想いですので……」

 

本当の事だ。

近藤さんの返事が怖い。

聞きたくない。

だって分かってるもん。

近藤さんはこう見えて、一途な人だから……。

 

「まぁ聞けよ」

「……はい」

「……俺ってさ、外見こんなだし、遊郭に行きゃ女のケツ追っかけてばっかだったし……だろ?」

「………………」

「俺、きみの思うように本当に女と遊んでて、まぁ騙される方が多いんだけどさ。 でも本気になったコトは一度もなかったんだ」

「………………」

「ここにはあいつらもいるし」

「………………近藤さん、やっぱ」

 

私の言葉を遮って近藤さんは続ける。

 

「あいつも娘も待っててくれるから、と思ってたから………………でも」

「……?」

「京へ出てきみに出会って、初めて………………心が揺さぶられたんだ」

「………………」

 

近藤さんははぁ、とひとつ息を漏らし。

天を仰いだ。

 

「こんなに心臓がドキドキしたのは……忘れてるのかもしれねぇけどもしかしたら初めてかもしれねぇなぁ……おかげで、今は他の女にゃすっかり興味もなくなっちまったよ」

「…………近藤さ」

 

近藤さんは私に向き直って、すごく真面目な顔をして。

 

「ちゃんと聞きなよ?」

「……え? はい……」

「除隊なんかさせねぇよ」

「こ、近藤さん……?」

「きみはずっと、ずっと俺の傍にいて……俺を支えてくれよ」

 

………………近……藤さん?

 

「俺……きみが好きだ」

「……え?」

「ずっと前から本気で惚れちまってたんだ」

「………………」

「……でも俺は局長だし、みんなを引っ張っていかなきゃと思ってずっと言えなかった。 ましてや隊士だ、同じ志を持つ同士になんて……妻子もいるし」

「近藤さん……」

「……もしよかったら、俺でよかったら…………俺にずっとついてきてくれるか?」

 

私は今日3回目の涙を流してしまった。

近藤さんが……?

私に……?

これって夢じゃないのかな?

 

「も、ちろんです……」

「ああ、泣くんじゃないよ」

 

親指で私の目尻を拭いとってくれた。

直後、静かに私を抱きしめて。

 

「はは、ようやく触れられたな…………ようやく触れた」

「……近藤さん」

「…………俺はきみの夫にはなれない」

「………………」

「明日死ぬかもしれないし……30年後も元気で生きてるかもしれない…………でも俺の生が終わるまで……終わっても一生涯きみの恋人であり続けよう」

「近藤さん……」

「絶対、離さない」

 

近藤さんの腕に力が入る。

息もできないくらい強い力で抱かれる。

 

「私でいいんですか……?」

「きみしかいないよ」

「……近藤さん……」

「俺もきみと夢を分かち合いたい。 だから、俺の傍にずっといてくれ……俺と一緒に羽ばたいてくれ」

「…………こ……近藤さ……ん」

 

私は泣いた。

子供の時以来。

みっともないのも承知で、恥ずかしいのも承知で。

泣いた。

その間近藤さんは私の頭に顔を預け、ずっと背中を擦ってくれていた。

暫くして落ち着いた私の顎を、そっと気持ち上に持ち上げ。

私に顔を近づけた。

徐々に目も閉じて。

生まれて初めて唇に私のじゃない温もりを感じた。

離れるまでどのくらい時間がかかっただろう。

 

「ごめん……言わせちまったな……俺から言わなきゃならないのに…………辛い思いさせてすまなかった」

 

そんな事ない。

近藤さんだって辛かったはず。

 

「ねぇ、桜庭君……これはきみとでしかできない約束だろ?」

「え?」

「つねとはできない約束……だからきみはつねの代わりじゃない。 俺は……新選組隊士の『桜庭鈴花』を好きになったんだ」

「……近藤さん……私」

「ん?」

「私、嬉しいです……」

 

近藤さんは声を上げて笑い、もうひとつ私に口付けをし。

抱かれたまま布団に押し倒された。

 

「えっ! あの、あのっ!!」

「桜庭君、一緒に寝よう」

「はいっ!?」

「俺、嬉しい。 今こうしてきみと一緒にいれるのがさ」

「はい、私も……ですけど! でもでもっ」

「別に何もしねぇって。 一緒に寝るだけだぜ」

「あ、はい……そうですよね……あはは」

「……今日はな」

「え?」

「何でもない」

 

「おやすみ」と微笑んでくれた近藤さんは、ゆっくり目を閉じた。

ぎゅっと抱き締められ、腕の力は緩む事はなかった。

近藤さんの手はいつも温かかった。

でも身体も温かかった。

近藤さんの左隣はいつも心地が良かった。

でも近藤さんの胸も心地良かった。

その心地良さに包まれて。

何日かぶりの深い眠りについた。

 

朝。

目が覚めて、そこで初めて気付く真実。

眠る時と同じように、近藤さんに抱かれて眠っていた。

近藤さんの寝顔。

京以来、久しぶりに見る寝顔。

でもあの時は顔色も悪くて、やつれていたから。

そして寝息が聞こえるくらいこんなに近くで見るのも初めて。

愛しい人。

以外に長い睫毛。

彫りの深い瞼。

通った鼻筋。

薄めな唇。

陽に照らされればキラキラと光る色素の薄い、柔らかくて細い髪。

しっかり筋肉のついてる長身の身体。

どれを取っても切り取ってしまっておきたくなるような。

近藤さんに気付かれないように、そっと顔に触れる。

こうしてるのが夢じゃないように。

確認しながら。

私の、愛しい人。

 

「おはよう」

「え!?」

「起きてたよ」

「や、やだ……」

「ああ、夢じゃないんだなぁ……こうしてるのが」

 

私の髪の毛を優しく撫でる。

それでも、まだやっぱり。

 

「どうしたの? 元気ないんじゃない? 寝起きだからかい?」

「あ……いえ……そんな事……」

 

近藤さんは深い溜息をついて呆れたように私に言う。

 

「あのねぇ……俺はさ、いつでもきみを見てたのよ。 もう今更俺に隠し事したって無駄なんじゃないの?」

 

この人は本当に察しがいい。

敏感な人。

 

「まだ……信じられなくて……その、こうして一緒にいられるのが……」

 

近藤さんは目を見開いて私を見、すぐ微笑む。

 

「俺達考えるコト似てるなぁ」

「そ、そうです……か?」

「一つ、約束」

「はい?」

「俺と二人の時は……恋人として接して欲しいな」

「え?」

「女の桜庭君でいてほしい」

 

驚いてして私は近藤さんを見た。

 

「でもそれじゃあ、私が近藤さんの傍にいる意味が……」

「あるさ、勿論。 本当は女の子の格好させたいんだけど……トシや総司や他の隊士が君の事色目で見ちゃうからねぇ。 それだけはイヤだからさぁ」

「そ、そうですか?」

 

抱きしめたその手で頭を撫でてくれた。

 

「桜庭君……ずっと一緒にいような」

「はい……ずっとずっと傍にいます」

「きみは十分強くなったけど、やっぱり俺にも少しは守らせてくれよ」

「……はい」

「強いきみも好きだけど、弱いきみも好きだから」

「…………はい」

 

お互い見つめあって。

笑い合った。

近藤さんは息も出来なくなるほど私を抱き締めた。

 

「俺達だけの秘め事か……バレたら大変なコトになっちまうかなぁ。 みんな、どんなカオするかなぁ」

 

いたづらっ子みたい。

時折子供みたいな顔をする。

でもとても真っ直ぐな人。

信念に対してはとても真摯。

私は、近藤さんの全てに惹かれた。

だから。

この生まれて初めての想いを一生大事にしたい。

絶対忘れない。

言葉。

仕草。

この、想い。

 

私の命が尽きても。

世界の終わりが来ても。

 

絶対、忘れない。

 

 

 

 

 

翌日から。

お互い下の名前で呼び合う二人。

二人きりの時だけ限定で。

「これだけはひけないね、局長命令だ」と。

呼び名を訂正されてしまった。

照れくさくて暫くはぎこちなかった。

 

やっぱり近藤さんは相変わらずズルくて、相変わらず子供みたいな人だった。

 

 

 

 

 
「告白 ― 後編」
20050722



前回のつねさん話で容易に想像できた創作です(汗)
うちのメインより先にくっついちまった(爆笑)
こっから先はホントとんとん拍子でいっちゃうんだろうなぁ……(遠い目)










前編



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