「ジブン、夏野ちゃんのことどう思てんねん」
校舎裏で昼食をとろうと階段を下りてる途中。
階段を上ってきた姫条に呼び止められる。
上目遣いで葉月を睨んで。
「健気な子やね、ジブンの為に一生懸命やんか。 何でここまでジブン、あの娘に頑張らせてんねや。
一体どういうつもりや、シカトなんか」
葉月は姫条の言葉に少し苛立つ。
「おまえが応えなきゃどーすんねん」
図星なこと言われて。
――俺の為に頑張ってる……? 何でだ? 何で、身体壊してまで頑張るんだ?
――…………おまえについていけるよう、俺が頑張らなきゃいけないのに。
姫条が階段を上り。
「まぁ、エエわ。 ジブンがそういう態度いつまでもとってんなら、オレが夏野ちゃん貰うで」
葉月の横を通りすぎようと。
「ライバル減ってよかったわ。 葉月、おまえやダメやろ? 俺が幸せにしたるわ」
瞬間葉月は姫条の胸倉を掴んだ。
「ふざけるな……おまえじゃ役不足だ」
姫条は一瞬目を見開いて葉月を見たが、即座に口の端を上げニヤッと笑った。
「……エエやん、その調子で。 ジブンがこんなに露骨に表情出るとは思わんかったで。 ……確かに最初はオレも夏野ちゃんが気になって仕方なかった……けど、ジブンがおるから……夏野ちゃんはおまえを見てるからオレはとっくに手を引いてるんや」
離せと言わんばかりに自分の襟首を直そうと、葉月の手を離した。
「あそこにいたんやろ? こないだの日曜日。 俺と夏野ちゃんはデートやあらへん。 夏野ちゃんがどこか美味しい店ないか言うから教えてやってん。 俺が『葉月と行くんか?』聞いたら、『うん!』って、俺が目の前にいてやぞ? こっちの気持ちも知らんと」
姫条はぽんと葉月の肩を叩いて、その場を去る。
「行ったれや。 夏野ちゃん苦しんでるやろ。 あーあ、ホンマくやしいわ、ジブンやなきゃダメなんて」
葉月は暫く姫条の背中を見る。
そして、その場から動けなかった。
――俺は……何してるんだ……?
ただ単に自分が醜かった。
醜い。
たったあれだけの事。
何でもない事のはずなのに。
葉月は教室へ戻り。
自分の席にあるカバンを手に取り。
昇降口を出た。
葉月は夏野の家の前で右往左往していた。
急に来て迷惑でないか、体調はどうなのか。
うろうろしている葉月に背後から声がする。
「葉月? 俺んちの前で何やってんだ?」
「……!」
弟の尽だった。
「珍しいな、こんな時間に。 なんだサボリかよー? あ、ねえちゃんの見舞いか? ああ、あがれよ」
「………………」
「俺、今日学校の創立記念日でさ、休みなんだわ」
弟の後をついていき、2階のとある部屋に通される。
「今、寝てるかもしれないけど……あとよろしくな」
尽は階下へ降りていった。
葉月はしばし躊躇ったが、ドアをノックした。
……返事はない。
そっとドアを開ける。
葉月は女の子の部屋に入るのは初めてだった。
そのため新鮮だった。
周りを見ると、女の子らしくぬいぐるみや、女性向けの雑誌が置いてあった。
壁には制服がかけられていて。
いい匂いがして、落ち着く感じだった。
入ってすぐ机が目に入る。
教科書やら参考書やら沢山置いてあって今までの夏野の生活がよく分かる。
ふとその中裏返しになった写真を見つけた。
見てもいいものかと躊躇ったが、葉月は写真を見た。
元々大きな瞳が更に大きくなった。
そこに写っているのは、自分だった。
隠し撮りされた写真だった。
普段そういうことをされること嫌う葉月だったが。
徐々に自分の顔が赤くなるのを感じた。
夏野がこの写真を持っていることが妙に嬉しくて。
振り返り、机の向かいのベッドの上に夏野はいた。
赤い顔の半分まで布団を被っていた。
汗で張り付いた前髪をそっとのけてやる。
形のいい額が覗かせる。
「ん……」
夏野が寝返りをうち、こちらを向く。
びっくりして、葉月は思わず手を引っ込めた。
が、相変わらず眠っていて気付かれてはいない。
露になった口元が苦しそうに喘いでいる。
再び手を差し出し、頬を触る。
火照った顔が痛々しい。
親指が唇に触れる。
かさついてはいたが。
葉月は夏野を見る。
そして。
柔らかく弾力があるそれに、顔を近づけた。
一瞬、触れたか触れないかで葉月は身体を起こす。
直後、夏野がうっすら目を開けた。
「………………」
半分に開かれた目で暫く葉月を見ていた夏野は30秒後、彼が葉月だと確信した途端至近距離にあるそれに目を見開いた。
「〜〜〜け、け、珪……くん……!?」
「ああ」
「や、やだっ! わたしっこんな格好で……髪もボサボサで……」
いきなり起き上がろうとした夏野は目眩を感じ、ふらつく。
葉月はそんな夏野の肩を抱きとめ、寝かせてやった。
「バカ、起きるな」
「で、でも……」
机の椅子を引っ張り、ベッドの横に座った。
夏野は熱のせいか何なのか赤い顔を半分布団にしまい、葉月を見上げた。
「ホ、ホントゴメンね」
「………………いや」
「でも、け…………葉、月くんに気を使わせちゃったみたいで……」
葉月から目を逸らし呼び名を慌てて修正した。
そんな夏野を見てるのがつらくて。
暫らく時計の秒針の音だけが部屋に響き渡る。
何かとても気まずくて。
重い沈黙を葉月が破る。
「夏野……ゴメン」
「え?」
夏野は目を見開いて葉月を見る。
「……姫条に聞いた」
「……! ああ……」
夏野は無理に微笑んで葉月を安心させようとした。
「いいの……わたしもいけなかったんだよ?」
「違う……」
「……?」
「違うんだ」
いつになく真剣な顔で葉月は話す。
「俺……最近おまえと出掛けてもいなくて……少し、苛ついてたんだ。 そんな時、おまえとあいつ見かけて……俺」
「………………」
「……嫉妬、したんだ」
少し頬を赤く染め横を向いて呟く。
「どうして……?」
「楽しそうに話してるおまえ見て……俺の時、あんなに楽しそうだったかと思って」
「わたし、……葉月くんといるの楽しい……一番楽しい」
下を向き、少なくとも夏野にはそう見えた葉月は悲しそうに笑って、
「おまえは……俺の物じゃないのにな……」
「……は……づきくん……」
「おまえ、何の為に頑張ってるんだ?」
「え……?」
「何でそんなに頑張ってるんだ?」
姫条に夏野はおまえの為に頑張っていると。
そう聞かされても葉月には自信がなかった。
確かなものが二人にはないから――。
「わたし……先生に二流大学が妥当だって言われて……どうしても一流行きたくて……」
「………………」
「葉月くんとずっとデートしたかった……けど……」
「………………」
「テストが終わったら、葉月くんとどこか行きたくて……姫条くんにどこかいい場所ないか教えてもらって……」
「……あいつのこと……好き、とかじゃなくて……?」
「違うよ! 楽しい人だけど、ただのお友達だから……」
顔の半ばまで被った布団をばっと引き下げ、反論する。
その瞳は真剣そのもので。
とても嘘をついてるようには見えなかった。
「……なあ、何で一流にこだわるんだ?」
夏野は黙ってしまった。
葉月の為。
そう言ってしまったらどんな顔するだろうと。
暫く葉月の顔を見る夏野。
「いや、いい……とにかく、悪かった……」
「ご、めんね……?」
「……あと……」
「……?」
「ごめん……おまえのことこの間……“樋渡”って呼んだ」
「え……?」
「俺、今おまえに上の名前で呼ばれて……ちょっとイヤだったから……」
二人の仲が元に戻ってしまったみたいで。
ただの“知り合い”になってしまったみたいで。
「だから、下の名前でいい……俺ももうおまえ上の名前で呼ばないから」
「…………け……珪くん」
葉月は夏野の頬に手を添える。
びくっと体が跳ねた。
低温のそれは夏野の熱を引かせてくれてるようで。
驚く夏野の顔が赤くなっているのは、熱のせいなのか。
「夏野」
ドキッとして葉月を見た。
「早く……元気になれよ。 学校で待ってる」
週が明けて月曜日。
夏野は何とか全快し朝から学校に通う。
途中珠美と合流し、一緒に学校へ向かう。
「本当に夏野ちゃん、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ!」
「よかった……長い休みだったから、心配しちゃって……あ、でもね」
「?」
「葉月くん……本当に寂しそうだったよ?」
「え?」
夏野は珠美を見る。
「全然喋らないしね、昔の葉月くんに戻ったみたい……っとちょっと違うかな?
同じ喋らないでも昔の葉月くんとはまた違うね。 悲しそうだったもん、落ち込んでもいたみたいだし」
「珪くんが……?」
その時昇降口で葉月と出会う。
葉月はこちらを見て、
ドキっとする。
「……もう、いいのか?」
「うん! もうすっかり大丈夫! ありがとう」
葉月は優しく笑い「そうか」と言い残し階段を上がる。
葉月の思いがけない訪問に元気づけられた。
「葉月くんと仲直りしてよかったね」
「え!? いや、タマちゃんっ、違うからっ!」
「違わないよ?」
珠美はクスクス笑う。
――本当に本当にありがとうね……。 今度珪くんに何かあったらわたし助けるからね。
始業のチャイムが鳴る。
今日から良い日が続くように。
祈りながら階段を駆け上った。
「jealous dog ―scene 2」 |
20050611 |