その場に寝転がってひとつ大きな伸びをした。
腕も脚もこれでもかというほどに伸ばして。
天井を見上げた。
ふと開けてあった障子の外を見る。
今日は晴天、雲一つない。
そしてこないだまで満開の桜。
それも終わりかけで。
風がそよげば幾重にも重なる花弁は綺麗に散る。
淡く桃色に染まる雪のように。
今日は少し風が強いか。
俺の膝下が埋まってる机の上の紙が風に吹かれて部屋の中に舞う。
俺はお構いなしで。
桜を見ていた。
逸らさず。
瞬きもせず。
――もう一年。
去年の今頃もこんな風に桜の花びらが舞ってたっけ。
もう、一年。
早い、か……。
俺は縁側に出、草履を履いて桜の木の下に立った。
見上げれば、それでもまだ空の青さは微かにしか見えない。
近い枝に手を伸ばし、ぱきんと音を立ててそれが折れた。
まだ花がついてる枝。
『永倉くん』
『永倉さん』
もう一年。
あんたたちがいなくなって。
あんたたちが死んだって聞かされた時。
俺は一週間以上。
殆ど物を口にしなかった。
驚愕。
衝撃。
そして、自責。
いろんなものが入り混じって俺を取り囲む。
そいつらが俺を。
蝕んだ。
俺と左之は新選組を抜けて。
それぞれの道を選んだ。
近藤さんにあんな追い出され方されたけど。
俺は……。
“もう新選組はダメだ”って。
“もうきみたちを巻き込む訳にはいかねぇ”って。
あんたの気持ちが痛いほど分かって。
逆らうことができなかったんだ。
それは左之も同じ気持ちだった。
『何でだよ』と。
『どうして俺たちは近藤さんについてちゃダメなんだ』と。
『俺たちを信じてねェのかよ』と。
責めた時もあったさ。
俺は一生近藤さんについてくって決めてたからな。
けど。
近藤さんは俺たちを。
助けてくれたんだ。
守ってくれたんだ。
そう思うと胸の奥が痛んで。
ギリギリした。
土方さんはきっと近藤さんにずっとついててくれる。
そして。
――桜庭。
知ってるか?
左之もハジメも総司だってみんな。
オメーのこと好きだったんだぜ。
それは。
同じ隊士として。
妹として。
時には。
――女として。
それは。
……俺も例外じゃなかった。
だからずっと。
笑っていてほしかった。
それが誰のためであろうと。
だから。
誰もがオメーを見てたから。
わかったんだ。
近藤さんの傍にいる時のオメーが。
一番輝いてて。
近藤さんを見る時のオメーの瞳が。
一番優しかったんだ。
な?
近藤さんはいいヤツだったろ?
俺らが惚れたんだ。
オメーだって気づいたろ?
そして。
ちゃんと想いを伝えたんだろ?
良かったじゃねェか。
何時死んでもおかしくねェこの時代で。
妻子があろうとなかろうと。
人を好きになるって。
いいコトじゃねェか。
だから。
オメーが傍にいてくれて。
一人で戦おうとした近藤さんの傍にいてくれて。
一緒に鳥になってくれて。
後悔したと同時に。
俺は安心したんだぜ。
近藤さん。
寂しくねェだろ?
良かったな。
そう思ったんだ。
俺らを見ていてくれてるか?
俺は生きてるぜ。
左之もハジメも他のやつらもみんな生きてる。
明日。
あんたたちのとこへ行くよ。
小さな石が置いてあるそこはやっぱり桜の木の下で。
今はもう散り際だろうけど。
綺麗だぜ、きっと。
近藤さん。
酒持ってくよ。
一緒に呑もうぜ。
桜庭。
オメーには茶を持ってくよ。
だから一緒に新選組時代の話をしようぜ。
そして。
恨み言言ってやるよ。
あん時なんで俺も連れてかなかったんだってな。
俺は部屋に入り。
散乱した紙を全て拾い、机の上に置いた。
そして手の中の枝をくるくる回す。
桃色に染まる八重桜。
俺はこの花が咲く度。
あんたたちの事を思い出すんだろう。
そして。
胸を痛くして。
あんたたちの事を。
一生忘れないんだろう。
近藤さん。
俺は。
新選組を思い出になんかしたくねェ。
あんたを忘れたくはねェんだ。
桜庭。
オメーも。
だから。
残すよ。
俺たちの、物語。
だから。
いつまでも。
いつまでも。
俺がそっちへ行くまで。
そこから見守っててくれねェかな。
「終焉」 |
20060412 |