こんな日には散歩がてらに街に繰り出して、着物や帯を物色したいトコロ。
今日は清々しいいい天気。 雲一つない快晴。
普段ならいい天気と比例して気分もいいものだけれども。
今日の私はとにかく最悪だった。
「おい、桜庭、オメー源さん見なかったか?」
「知りませんっ!」
「桜庭、ちっとよー、買い物行ってきてくんねぇか?」
「私は今忙しいんですっ!」
「「………………??」」
んもう、永倉さんも原田さんも他の人に頼んでくださいっ。
はぁ、と溜息が漏れた。
何でこんなに私イライラしてるんだろう。
二人に当たっちゃったりして……最低、私。
理由は……分かってる。
今朝から見当たらない。
私が身を寄せている壬生浪士の局長ともあろう人が。
また……遊郭なんだ……。
私がここに来てだいぶ経つ。 三ヶ月くらいだろうか。
ヒマさえあれば遊郭に繰り出して、翌朝にお酒や女の人の匂いを身に纏いながら帰ってくる。
最初は呆れて物も言えなかったけど。
ここ最近はイラつく事が多くなった。
永倉さんだって他の隊士を連れていつも遊郭に遊びに行ってるんだから。
別に……イラつく事なんて何もないじゃない……。
男の人はみんなそう。
そう思い込まないと、そう理由をつけないと自分の気持ちに整理がつかない。
それでも何故か今頃近藤さんは何してるんだろうと考えてしまい夜眠れない自分がいる。
――なんでだろう……なんで気にしちゃうんだろう。
好き、なのかなぁ……。
今日は私が庭掃除の当番。
ほうきで庭に溜まった落ち葉の整理をしていると途端目の前が真っ暗になった。
「んふふ〜、だ〜れだ?」
どうやら目隠しをされたようだった。
その大きくて温かい手に心臓の動悸も激しくなる。
それと同時にまた胸の奥がちくりと痛んだり。
それでもそんな気持ちを知られたくない為になんとか一生懸命平然を装って。
「……朝帰りの近藤さん……」
「あったり〜! おっはよ〜、桜庭君」
「……白粉臭いです」
「ああ、ごめんね〜? 夜遅くまで飲んじゃっててねぇ、その後は……ふふふ、お楽しみだったのさ」
どこか遠い目をしてニヤける。
なんでだろう?
確かに見た目はハデで普段は女女で平気で夜は島原に繰り出す。
どう見たって遊び人。
でもやっぱり仕事になるとそんな近藤さんが微塵も見えなくて。
とても真面目な目をして不逞浪士などに立ち向かう。
頼りになる。
その一言。
私もこの人がいなかったらとっくに除隊してるだろう。
だから私はこの人の為になりたいと、足手纏いにならないようにと努力した。
最初ただの女でしか見てくれなかった近藤さんが徐々に私に任務を任せてくれるようになり、嬉しかった。
認められたいと。
その一心で頑張ってきた。
「若い太夫がいてね、これがまた綺麗な着物着ててさ、ああ、かみさんに着せてやりてぇなって思ってさぁ……」
相変わらず遊郭の話に本人一人が舞い上がってる。
私だってそれなりに若いですよ。
ちょっと綺麗な着物でも着て舞でも踊ったら………………え?
今、近藤さん…………?
「あ、あの……」
「ああ、何?」
「近藤さんには…………奥様が……?」
どこか懐かしい目をして遠くを見やった。
「ああ、江戸で試衛館を守ってくれてるんだ。 娘も大きくなったんだろうな……」
ちくりとしてた胸の痛みが増した気がした。
………………そう、なんだ……。
とっくに祝言も挙げてお嬢さんまでいたんだ……。
「………………」
「ん? どうしたの?」
「………………」
「あ、あれ……? どうしたの、そんな顔して……」
「そんな朝帰りまでして……奥様とお嬢さんが可哀相です! 失礼します!」
「あ、ちょ……桜庭君!?」
ほうきを放り出して私は屯所の中に入ってしまった。
自分の部屋に入り、襖をぴしゃりと閉めてその場にへたり込む。
……私が怒る理由なんて全然ない。
近藤さんが朝帰りしてたってそれは奥さんとの問題なだけで、私には全然関係ない。
分かってる。
分かってるんだけど。
奥さんを理由に近藤さんに怒ってしまった。
ああ、もうぐちゃぐちゃ。
どうして私苛立ってるの?
どうして私……視界がぼやけてるんだろう。
…………知らなかった、奥さんいるなんて……。
正直動揺を隠せなかった。
衝撃的な真実だった。
私は何か期待でもしてたのだろうか。
近藤さんの優しさを勝手に勘違いしてたのだろうか。
関係ない……近藤さんなんか……。
近藤さんは新選組の局長で私の上司。
憧れの人。 ただそれだけ。
それだけなんだから……。
暫く自分を落ち着けて天井を見る。
私……近藤さんの事好きだったのかなぁ……?
確かに局長という立場にいる人だから、頼もしい事に変わりはない。
でも任務から離れれば…………。
………………近藤さん……ヘンに思ったかもしれない。
謝らなきゃ……。
立ち上がろうとしたその瞬間。
襖の向こうから声がする。
「桜庭君、いるよね? ちょっといいかな?」
ギクリとする。
こ、近藤さん!?
私は部屋に見られては困るものがないか確認して。
「は、はい……どうぞ」
間をおいて襖が開き、近藤さんが入ってきた。
私の目の前にあぐらをかいて座る。
がしがしと頭を掻いて私を見る。
「一体どーしちゃたの〜? 急に走っていっちゃうんだもんなぁ」
「あ、あの……すみません……」
「……かみさんの事かな?」
「………………」
「軽蔑しただろ、妻子ある男が遊郭行って朝帰りなんて」
「……いえ、そういうことじゃなくて……」
「ん?」
「………………」
近藤さんは傍らに置いてある包みを私に渡した。
「これ、きみにあげようと思って貰ってきたんだ」
「え?」
「美味しいぜ〜、これどこの店のものかも教えてもらってきたんだ。 今度一緒に行こうか」
山南さんの所に来る子供たちのように。
近藤さんは屈託なく笑ってくれる。
承諾をもらって包みを開けると、それは大きなお饅頭だった。
「わあ、美味しそう」
「やっぱり女の子は笑ってた方がいいな」
「え? あ……」
「ほら、食べてみなよ」
近藤さんとお饅頭を交互に見て。
「近藤さん……本当にすみませんでした」
「ははは、いいってことよ」
「お茶淹れますので一緒に食べませんか?」
「おっ、いいねぇ〜。 でも俺きみにと思ってもらってきたんだぜ?」
「いいんです、近藤さんも甘いもの好きですもんね」
任務から離れれば優しい人。
でもその優しさは私だけじゃない。
私だからじゃない。 女だからだよね。
それから後日私は井上さんから近藤さんの事について教えてもらった。
その中に度々京の物を江戸に送ってる話。
近藤さんは奥さんの事愛してるんだなと。
近藤さんという人間の人柄が分かったような気がした。
もし、今の私のこの思いが「好き」という感情であるとしたら。
これで私の近藤さんへの気持ちが絶てるかな。
近藤さんは新選組の局長で私の上司。
夢のある憧れの人。
やはり奥さんのいる人を愛すことはできない。
私は少し笑った。
こんな私を周りの人にはどんな風に映ったかは知らない。
みじめに見えたかもしれない。
それでも。
その後「好き」という感情が否定できなくなり。
この先私の生が終わるまで、ずっと。
近藤さんへの気持ちが絶つことはなく。
その想いが強くなっていった事は……私自身まだ知る由もなかった。
「片恋」 |
20050418 |