不安な夜が幾日も続く。
寝不足の日々が続く。
今夜も例外じゃない。
部屋を出て空を見上げれば、大きいまんまるなお月様がぽっかり顔を出している。
それに照らされた物たちも自分の姿をはっきりと映し出しているから。
とても幻想的。
伊東さんたち主力人員が抜けての新選組。
平助くんや斎藤さんまでここを出た。
これからどうなるんだろう。
……そして、私。
一度諦めたつもりでいたのに………………。
どうしてこの想いがいつまでも続くのだろう。
痛い。
苦しい。
どうしたらこの苦痛から逃れられるんだろう。
――除隊……。
何度も考えた事。
隊を抜ければこんな思いなんかしなくても済む。
………………でも。
もっと近藤さんを見ていたい。
もっと声を聴いていたい。
そして。
何より近藤さんの為に命を捧げたいと。
そんな理由で私はここに身を置いている。
不純かもしれない。
でも、今の私と近藤さんが繋がってるのは、この新選組だけだから。
新選組を離れたら二度と会うことはない。
二度と……「桜庭君」と呼ばれることはない。
それが怖い。
近藤さんに逢えないのが。
また。
この想いを知られて。
近藤さんに迷惑をかけてしまうのも。
怖い。
告白するつもりなんかない。
私だけの秘め事。
「あれ? 桜庭君」
「ひっ!」
この真夜中。
誰一人私に声をかける人物なんて想像もしてなかったから。
「そんな驚かなくても……」
「こここここここここ、近藤さんっ」
「寝れないのかい?」
「は……はい」
「俺も眠れないのさ」
縁側の障子を開けて近藤さんは深く溜息をつく。
私以上に……近藤さんはもっと大変なんだ。
顔も……少し疲れてるみたい。
なんだか、ほっとけない。
「近藤さん……少し……近藤さんのお傍にいてもいいですか?」
驚いて近藤さんは私を見る。
……しまった。
ヘンな事言っちゃった……。
「あ、ああああのっ、すみませんっ! やっぱり何でもないで」
ふわりとした笑顔が即座に私の言葉を遮った。
「ああ、いいよ。 俺もそうしたい気分だったんだ……なら、ちょっと歩こうか?」
夜の路地を歩く。
怖いくらいに静かな町中。
私たちの歩く二つの足音。
それしか聞こえない。
私も、近藤さんも……無言だった。
近藤さんは……今何を思うんだろう。
新選組のこれからの行く末。
自分の行く末。
そんな事を考えているんだろう。
私は、
バカだ。
私は自分の事しか考えてない。
近藤さんの事しか考えてない。
近藤さんを通して新選組の事を考えてる。
情けない。
私の夢は剣で身を立てること。
それ以外に目標なんてなかったはず。
ごめんなさい、近藤さん。
それ以前に考える事沢山あるのに。
瞬間。
近藤さんと一瞬手が触れた。
と同時に、近藤さんが私の手を握り締めた。
吃驚して一歩前を歩く近藤さんの広い背中を通じて見上げる。
前を向いたまま。
初めて握られた手はとても暖かかった。
とても大きくてとても安心できる体温。
たった、たったこれだけで私の心は安らぐものなのか。
そして私の鼓動は早くなる。
聞こえてるかもしれない。
また急激に上昇する私の体温にも。
気付いているのかしれない。
近藤さん。
やっぱり私、貴方の事が好きです。
ごめんなさい……自分に嘘、つけませんでした……。
分かってます、許されない事など。
大丈夫です、迷惑なんかかけません。
この想いを胸に留めておくだけ。
それだけ。
私はほんの少しだけ力を込めて近藤さんの手を握る。
近藤さんもそれに応えてくれて強く握り返された。
そして一言。
「そんな顔しねぇでくれな」
………………え?
近藤、さん?
屯所に着く少し手前。
近藤さんが歩みを止めた。
私を見下ろし、いつもの優しい笑顔で。
「ほらほら、そんな顔しない」
「え……あ、あの」
「何か不安なんだろ? すぐに分かったよ、君は顔に出るから」
私は慌てて顔を両手で覆った。
や、やだ……私ってそんなに分かりやすいのかな?
近藤さん、局長だけあって隊員の事何でも分かるんだろうな……。
「今度団子屋に連れてってやるから」
「ぷっ」
思わず笑ってしまった。
近藤さんらしい励まし方。
それだけでも気分が紛れるみたい。
「じゃあそろそろ……近藤さんも早く休んでくださいね、今日はありがとうございました。
おやすみなさい」
屯所の中に入ろうとして。
すぐさま、近藤さんに呼ばれ。
「桜庭君」
「はい?」
振り向くと。
「……何かあったらすぐに俺に言うんだぜ。 何でもいい、どんな小さな事でも」
言って近藤さんは私の左頬に手を添えた。
そのまま近藤さんは私から目を逸らさない。
笑顔じゃない。
とても真剣な。
いつもの近藤さんじゃないみたいな。
私も驚愕と羞恥の中、固まったまま近藤さんから目が離れない。
どのくらいそうしてたのか。
近藤さんの手が離れ、また笑ってくれた。
「おやすみ、身体休めなよ」
「あ……は、はい、近藤さんも……ではおやすみなさい……」
頭を下げ屯所の中に入る。
部屋に入り、再度体温の上がりきった自分の頬を触る。
近藤さんがさっきまで触ってたそこ。
まだ感触が残っていた。
やっぱり大きくて温かい。
何だろう……今の。
近藤さんの顔が忘れられない。
布団の中に入っても全然寝付けなくて。
その日も例外じゃなく寝不足な朝を迎えた。
あの後、近藤さんは私が見えなくなるまでずっと見ていて。
少し小さな溜息をついて。
少し小さな声で、空を仰ぎながら私の下の名前を呟いた事は。
私の知らないところでの出来事だった。
「月下」 |
20050524 |