「はぁ〜、寝よ〜っと」
京に来て数十日。
巡察を終えて。
隊の中で最後にお風呂に入り。
寝る時間も遅くなるこの生活にようやく慣れてきた。
夜が明ける数刻前。
明日は一日非番だし。
ゆっくり寝てお昼に島田さんに教えてもらったお団子屋さんに行こうと。
それを楽しみにしながら蚊帳の中の布団に入った。
夜とはいえ。
京の夏は蒸し暑い。
少し着物の袂を上げて寝る。
お団子もいいけど。
近くの川へ涼みに行くのもアリかなと思ってると。
庭の虫の鳴き声に混じり。
何かが聞こえた。
小さく。
「……君…………庭君」
庭君?
私?
見れば暑さのため少しだけ開けた障子の向こうに。
何やら人影。
蚊帳の向こう。
起き上がって目を凝らして見れば。
月を背にきらきらと輝く色素の薄い髪。
「桜庭君」
「こ…………近藤さん?」
声を潜めて私を呼ぶ。
「寝るとこだった?」
「え……あ、まぁ……はい」
「ちょっとさ、庭で涼まない?」
「はい?」
「ちょっとさ、俺に付き合ってよ」
こんな夜更けに新選組の局長がこんな所にいる事にまず戸惑ったけど。
あまりにも執拗に誘うから仕方なく蚊帳から出た。
縁側の近藤さんの隣に座る。
瞬間、分かった。
「近藤さん……また飲みに?」
「あれ? バレちゃった?」
「そりゃ、それだけお酒の匂いがすれば」
溜息が出る。
完全に酔っ払いだ。
適当に合わせてある程度時間が経ったら部屋に連れて行こう。
「今晩は暑いねぇ」
「はい、そうですね」
「でもさ、少し風があるから助かるねぇ」
そっと近藤さんを見る。
匂いの割には顔も赤くないし、呂律もちゃんと回ってる。
意外にお酒に飲まれないのかな。
……なんて、私には関係ないよね。
月光に照らされる屯所の庭。
向日葵や睡蓮が咲く中、大合唱の虫たち。
そして私たち。
何の会話もなく。
時だけが過ぎている。
どうにも間が持たなくて。
「あの……近藤さん」
「ん?」
「わ、私といても……面白くないですよ?」
「そんな事ないって。 こういう時間も大事なんだよ」
だったらひとりで涼んでもいいんじゃ。
そう言いかけて止めておいた。
「ねぇ、桜庭君」
「はい、何でしょう」
「隊務は辛くないかい?」
「辛い……ですか? いえ……」
「いやね、男所帯で大変だろ? 死番だってあるしさ。
女の子なんだからきみは」
それは辛い事もあるかもしれない。
けれど。
「無理しなくていいからね。 ホント嫌になっちゃったらここを出て行ってくれてもいいから」
「そんな事ないです!」
思わず上げた声に。
近藤さんも吃驚したようで目を丸くして私を見た。
「あ、ご……ごめんなさい。 でも私辞めるつもりはないです」
「桜庭君」
「剣で身を立てる事は私の夢なんです」
「でもね」
近藤さんが私に向き直る。
見た事がなかった。
真剣なその眼差し。
「でもきみは女の子なんだ。 怪我をさせるわけにはいかないんだよ」
見た事が、なかった。
真剣なその表情。
いつもおちゃらけた部分しか見てなかった。
でもやっぱり局長を名乗るだけあると。
改めて、思った。
何故だろう。
不謹慎だとは思うけど。
ドキドキする。
「いつだって、殺し合いなんだ」
「分かってます」
中途半端な返答なんかできない。
私も真剣に。
「遊びでない事も分かってます。 迷惑をかけません。
どうか、ここに置いて下さい、お願いします!!」
頭を下げた。
せっかく照姫様に仲介してもらったのに。
おめおめと会津に戻るわけにはいかないもの。
その時。
頭を大きな手の平がポンポンと。
「分かった。 そんな頭を下げないでくれ。 きみの腕は生半可なものじゃないってちゃんと知ってる」
「あ、ありがとうございます!」
「ちゃんと俺もきみを護るようにするから」
「え……」
いつものようなあどけない笑顔に戻って。
さらっとスゴいことを口にする。
自分の顔が熱く火照ったのが分かった。
「護って……」
「護ってやるさ」
「そ、それって……」
「ああ、女の子はみんなか弱いからねぇ。 太夫でも町娘でも女の子はみんな俺が護る!
それが俺の信念なのさ」
傍目に分かるほど、大きく項垂れた。
ああ、そうだった。
この人は元々こういう人でした。
私だけ特別って事じゃなくて。
女の子と名がつくのなら誰でもいいわけだ。
なんか無性に怒り心頭で。
その場で立ち上がった。
「どうしたの?」
「もう十分涼みましたよね!? さ、部屋に戻りますよっ!」
「な、ななな」
近藤さんの腕を引っ張って半ば引きずるように部屋の前まで連れて行き。
障子を開け近藤さんを部屋に押し込んだ。
「おやすみなさいっ!」
障子を閉める前、きょとんとしてた近藤さんがいたけど。
そんなの知らない。
大きな音を立てて、障子を閉めた。
確かに近藤さんは一見素敵な人だと思う。
初対面の時、少し心が揺れ動いたのは事実。
だけど中身がとんでもない。
優しいよ? 優しいけど。
一瞬でもドキッとした自分が馬鹿だったわ。
私、絶〜〜〜っ対ああいう人を好きにならない!
もっともっとも〜〜〜っと自分だけを愛してくれる人がいいもの。
布団に入っても暫く寝付ける事はできず。
結局寝たのは明け方近く。
当然寝坊もし。
次の日、笑顔で“おはよう”と挨拶してくれた近藤さんを。
恨めしそうに見てやった。
「宵闇」 |
20110912 |