目の覚めるような晴天。
普段の俺ならきっときみを連れて散歩にでも出てるんだろう。
仲間の話をして。
身長の低いきみを見下ろして。
きみの鈴の音が鳴るような笑い声を聴きたくて。
ずっとずっと手を繋いで歩き続けるんだろう。
寒くはない。
初春の今日。
俺は白装束に身を纏い。
自分の運命を受け入れようと。
「これより近藤勇の処刑を行う!」
ここまで来たらもうどうにもならないだろうな。
……みんな、すまねぇな。
局長の立場で新選組を守りきれなかった。
情けないよな。
本当に、すまなかった。
俺は目を閉じて斬首を待つ。
つね……ごめんな?
俺は本当に勝手な男だ。
おまえを置いておまえに試衛館を任せて京に出てきちまった。
ロクに娘の面倒も見ないでさ。
苦労ばっかさせちまったな……。
だから……俺はもう死ぬけど……おまえだけは幸せになってもらいたい。
他の男の所へ嫁いでくれて構わない。
おまえが幸せになるなら……俺はそれでいい。
おまえの幸せは……誰よりも願ってるのは俺だから。
……――鈴花……。
長かった。
でも、短かった。
二ヶ月。
きみと心が通ってからの二ヶ月。
俺はね、とても嬉しくて喜んでたのさ。
きみと笑い合えて。
きみと抱き合えて。
……俺はきみに何もしてあげられなかったな……。
きみは俺にいろいろしてくれたのに。
いつも俺の傍にいてくれて、いつも絶え間なく笑ってくれてて。
こんな俺を好きだと言ってくれた。
こんな俺でよかったのかい?
俺は……きみを満足にしてあげてたかい?
もっと話をしてあげれば良かった。
もっと笑ってあげれば良かった。
もっと甘えさせてあげれば良かった。
もっと抱いてあげれば良かった。
もっと、もっと愛してあげれば良かった。
……もっと……もっともっと早く出逢いたかった。
本当はさ。
ただ言いたかった一言があったんだ。
きみは待ってたかな?
諦めてたかな?
俺がなかなか言わないから。
きっとかみさんにしか言わないと思ってるんだろ?
そうじゃないんだ。
いつだって俺はきみにそう思ってた。
情けねぇ。
意気地が、なかったんだ。
二度と……きみに言う事はなくなったんだけど……。
またきみが向こうへ行ったら言ってあげよう。
ああ、すぐさ。
40年も50年もあっという間だ。
すぐに逢える。
そしたら……喜んでくれるかい?
これも……俺の自己満足なんだろうな。
だから……幸せに。
ちゃんと生きていくんだぜ。
「…………―……」
風の音……?
いや、今日は吹いてない。
「……さーん」
甲高い声が聞こえる。
男の物じゃない。
「侵入者だ! 捕らえろ!!」
その言葉に俺は反動的に目を開けた。
途端。
茶褐色の髪が俺の頬に触れる。
抱き止めた。
その人物は細い腕を俺の首に回して。
「勇さん……間に、合ってよかった……」
「な……鈴花!? なんできみがここに……っ」
「私は……私はいつまでもあなたの傍にいると誓いました!! それがどのような状況であろうと……私は勇さんが……勇さんが……」
「鈴花……」
改めて彼女を見る。
少し顔色が悪い。
「具合……悪いんじゃ……」
「いいえ、大丈夫です。 私は勇さんの翼を持ってきました! それで……果てるならそれで……」
「…………俺なんかのために」
「勇さんが果てるなら……私も果てます」
「鈴花……」
俺の腕の中にいる彼女を見る。
苦しそうな表情。
息を切らして。
重い刀を持って走るだけでも大変なのに。
「さすが俺の愛した女だ!」
俺は彼女から受け取って鞘から一筋の刀を天に翳した。
輝きは流山で別れた以来、変わる事はなかった。
俺の、虎徹。
「我は新選組局長近藤勇なり!」
役人共が一斉に刀を抜いた。
「おめぇら、その目に俺の生き様しかと焼付けときな!!」
向かってくる新政府の役人を一人、二人と斬っていく。
久しぶりの感触。
腕がもげようが。
引き千切られようが関係ない。
最後。
俺の最後の戦い。
時々視界に入る鈴花。
いつもの機敏さはなかったけど。
小柄や身軽さを武器に。
相変わらず綺麗な太刀筋。
きみの強く勇ましい姿。
もう見納め、だな。
もう……そんなカッコもしなくていいように。
俺は、最後の剣を振り下ろす。
「鈴花! 俺が死んだら……!」
「私も死にます!」
胸が痛かった。
鈴花……。
俺は最低だ。
本当に最低だ。
しなくていい道連れまで連れて行こうとしている。
ごめんな? きみが一番辛いのにな。
他に生き方があるのに。
きみの幸せを……俺の我侭で失くしてるんだ。
「……もう限界かい?」
「ええ……ここに来るまで体力かなり減らしてしまったので……」
足元には役人共の動かない身体が数十体。
斬っても斬っても相手の数は増えるばかり。
肩で息をし始める。
俺は刀についた血を振り切り、彼女を見る。
彼女もまた構えを解き俺を見ていた。
額に汗をびっしりかきながら、青白い顔で。
「そろそろ……逝こうか」
「はい………………勇さん」
彼女は震える手を伸ばし俺の頬に添えた。
「私、勇さんと生きてこれて……幸せでした」
俺はそれに言葉を失う。
幸せだったと言ってくれるのかい?
俺だって……俺だって幸せだったさ、きみに出逢えて……本当に幸せだった。
「愛してます……」
「俺も、さ………………」
「………………」
「………………」
俺を見上げて嬉しそうに悲しそうに笑う彼女。
返り血を浴びてすっかり砂まみれになった顔を拭ってやった。
「俺はずっと……安い恋をしてたんだ。 その場限りで結構な恋ばっかりだった……だから決して口にはしなかった」
「……?」
「誰も全然本気じゃなかった……けど俺、今度は本気だからさ」
「勇さん……?」
「もう二度と言わないぜ。 だからよく聞いとけよ」
「……はい」
ずっと言いたかった言葉。
ずっと言えなかった言葉。
「死ねーーーーー!!」
「待ちな!!」
俺の一言で背後の新政府の役人はその場で留まった。
青ざめて。
そいつの喉の数寸手前に虎徹の切先。
「おめぇらに俺らを殺せねぇよ」
「……っ」
言って俺は鈴花の頭を強引に引き寄せ、その唇に自分のを重ねた。
貪るような、激しい口づけ。
一寸ほど唇を離し、囁いた。
「鈴花、ずっと愛してる。 これからも、ずっと」
「い、さみさん……」
彼女はひとつ瞬きすると。
溜まってた涙が彼女の頬を伝った。
「きみを連れてっちまうけど……いいか?」
「もとより、覚悟の上です……」
「そっか……俺一人じゃ寂しかったかも」
彼女はいつものように屈託なく笑って。
俺の好きな笑顔。
「よかった……勇さんが寂しい思いをしないで」
「じゃあ……向こうでまた逢おうか」
「はい……」
「逝くぞ」
「はい……!」
役人が俺を目がけて刀を振り下ろす。
馬鹿野郎。
おまえらに殺されてたまるかよ。
落ちてくる刀より一瞬先に。
俺は長年連れ添ってきた愛剣虎徹を己の腹に突き立てた。
鈍い音を立て。
深く。
力強く。
歯を食い縛って。
勢いよく噴出す血を見ながら。
膝をつき、砂を掴み、今までにない激痛に何とか耐える。
彼女もまた……刀を腹に差し込んで蹲っている。
「勇……さん」
「ああ……」
「愛……し、て…………」
「ああ……俺も………………」
倒れた俺の上に彼女が覆い被さる。
震える血塗れの腕を持ち上げようやく鈴花の髪の毛に触る。
いつもの感触。
彼女が好きだと言ってくれた行為。
俺はかろうじて動く手で鈴花の手を握る。
向こうで。
はぐれないように。
迷わないように。
二度と離れないように。
力を入れたそれに鈴花も応え、弱々しく握り返す。
俺の胸で笑顔で眠る彼女に安心しながら。
見届けながら、俺は。
「……いしてる」
薄れゆく意識。
目の覚めるような晴天も。
俺たちを覗き込む役人共の姿も声も。
何もかもが薄れゆく。
何もかもが白に溶け込む。
そこで自分の生が終わることを静かに。
俺は。
目を閉じて迎えた。
なぁ……鈴花。
これで俺たち自由になったんだ。
何も考えず。
自由な風を感じ。
鳥のように。
ずっと二人で羽ばたいて行こう。
あいつらを上から見守ってやろう。
どこまでも戦うことなく追われることなく。
もう離れることはなく。
誰にも邪魔されないんだぜ?
例え行き着く場所が地の底でも。
きみさえいれば、俺は怖くない。
寂しくもない。
――……もし、もしも生まれ変われるなんてことがあったとしたら。
きみはまた俺が剣を振るうんだろうと、屈託なく笑うんだろう。
そう、笑っていてくれ。
きみの笑顔が好きなんだ。
でも。
どんな戦乱の世でもいい。
どんな自由な世の中でもいい。
今度は……一緒になろうか。
「如鳥」 |
20051106 |