「ほら、もうちょっと」
「ま……ま、待って……珪くん」
手を引いて。
ゆっくりと夏野の速度に合わせて長い階段を上がる。
だいぶ息が上がってる。
……体力ないな……。
「だからおぶってくって……」
「それはダメッ」
なぜか断固拒否するんだよな……こいつ。
恥ずかしいって言って。
誰か見てるかもしれないからって。
シーズンじゃないから人なんか全然見当たらない。
構わないのにな。
「な……なんでそんなに珪くん……平気な顔して……」
「俺は……体質」
「……それって関係あるの?」
「……さぁ…………しかし何でだろうな……? 体力ないの……もしかしたら毎晩の」
そこで脇腹を俺は殴られた。
見れば真っ赤になって夏野は怒ってる。
ようやく頂上に着き。
ひとつ大きな息を吐き。
夏野は今の疲れを忘れたかのように。
岸壁まで走ってく。
「う……わぁ……綺麗…………」
はばたきの海。
それが一望できる高台。
水面が太陽の光を受け。
水平線が少し弧を描き。
空との境界線をくっきり浮かび上がらせていた。
「寒くないか?」
「うん、大丈夫。 ねぇ珪くん、大きな灯台だねぇ」
「ああ」
「わたし知らなかったよ、あまり来たことなかったから……ほら、海水浴へ行ってた海辺じゃないでしょ?」
「……俺もそんなに来たことないな。 こないだ、たまたま」
見上げる灯台。
そしてその向かいに。
小さな喫茶店がある。
「夏野、行こう。 あそこ」
「うん」
夏野の手を引いて。
その喫茶店に入る。
「いらっしゃいませ」
ドアを開けると、カランとベルが音を立てる。
中には数人の客。
2名なのを伝えると。
ウェイターは俺たちを窓際の席へと案内した。
「いつもご贔屓、ありがとうございます」
メニューを渡され。
「……おまえ、何にする?」
「えーとねぇ……わたしカフェオレ。 珪くんは……モカ?」
「……だな」
注文して。
コーヒーが来るのを待つ。
「珪くん、ここ来たことあるの?」
「ああ」
いつものスタジオじゃ隣がALUCARDだから夏野の淹れるコーヒーを飲むけど。
前に撮影で近くの浜を使って。
さすがに屋外じゃALUCARDにコーヒーを頼めることはできなくて。
休憩がてらここにふらふらっと来た。
「ここのコーヒーが美味くてさ」
「へぇ」
「俺、ちょっとここ気に入ってるんだ」
「うん、なんかいい感じだね」
「だろ?」
「ウェイターさんカッコいいし」
条件反射、だな。
俺は水を飲んでた手を止める。
「…………そうだな」
「あ、珪くんヤキモチ?」
「………………違う」
「違わないもんね〜」
夏野はさも面白そうにコロコロ笑う。
さっき階段を上る前に浜で見つけた小さなピンクの貝殻。
それを手で弄びながら。
俺の気も知らないで。
「お待たせしました」
頼んでたモカとカフェオレがテーブルの上に置かれる。
「ありがとうございます」
「あ…………ここのオススメみたいなもの、ないですか?」
「えー……そうですね……木苺を使ったフランボワーズや半熟のチーズケーキなどもありますが」
「じゃあ、それ2つ」
「はい、かしこまりました」
夏野はカフェオレを息で冷ましながら俺を見る。
「ケーキ? 珪くん珍しいね」
「ああ、おまえに」
「え?」
「……美味いだろ」
「あ、うん。 本当に美味しい」
俺もモカに口をつける。
「わたしもちょっとヤキモチ、かな?」
「……どうして?」
「本当にコーヒーが美味しいの。 でもね…………珪くんには……やっぱりALUCARDより、美味しい?」
なんてね、と。
夏野は小さく舌を出して。
窓の外の海を眺める。
「……バカ」
「バカって」
「…………バカだ、おまえ。 だったら毎回おまえにモカ頼まない」
「う〜……なんか遠回し」
……こいつ。
本当に俺の口から言わせたいんだな。
知能犯だ。
「…………おまえが淹れた方が……美味いよ」
「なぁに? 聞こえない」
「…………知ってるくせに……勘弁しろよ」
そう言って。
俺はジャケットのポケットから小さな袋を出した。
「え……」
「誕生日、おめでとう」
「わ……覚えててくれたの?」
「当たり前だろ?」
「開けて、いい?」
了承すると。
夏野は包装紙のセロハンを丁寧に剥がした。
「うわぁ……」
最近ずっと睡眠時間を削ってた。
夏野のためなら時間なんて。
睡眠なんて、惜しくない。
こいつの嬉しい顔を想像しながら作った。
小さな花がヘッドの。
ペンダント。
「……綺麗…………珪くん、もしかしてこれ作ってたの……?」
夏野は俺が毎晩夜更かししてるのはもちろん知ってる。
だから。
バレないように。
次の展示会に出す作品だと。
偽ってた。
「本当に……本当にありがとう……わたし嬉しい」
俺の想像以上の笑顔。
夏野。
そんなおまえを見たかった。
それを見て。
俺も必要以上の微笑で返す。
夏野の手からそれを取り。
屈むように指示した。
身を乗り出した夏野の首に。
それをつけてやる。
「似合うかな?」
「ああ、ちゃんとおまえのこと考えて作ったものだからな」
「わたし……一生大事にするね」
一生。
その言葉がどれだけ嬉しいか。
夏野は……きっと知らない。
ああ。
本当に俺だけ。
俺だけにしてほしい。
ケーキも食べ終わり。
精算をしにレジへと向かう。
夏野はたまらなかったんだろう。
「あ、あのっ! コーヒーもケーキもすごく美味しかったです!
わたしここ気に入っちゃいました! また来ますね」
「は、はいっ、ありがとうございます」
ウェイターもビックリしてたけど。
すぐに笑顔になり。
深々と頭を下げた。
「またのご来店、お待ちしております」
ドアを開け。
灯台の下で。
再び海を見下ろす。
「……余計なこと言うな」
「あはは、珪くんまたまたヤキモチだぁ」
俺も気に入ってたとこだから。
夏野に気に入ってもらえると。
やっぱり嬉しい気がする。
だけどな。
「お客さん! 忘れ物です!」
後ろから呼び止められ。
ドアを開けたウェイターが追いかけてきた。
俺の手に乗せられるそれは。
さっきの貝殻。
「珪くん、返そ」
「え……?」
俺もウェイターも夏野を見る。
「さっきその浜で拾ったものなんですけど……なんか持って帰ったら、ここを離れたら悲しくなっちゃうかなって。
ね、珪くん」
溜息をついた。
こういう時の夏野は頑固で引かない。
仕方なくウェイターに貝を渡し、夏野はお辞儀をして。
その俺たちは場を後にした。
「いいのか? おまえがさっき見つけたものだろ?」
「うん、いいの。 もっと大事なもの、もらったから」
ペンダントが夏野の鎖骨の下で輝き、首を彩る。
「ウェイターさん、髪上げて大人っぽかったけどわたしたちより下だよね?
カンジよかったなぁ、やっぱりカッコよかったよ」
「………………」
「ヤキモチ、だよね?」
「…………ああ、そうだよ」
俺は膨れて。
夏野の手を繋ぎ階段を下る。
「あれ? 素直だ」
「嫌に決まってるだろ? おまえが他の男にあんな笑顔で……」
夏野はやっぱり面白そうに笑う。
そして。
「わたし、珪くんのことが一番大好き。 誰よりも大好き」
俺の腕にもたれかかる。
知ってる。
そんなこと。
だからその返事の代わりに。
俺は。
繋いだ夏野の手を。
唇に引き寄せて。
その甲にキスした。
「珪くん、また一緒にここ来よ?」
「…………ああ、だな」
今日ひとつ年上だった俺に夏野が追いついた。
まだまだこの先。
こうやって笑って、泣いて、怒って。
いろいろなことが起こるんだろうな。
でも。
それがおまえと一緒だから。
俺は、それでもいいんだ。
笑って。
泣いて。
怒って。
俺たち。
ずっと。
一生を過ごそう。
「ふたりっきりも惜しいけど、帰るか……あいつ迎えに行こう。
義母さんとこで泣いて待ってるぞ?」
「take over ―― kei side」 |
20060821 |