ああ……だるい……。 何だって今日スタジオじゃないんだ……。
しかも何でこのショッピングモール、火曜日なのに客だらけ……。
どこからそんなに湧いてくるんだ……。
立ち止まって見てるなよ。
片手にカメラなんか持って。
黄色い声しか聞こえない。
頼むからどこか行ってくれ。
気が散ってしょうがない。
「葉月くん、ゴメンネ〜。 今日どうしてもここでってクライアントが指示してきて……」
葉月の仏頂面さに。
スタッフが入れ替わり葉月に言葉をかける。
不機嫌ながらようやく撮影を終えた葉月は早く帰って一眠りしようと、帰り支度をしようと控え室まで戻った。
ふと。
視界に何か映った。
見慣れた、赤褐色の髪。
何気に直視してみると、夏野だった。
「葉月くん、見っけ!」
「……樋渡……」
少し淡い黄色のシャツにベスト、長めのスカートを見に纏い、手を振って葉月の前に走ってくる。
「今日はなぁに? ここでお仕事?」
「……ああ、撮影と取材」
「わぁ〜、葉月くんってやっぱすごいんだ!」
目の前ではしゃぐ夏野。
葉月は不思議そうに彼女を見る。
「おまえ……何でこんな時間にここにいるんだ? バイトだろ?」
途端夏野はうろたえた。
今は夜の8時ちょっと前。
普通の平日、明日も学校だった。
「え……? あ、ううん、ちょっと……バイトお休みして、お買い物」
慌てて荷物を体の後ろに回す。
見れば少し大きめな紙袋を持っていた。
青いリボンをつけ綺麗な包装紙に包まれた四角い何かが顔を覗かせる。
「ねえ、取材って何話すの?」
夏野が葉月に問いかける。
「……はい、……いいえ」
「え〜〜〜と……ん〜〜〜と、それは……?」
「雑誌の取材」
「それで、記事になっちゃうの?」
「……さあ……俺、自分の出てるの見たことないから」
へえ、と物珍しそうに葉月の答えに感嘆している。
その時。
「やだ〜、あのコ何で葉月くんとお話してんのよっ」
「どういう関係なの〜!?」
「図々しいわよっ!」
その声は勿論夏野にも届く。
夏野は困って葉月を見た。
「や、やだ……あの、ごめんなさい……」
「バカ……何謝ってんだ? 俺、もう帰るからおまえも早く帰れ」
夏野は一つ頷いて、また明日ねと手を振って帰っていった。
葉月は溜息をつき、さっきの声がする方を睨んで、控え室に向かった。
次の日、葉月が学校に向かって上り坂にさしかかろうとすると。
後ろから名前をを呼ばれた。
聞きなれた声。
「はっづきくーん!」
……朝っぱらから元気がいいな、と。
ゆっくり振り返ると夏野はすでに葉月のすぐ後ろにいて。
「おはよ!」
「ああ……」
「昨日はゴメンネ? わたし、平気だったかな……」
少ししょげて夏野は俯いた。
「平気だろ」
「そっか、ならいいんだけど。 ね? 今日何の日だか知ってる?」
葉月は眠いせいであまり頭を使いたくなかったのか使えなかったのか、適当に答える。
「今日は……水曜日………………バイトがない日」
「んもうっ! 違うよ! 今日は……」
「お? ちょうどいいとこにいたぜ」
びっくりした夏野は声のする方を振り向く。
葉月もつられてそちらに目をやる。
バスケ部の………………葉月には名前が思い出せなかった。
「あ! 鈴鹿くん、おはよう!」
「おう。 なあお前んとこ昨日氷室の授業あったよな?」
「うん」
「ちと悪ぃけど、昨日やったとこのノート見せてくんねぇかなー? 俺んとこ1時間目でさ、今日当たりそうなんだわ。 あいつうるせーからよ」
「あ、いいよ。 じゃ早くしないと間に合わないね」
「本当か? 悪ぃな〜」
すまなそうな顔して鈴鹿は夏野と二人で小走りに昇降口に向かった。
途中振り返って葉月に「あとでね」と夏野。
葉月は今日の予定は何もないとそれ以上考えることもなく、夏野の答えを聞くのも忘れ今日を過ごしていった。
3時間目の休み時間。
机に突っ伏して寝ていた葉月の携帯が震える。
起きた彼はディスプレイを見て項垂れた。
着信があるこの名前からの電話の用件は一つしかない。
ざわめく教室の中、葉月は発信ボタンを押し電話に出た。
二言三言話をし、電話を切って大きく溜息をつく。
誰から見ても葉月の顔は不機嫌以外何者でもなかった。
仕方なく、授業が終わっても他の生徒の質問に答えていてまだ職員室に帰ってなかった担任に話をする。
「……先生」
「何だ? 葉月」
「……今からバイト入ったんで、早退したいんですけど……」
氷室は明らかに嫌な顔をする。
「君は学生の本分が何であるのか知っているのか?」
「………………」
「学業であろう。 学生たるものそれを疎かにするのであれば学校に来なくてよろしい……と言いたいところだが、君は常に成績も優秀であるため今日のところは免除しよう。
だが君だけを特別視するつもりはない。 以後このようなことのないように」
言ってその場を立ち去る氷室を葉月は小さく舌打ちをし、帰り支度を始め教室を出た。
下駄箱から靴を取り出そうとしたその時。
「葉月くん、待って!!」
夏野が大きな袋を手に持って葉月の傍に駆け寄った。
「帰っちゃうの?」
「……ああ、仕事」
「え? 今から? そうなんだ……仕方ないもんね、頑張ってね」
俯いた夏野はすぐ顔を上げ、笑顔を向ける。
「はい、これ!」
「……?」
彼女はその紙袋を葉月に差し出した。
「何だ……?」
「お誕生日おめでとう!!」
「………………」
「あれ? 今日でしょ?……もしかして忘れてた?」
――……あ。
すっかり忘れていた葉月に夏野は「本当に忘れてたの?」なんて笑いながら。
「葉月くん、気に入ってくれればいいなぁ。 いろいろあったんだけど、それが一番かわいかったから」
見れば四角いものに青いリボンが付いていた。
葉月は見たことある、と。
「おまえ……これって昨日……」
「あ。 バレちゃった? そう、昨日ショッピングモールで買ったんだ。 でも葉月くんに会っちゃったからどうしてもバレたくなくて」
ちゃんと包装されていて、リボンもついて。
久しぶりにもらったプレゼントだった。
毎年両親が外国から何かしら送ってくれてはいたけど。
何を送ってきてくれたかは覚えていない。
夏野が俺のために、と思って少し嬉しくなって。
「サンキュ」
「へへへ、おめでと!」
瞬間授業が始まるチャイムが鳴り、いけない!と夏野が慌てる。
「葉月くん、またね! お仕事頑張って!!」
大きく手を振って教室へ帰っていった。
葉月はその中身が少し気になって大事に抱え、スタジオに向かった。
その夜。
仕事が終わってスタッフが葉月の誕生パーティーをしてくれたが。
葉月は正直そんなに楽しめていなかった。
バイト休んでまで買ってきてくれた。
休憩の間に開けた夏野のプレゼント。
仔猫のジグソーパズルだった。
以前一緒に帰宅した時、少し話をした覚えがある。
『葉月くんは何が好き?』
そう聞かれて彼はジグソーパズルだと答えた。
でも……猫が好きだとは言ってない。
その方が嬉しくて。
少し酒を貰って、酔ってはいなかったが夏野のことを思い出した。
――……あいつの誕生日いつだっけ……過ぎてるかもしれないな。 過ぎてても、構わないけど……。
「to you」 |
20040601 |