「あれー……桜庭君いないのかなぁ……」
せっかくまた新しい団子の店教えてもらったのに。
今日はいい天気だし、俺も特別予定もないから甘いもの好きの彼女を誘おうかと思ってたのに。
かと言って烝と行くのもなぁ……外見はともかく男とじゃあ……。
「あ、おはようございます、近藤さん」
通りすがりの隊士に挨拶されて俺も返す。
ちょうどいい。
彼女の居場所を教えてもらうと彼女は稽古場にいるようだった。
お礼を言って稽古場に行くと、そこには。
声を張り上げて永倉君と稽古してる彼女の姿があった。
小さいなりに剣の腕は上達してる。
下手な隊士より綺麗な太刀筋だったりする。
小柄な体型を利用して相手の懐に入る。
あれはきっと藤堂君直伝のものだろう。
それでもやはり相手が相手なだけに。
永倉君の一振りで桜庭君の手から離れ、剣は綺麗に弧を描いて宙を舞う。
その瞬間、本当に一瞬、彼女が顔をしかめる。
木刀は派手な音を立てて落ちる。
「永倉さん、本当にありがとうございました!」
「どうってこたァねェよ。 またいつでも相手してやってやるぜ」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、いつでも言いに来な」
落ちた木刀を拾い、永倉君に深々頭を下げる。
「ハラ減っちまったなぁ……おい、オメェ今日は予定あんのか?」
「今日は私非番ですよ?」
「じゃあ、今からメシでも食いに行っか」
「え? 永倉さん奢ってくれるんですかっ!? じゃあ行きますっ!!」
「……オメェちゃっかりしてんだな……」
「じゃあ、支度してきますね」
「あ、おい」
「はい?」
彼女がその場から離れようとした時、永倉君は桜庭君を呼び止めた。
「さっきのか?」
「あ……」
永倉君が手に取った桜庭君の手。
人指し指の痣。
血も混じってる。
あれは最後の一振りでできたものだろう。
真剣ならとっくに指なんかなくなってる。
「悪ィな……痛かったろ? こんなに青くなっちまった」
「あはは、これくらい大丈夫ですってば! いつものコトです」
「舐めときゃ治るか」
「はい?」
言って永倉君は彼女の指を口に含んだ。
「い……あ、あの……自分でできますからっ」
「バカ! 暴れるんじゃねェ! まあ、大丈夫だろ? 知ってるか? 唾液には殺菌効果があるってェ話だ」
「あ、ありがとうございます……」
「俺がやっちまったコトだしな、罪滅ぼしに何でも奢ってやるよ」
「わあ、本当ですか? じゃあ早く行きましょう!」
ちょっと顔を赤くし、嬉しそうに楽しそうに稽古場を出て部屋へと向かう彼女。
あの瞬間。
ちょっとだけ。
ほんのちょっとだけ。
胸が痛んだ気がした。
奥歯がぎりっと鳴った気がした。
俺はその場を後にする。
俺は新選組の局長であって。
そんなはずはないんだけど、組の中で知らない事はないと思ってた。
彼女のそんな顔。
俺は知ってただろうか?
見たことあっただろうか……?
……団子屋はまた今度、か。
少し落胆して屯所の庭を歩いてたら。
「あれ? 近藤さん?」
いきなり後ろから呼ばれ振り返る。
桜庭君が着替えて縁側から俺を見ていた。
「ああ、おはよう……」
「近藤さん、どうしたんですか? あ、また遊郭ですか?」
「え? あ、いや……」
なんとなく冗談でも言えなかった。
いや、朝帰りは本当の事なんだけれども……。
桜庭君はそんな俺を見てふぅと息を漏らす。
「相変わらずですね、近藤さんって……楽しいんですか? 遊郭って」
「へ? ま、まぁねぇ……」
「あ、それじゃ失礼します」
にっこり笑って彼女は俺の前から去る。
……確かに今日遊郭に寝泊りしてた。
いつも、時間が空けばそんなことばっかりしてた。
でも……今日は。
なんだか後ろめたかった。
永倉君といるあんな所を見たから?
俺のいない所じゃいつもあんななんだろう。
俺のいない所じゃいつだって他の男と一緒にいるだろう。
……俺も彼女の見てない所で遊女と遊んでる。
何一つ変わらない。
彼女と永倉君を見て。
俺はやり場のない気持ちがこみ上げてきた。
なんとも言えない、この感情。
ただ一つ言える事は。
俺とっては全然嬉しい、喜ばしい事じゃなかった。
むしろ、怒りさえ覚える。
見なきゃよかった。
その方がどんなにラクだろう。
そこで、俺は疑問に思う。
――なんで……なんで俺はこんなに彼女の事を……? まだまだ子供じゃねぇか……。
それでも払拭できないこの思い。
俺はその日の夜まで不機嫌が続き。
トシすら声をかけてもらえないほど、酷く荒れてた。
なんだろうな、この感じ……。
俺は真っ暗な部屋の中、酒を飲みながら甘い胸の疼きをぼんやりと考えていた……。
「悋気」 |
20050428 |