静かに目を開ける。

見慣れた天井。

知ってる。

これは屯所の天井。

俺は寝ていた。

ひとり。

身体全体が何だか熱っぽい。

しばらく目をあちこちに泳がせて。

俺はハッとする。

目が覚める前のコトを思い出し。

すぐさま身体を起こそうとした。

 

「うぁ……っ!!」

 

顔をしかめ激痛が走る右肩を押さえ、俺は蹲った。

 

「……く……っ!!」

 

身体を動かすことが出来なかった。

触れた右肩はガチガチに何かに包まれている。

……包帯。

すぐに分かった。

暫く落ち着かせ再びかろうじて目だけ開ける。

頭は……動くか。

この部屋には誰もいない。

 

俺は二条城の帰りに撃たれた。

右肩が鉛のように重くて鈍くて。

指一本も動かせなかった。

力も入らない。

再び見上げる天井。

大きな溜息。

怖いくらい静かで痛む耳。

もうとっくに皆に知れてるんだろうな……。

 

「近藤さん、起きてたのか」

「……ああ…………トシ」

「……身体の調子はどうだ?」

 

襖が開かれトシが俺の隣に座る。

 

「……俺、どのくらい寝てた?」

「二日と半日ほどだ」

「……そうか」

 

沈黙が続く。

全く動かない右腕。

俺は。

俺は……。

 

「……俺の肩の状態はどうだ……?」

「……何とも言えん」

「………………」

「………………」

「なぁ、俺は…………俺は剣を振れるかな?」

「………………」

「今まで通り、振れるかな……?」

「……分からん。 でも今は治す事だけに専念してくれ」

「………………」

 

トシが俺の目を見ない。

……たぶん。

もうダメかもしれない。

もう振れない気がする。

俺は医者じゃない。

でもきっと骨は砕けきってるんだろう。

どんなに薬を投与しても。

どんなに時間をかけようとも。

もう……ダメかもしれない。

使い物にならないかもしれない……。

 

「………………桜庭、呼ぶか?」

「え?」

「近藤さんの事、一番心配してる」

「………………」

 

桜庭君。

……逢いたい。

今一番逢いたい人間。

情けない姿を見られるのは抵抗があるが。

顔を見たい。

あの声を聴きたい。

 

「…………そうだな」

「……分かった」

 

トシが部屋から出て行く。

また俺は右腕を動かそうとする。

俺は……もうきっと。

もう二度と。

剣を振る事は出来ないだろう。

死んで振れないのなら結構。

でも自分の生のあるうちに振れなくなるのは……。

俺にとって。

生き地獄そのもの。

生きてる意味がない。

 

「くそ……っ!」

 

唇を噛み締めた。

布団を握り締めた。

悔しい。

中途半端。

自分のしたい事の半分もできてねぇ。

こんな事で立ち止まってるヒマなんかねぇのに。

 

「……近藤さん、桜庭です」

 

襖の向こうで小さく声がする。

 

「……ああ、入りなよ」

 

俺は何とか自分をなだめて、冷静を装う。

彼女が顔を覗かせた。

真っ青な顔をして俺の枕元に座る。

 

「近藤さん……」

「……はは、悪いね……こんなみっともない姿で……」

 

力強く首を振る。

その瞳にはかすかに光るものがある。

 

「近藤さん……私でよければ何でも力になります…………だから……だから」

「ああ、そんな顔するんじゃないって……」

「でも……」

「ここはさ、女の子なんだから『近藤さんステキ、早く元気になって!』ってくらい言ってくんないとー」

「……バカ……」

「…………」

「近藤さんのバカ……何で強がるんですか……」

 

彼女が顔を覆って泣いた。

俺は小さく息をついて動く左手で彼女の手を取った。

 

「……笑っていてくれ……」

「え……?」

「きみは笑ってる顔が一番いい……きみにできることは…………俺のそばで笑顔でいること。 いいね?」

「……近藤さん」

 

彼女の温かくて白い手を握る。

落ち着けるような心地良さ。

 

「心配してくれたの?」

 

小さく頷く桜庭君。

 

「ありがとう……俺、嬉しいよ」

「はい……」

 

笑顔。

その笑顔が見たかったんだ。

泣いてる顔も可愛いけど。

きみには笑顔がよく似合う。

少しでも笑顔が見れた時間が。

俺にはその僅かな時間が。

とても嬉しかった。

 

「早く、元気に……なる……」

「……近藤さん?」

 

安心したのか俺は睡魔に襲われ。

俺は笑ってくれた桜庭君を目の裏に焼き付けながら。

彼女の手を握り締めながら。

眠りについた。

彼女の「おやすみなさい」が遠くで小さく聴こえる。

起きたらひとりでも。

きっと俺は寂しい事はないだろう。

 

……鈴花、ありがとう。

 

それでも俺の予想は大分反していた。

再び気付いたのは明け方。

見慣れた天井。

俺は寝ていた。

ひとり……ではなく。

何かを掴んでる手の先には座布団を枕に丸くなって寝ている桜庭君の姿が目に映った。

俺は夜通し桜庭君の手を掴んでたようだった。

 

……ずっと……いてくれたのか?

この冷える夜の中。

俺の手を離して行ってくれてもよかったのに。

静かな寝息を立て眠る桜庭君の手を離し。

俺のはるか頭上にある羽織を何とか手を伸ばして取り、桜庭君に掛けた。

その手で桜庭君の髪を撫でた。

くせのある柔らかな髪が俺の指に絡みつく。

 

本当にありがとな。

ちゃんと元気になるから。

いつまでも笑ってるんだぜ。

 

今度は俺の番。

今度は俺に心配させなよ?

 

 

 

 

 

「心痛」
20050713



う〜〜〜〜む……ストーリー通り話書いたら何だかイミ不明なコトになっちゃった(汗)
とうとう局長撃たれました。
何だか……この頃からどうも寂しくなっちゃって……(泣)
実際はホント7章(良順センセイが来るトコ)くらいまでで止まって欲しいですねぇ。










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