今日は平日。
客も数人程度。
洗ったグラスを拭き。
何気に窓の外を見る。
男女のカップルが丘に上って来ていた。
あれ……?
あれって……。
上がりきって海を眺めてた二人は。
こちらにやってくるところだった。
「いらっしゃいませ」
ドアのベルが鳴り。
二人を窓際の席に案内する。
「いつもご贔屓、ありがとうございます」
知ってる。
最近よく来る。
葉月 珪――。
俺でも知ってるはばたき出身のモデルだ。
今は……アクセサリーのデザイナーもしてるんだっけか。
初めて来たその時は仕事の撮影かなんかの休憩時間でここに来たんだろう。
淹れたコーヒーを。
美味いと言ってくれた。
やっぱり客が俺の淹れたものを“美味い”と言ってくれるのは。
本当にやっててよかったと。
心の底から。
でも。
今日は二人だ。
彼女――だろうな。
俺より年上だろうけど。
なんだか屈託ない笑顔が、ちょっと幼く見える。
まぁ……可愛いな。
つーか最近なんだかここらへんだけでモデルをしてないらしいけど。
変装も何もなく。
彼女と堂々と表に出られるのは。
ある意味すごいな、とも思う。
店の客だって。
葉月の顔を見て、何かヒソヒソと話してるのに。
注文されたモカとカフェオレをテーブルの上に置き。
葉月の彼女に満面の笑みで返される。
「ありがとうございます」
こりゃ。
葉月でなくても。
誰でもコロッと行くんじゃないかと思った。
「あ…………ここのオススメみたいなもの、ないですか?」
葉月に聞かれる。
「えー……そうですね……木苺を使ったフランボワーズや半熟のチーズケーキなどもありますが」
「じゃあ、それ2つ」
「はい、かしこまりました」
オーダーを受け取り。
レジの近くにあるガラスケースの中からフランボワーズとチーズケーキを取り出す。
見れば。
笑ったり、少し拗ねてみたりの会話。
葉月は彼女にプレゼントらしいものを渡す。
ペンダントなのか。
彼女の首につけてやる。
彼女は微笑み。
それに葉月も応える。
――前に葉月の写真を見たことがある。
でもなんだか憂いというか。
仏頂面というか。
なんというか。
よくわからないものが滲み出てて。
こいつはあんまり感情を表に出さない人間か。
愛想の無い人間かどちらかだろうと勝手に解釈してた。
でも。
あんな笑顔もするんだなと。
ほんの少しだけ、ビックリした。
運んだケーキも綺麗に食べてくれて。
二人は精算をしにレジへと向かう。
すると彼女は。
いきなり。
「あ、あのっ! コーヒーもケーキもすごく美味しかったです!
わたしここ気に入っちゃっいました! また来ますね」
「は、はいっ、ありがとうございます」
ビックリした。
すごく真剣な表情でそんなこと言うもんだから。
でも。
やっぱり冥利に尽きるというか。
「またのご来店、お待ちしております」
可愛くて。
小さくて。
いい彼女――だな。
あんたたち、幸せなんだな。
いろいろあったかもしれないけど。
でも今があれば。
そんなこと……気にもならないだろ?
正直。
そう思った。
羨ましく思った。
俺も。
俺たちも。
ああいう風に……見られてるならいいんだけどな。
テーブルを片付けていると。
小さく太陽の光に反射して光るものが置いてあった。
貝殻。
忘れ物。
きっとまだそんな遠くは行ってない。
慌てて。
ドアを開け、叫ぶ。
「お客さん! 忘れ物です!」
灯台の下にいる二人は俺の声に振り返り。
渡そうと走って。
葉月が差し出した手にそれを乗せる。
でも。
「珪くん、返そ」
「え……?」
葉月は分からない顔して彼女を見た。
俺にもその意味が通じなくて。
「さっきその浜で拾ったものなんですけど……なんか持って帰ったら、ここを離れたら悲しくなっちゃうかなって。
ね、珪くん」
葉月は仕方ないと言ったように小さく溜息をつき俺に貝を返し、彼女はにっこり笑って頭を下げ。
二人ともその場を後にした。
貝殻が悲しくなる……?
手の中にあるそれと二人の背中を交互に見た。
葉月さ。
あんたいい彼女を持ってんだな。
ああ、もしかしてすでに奥さんか?
そんな噂も聞いたこともあったから。
結婚してる、してないって。
「貝殻、か……」
そう。
さっきから俺の脳裏に浮かび上がるのは。
あいつだけ。
今までも。
これからも。
毎日、逢ってるのに。
今日だって。
さっきまで、一緒にいたのに。
思い出すと。
自然に笑みが零れる。
残った客も帰り。
洗ったカップを拭き。
何気に窓の外を見ると。
表の階段じゃない。
裏の道を歩いてくるのが見える。
時計を見て、小さく息をつく。
つーか、ただの買い出しだろ?
早く帰って来いっつーの。
俺が行くって言ったのに。
強情なヤツだからな。
俺は苦笑して。
カップを棚にしまい。
ドアを開け。
彼女を迎える。
彼女の持つ荷物を受け取りながら。
『遅い』と痛くない程度のチョップをお見舞いしてやる。
彼女は。
手で頭を押さえて。
『ごめんね』とはにかんで、俺の大好きな笑顔で言う。
その左手薬指には。
やっぱり同じ場所で輝いてる俺のそれとお揃いのもの。
「なぁ、今日は店閉めるか」
彼女は不可解な顔で俺を見た。
『どうして?』と言わんばかりの。
「今日は客もいないしさ、なんか……なんとなく」
表のドアに「CLOSE」のサインボードを掲げる。
「今日はさ……うーん、昔話しよう。 今だから話せるコトだってあるだろ?」
彼女の手を引いて。
テーブルに座らせる。
ふたつコーヒーを淹れ。
俺もその向かいに座った。
ふと。
カウンターの奥に飾られてある写真が目に入る。
それは。
閉まってたこの店が再びオープンになった日の写真。
仲良く写ってる写真の中の二人。
彼女はそれより少し髪が長くなり。
俺はそれより少し髪が短くなった。
楽しかった思い出。
ケンカした思い出。
それらが今の俺たちを作ってる。
決して。
無駄な思い出じゃない。
だから、こうして。
大事な思い出を忘れないように。
色褪せないように。
「そうだな…………ガキの頃からの話、しないか?
この海で出逢った時の話…………それから今までの、話……」
「take over ―― one man side」 |
20060821 |