レースのカーテンから陽の光。
眩しくて目を細める。
今日は朝から本当にいいお天気。
雲もひとつもなく、もう桜の花が開くんじゃないかと思うほど。
椅子に座って窓から見る風景。
この位置からは確認できないけど。
はばたきの街が見下ろせるはず。
街はきっと、今日も元気。
「ねえちゃん、今日はさすがに別人だな。 馬子にも何たらってやつかな」
「うるさいな。 悪かったわね」
「ウソだよ、いいんじゃね? なかなか似合うぜ」
全寮制の高校に進学し、久しぶりに会った尽。
知らぬ間に背も伸びてて、わたしの背なんかとっくに超していた。
そしてあまり見せない制服姿。
尽こそ別人のようだけど。
「高校は楽しい?」
「ああ、まぁね。 うまくやってるよ」
「彼女いるの?」
「心配すんなよ。 たくさんいるから」
「アンタね、もうそういうのダメだからね。 珪くん聞いたら怒るよ」
「冗談だって。 ちゃんと意中のコはいるから」
その時、ちょうどノック。
尽が応対する。
「……尽?」
「ああ、葉月! 久しぶりだな」
声は珪くん。
ドアの向こうで、その姿は見えない。
わたしは。
心持ち、背筋を伸ばした。
「おまえ、デカくなったな……見違えた」
「ああ、高校入ってもう15センチくらい伸びたかな」
「今日ゆっくりできるだろ? いろいろ話聞かせろよ。
姉さんは?」
「ああ、見てやってくれよ」
尽が出ていって。
代わりに。
珪くんが部屋に入ってくる。
全身真っ白の。
ベスト姿の彼。
珪くんは目を見開いて、息を呑んだ。
「……綺麗、だな……」
「本当?」
「ああ……想像以上だ」
「へへ、よかった。 珪くんも……今日は素敵ね」
「“は”?」
「“も”、だね。 ね、髪切った?」
「ああ、おまえの支度の方が長いからな……その間に切ってきた」
前髪を右分けで少し額に垂れ。
他の髪は全て後ろに流れてる。
「珪くん……」
「ん?」
「……カッコいい……」
「……惚れ直したか?」
「うん!」
恥ずかしくて。
顔が真っ赤になるのを見られたくなくて。
おどけて言った。
本当に今日の珪くんは素敵で。
直視できないほど。
今日。
わたしの苗字が変わった。
午前中、市役所に出した婚姻届け。
受理されてわたしたちは目を合わせ。
笑った。
そしてここ。
はばたき学園の敷地内。
思い出の詰まった、この教会。
珪くんとの誓いの儀式が、今から始まる。
「……おまえのドレス、これで正解だったな」
「うん……珪くん選んでくれたから……」
「違う、おまえがこれがいいって言ったんだろ? 今までで一番いい」
珪くんが言う今までとは。
高校の時に作ったドレスやモデルとして着たドレスだろう。
今日のものはふたりで選んだもの。
腰に大きなリボンがついて。
ひらひらとフリルのついた真っ白いウェディングドレス。
頭にもリボンがついて。
そこからヴェールが足元まで。
「珪くん……」
「ん……?」
「本当にありがとう……」
「夏野……」
「こんなわたしをお嫁さんに貰ってくれて……今ね、すごく幸せ」
「………………」
「わたし、珪くんが後悔しないように頑張」
途端。
珪くんが制する。
わたしの傍らに膝まづき。
わたしの手を取る。
「バカ……おまえがそんなこと言うな。 礼を言うのは俺の方」
「え?」
「……俺の奥さんになってくれて、ありがとうな……本当に感謝してる」
「珪、くん……」
「夏野…………愛してる」
すぐ涙腺が緩む。
「ああ、まだ泣くなよ。 化粧が落ちる」
珪くんが立ち上がり。
わたしの額に軽くキスした。
「これからも……よろしくな」
「わたしこそ、よろしくお願いします」
わたしの名前を呼ばれると同時にまたノック。
「じゃあ、後でな」
手を振ってわかれ。
珪くんと入れ替わりで。
高校の時の友達が入ってきた。
変わらない。
わたしの、生涯の友達。
「夏野ー! アンタめっちゃキレー!!」
「夏野ちゃん……可愛い……」
「すごく綺麗ね……よかったわね、葉月くんと一緒になれて」
「ま、まぁ……今日は樋渡さんが主役ですもの。 ミズキより綺麗なのも認めますわ」
刻々と、時間が迫る。
数十分後。
珪くんとわたしの家族や親族、友達が整列してる中。
お父さんと歩いたヴァージンロード。
讃美歌。
永遠に、共にいる誓約。
指輪の交換と。
そして、離れることのない。
誓いのキス。
涙が出れば。
珪くんが困ったように笑って。
拭ってくれた白のハンカチ。
おばあちゃんになっても。
死ぬまで忘れないだろう。
すべてが。
すべてを焼き付ける。
どれもが最高の瞬間。
一生に一度の。
最高の思い出。
その後の。
教会のドアを開ければ。
思いもしなかった景色。
現役のはばたきの生徒が。
卒業生も在校生も。
“おめでとう”の言葉とともに。
ライスシャワーの雨。
今日、3月1日。
はばたき学園の卒業式。
驚くわたしと珪くんは。
後に天之橋さんの計らいだと知った。
その天之橋さんも。
氷室先生も。
姫条くんや鈴鹿くん、守村くん、三原くん。
日比谷くんまで。
見知った人たちも、混じってる。
枯れかけた涙も。
再び。
“泣くな”と。
彼の腕に組んだわたしの手を。
大きな手で包んでくれた。
今までに何度も笑ってるけど。
愛しい人の今までで、一番の笑顔。
すべて。
すべて大事な思い出。
おばあちゃんになっても。
死ぬまで。
死んでも忘れないだろう。
一生に一度の、最高の思い出。
「――葉月さん」
一週間前の思い出に浸り。
瞳を閉じて。
ひとり浸っていた。
「葉月さーん?」
友達に囲まれ。
式のあとのパーティーも本当に楽しかった。
「葉月さーん! 葉月夏野さーん!」
「はっ! わ、わたしか!? はーい!!」
銀行の窓口。
慌てて受付のお姉さんから通帳を貰う。
だいぶニヤニヤしてたのだろう。
お姉さんはくすくす笑ってる。
「あはは……す、すみません……」
恥ずかしくて、お辞儀して銀行を後にした。
だって〜……まだ慣れないんだもん、苗字〜……。
早く慣れないと。
珪くんに怒られちゃうな。
さて。
今は2時半。
夕食の材料買って帰ろうかな。
昨日は洋だったから、今日は和かな。
途端、鞄の中から着信音。
画面は。
旦那さまの名前。
すぐ電話に出る。
「もしもし? あ、お疲れ様。 あれ? 今日はもう終わったの?
早いねー。 わたし今商店街……食材買って帰ろうかなって。 もう用意するものはないよ? 全部スーツケースに入ってる。 うん、だからまっすぐ帰ってきてね。 え? いいよ、疲れてるんだから。
家で待っててくれれば……ホント? ありがとう。 じゃあスーパーにいるよ」
結婚する前からそう。
帰り際は必ず。
わたしの手の空いてそうな時間にも、電話をくれる。
今も変わらない。
仕事忙しいのに、すごく気を遣ってくれる。
そして今は。
仕事終わって早く帰りたいはずなのに。
わたしを迎えに来てくれる。
だから。
明後日出発する新婚旅行。
めいっぱい休んで欲しいな。
電話を鞄に入れて。
スーパーの入り口で珪くんを待つ。
一緒に買い物しよう。
今日は彼が食べたいもの、作ろう。
やっぱり。
ニヤニヤが止まらない。
もちろん、人がいないのを確認して。
左手の薬指を見る。
お揃いの指輪には。
お互いの名前と。
誓いの言葉が刻まれてる。
これが。
わたしにとっての幸せ。
自分の大事な人との生活の共有。
大切にする。
彼も。
彼の人生も。
彼のすべてを。
誓ったもの。
珪くんを幸せにするんだって――。
「tie the knot ―bride side」 |
20170402 |