障子を開ける。

縁側の向こうには広い庭に植われた八分咲きの桜。

 

強い風がひとつ吹いて。

散りはしないかしら、と思いながら。

乱れた髪を整える。

 

「ねぇ、長政さま……また今年もお花見したい……」

 

筆で机上の硯に墨をつけていた長政さまは顔を上げる。

 

「そんな時期か」

「もう満開だよ……」

「去年は散り際だったな」

「うん……」

 

ひらひらと幾千、幾万の花弁が散り行く中。

長政さまとふたりきりで愛でた去年のお花見。

冷たくは無い、桜色の雪は本当に綺麗だった。

 

「市……長政さまの膝で眠ってしまったのよね……」

「ああ、口を大きく開けてな」

「え……?」

 

思わず口を押さえる。

 

「冗談だ」

 

くっとひとつ笑って長政さまは書状を書き始めた。

市も障子を閉め。

長政さまの傍らへと座る。

 

 

 

 

 

陽気が良くて横になる長政さまの枕をと思い。

市の膝で眠らせてあげようと思ったのに。

何故か長政さまが市を膝枕してくれた。

 

その後何度も理由を聞いたのに。

長政さまは頑なに口を開いてはくれなかった。

 

 

 

 

「また市……お弁当作るね」

「全く……貴様が作らなくてもだな……」

「お団子も作り方教わらなきゃ……美味しかったもの……」

 

お弁当の入ってた風呂敷に一緒にいた小包。

女中さんたちが作ってくれたお団子。

甘くて美味しくて。

珍しく完食しそうな時だった。

市の口内にの残るお団子。

 

 

長政さまが身を乗り出して――。

 

 

市の顔が熱くなる。

 

「何だ?」

 

市の様子がおかしかったのか。

長政さまが怪訝そうな顔で市に問う。

 

「あ、あの……あのお団子……」

「ん? ああ、あれは美味かったな。 珍しく私も食べ」

 

長政さまも思い出したらしく。

少し頬が朱に染まった。

 

「ま、まぁ……ぶ、不躾かもしれなかったが……私達は夫婦、だからな……」

「う、うん……」

「……誰も周りに、居なければ……だな……」

 

筆を置き。

傍にいる市の腕を取ってその腕に引き寄せ。

体勢を崩した市の顎を掴んで。

じっと市を見る。

市も見つめ返したけど、恥ずかしくなって。

目を閉じた。

 

 

市の唇に。

長政さまの形の良いそれが押し当てられ――。

 

 

「こ、これくらいは……する」

「……うん」

 

長政さまはひとつ大きな咳払いをして。

市を抱き締めてくれた。

 

「――またふたりで花見するか?」

「……うん、長政さまと一緒にお花見したい……」

「……そしたら……今度は私に団子を食べさせろ」

「ふふ……ちゃんと長政さまの分も残しておくね……」

 

長政さまは息をついた。

 

「市……ふたりきりなのだろう」

「……?」

「貴様が私に食べさせろ、と言ったのだ」

「え……」

「今度は……貴様から来い」

 

市は長政さまの胸に抱かれててその顔が伺えない。

だけど、ね。

長政さま。

 

長政さまがそう言うのなら――。

 

 

 

 

 










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