正直。
最初名前に違和感があった。
その名前は。
俺の一度も忘れることのなかった名前。
俺の大事な、大事な思い出の中の名前。
それと。
同じだったんだ。
まさか、と思っていた。
似た名前なんかいくらでもあるだろ、と。
だから。
何の確信もなかった。
それが。
昨日の。
事故とはいえ、してしまったキスで。
一気に確かなものになってしまって。
俺の記憶が。
細かなところまで一気に引き戻されたんだ。
俺を見る間近な少し赤みがかった茶色の瞳は。
大きく見開いて。
頬が徐々に赤くなっていって。
すごくいい香りがして――。
それは。
“あの時”と全く同じだったんだ。
ただ違うのは。
気持ち。
俺の、気持ち。
たぶん、違う。 あの頃と。
何で思い出せなかったんだろう。
俺にとって。
大事な思い出だったのに。
「あ、あの……佐伯くん」
「うわっ!!」
心臓が縮み上がるかと思った。
休み時間の廊下。
振り向けば秋月が。
「あの……あの…………」
「な、なんだよ……」
「き、昨日は…………ごめんね?」
「え……あ…………あの……アレか……」
俺は誤魔化す。
「き、気にしてないから……」
本当は昨日の仕事も散々だった。
何度オーダー間違えたか……。
「でも……佐伯くん、嫌な思いしちゃったんじゃないかなって……」
悲しそうな顔して。
俯く。
「いや…………い、いい……もう、いいからさ…………おまえ、もう俺の半径2メートルには近づくなよっ」
「え……?」
「転ぶなら……もうひとりで転べ! いいな?」
俺はそう言うと。
秋月を残してさっさと自分の教室へと入り。
ドアにもたれかかった。
少しだけ。
顔が熱くなる。
……驚かせるなよ……。
丁度おまえの事考えてたトコだったんだぞ。
はぁ、と息が漏れる。
でも。
あんな顔して。
よっぽど悪いと思ったんだろうな……。
別に。
そんなに。
落ち込むことないのにな。
そこで、ふと。
俺は教室から出て。
自分の教室へと戻ったであろう秋月を走って追いかける。
それは案の定で。
「秋月! ……さん!」
秋月は肩を震わせて。
驚いて俺に振り向く。
「さ、佐伯くん……」
秋月の腕を取って。
廊下の隅で。
「まさか……おまえ、俺が相手で落ち込んでるんじゃないだろうな?」
それだったら俺がヘコむ。
自分でいうのもナンだけど。
そんなに顔悪い方じゃないと思うし。
「え?」
「だから、おまえが俺がイヤで……!」
秋月は首を振って。
「ち、違うよ! わたしが佐伯くんにあんなことしちゃったから…………気分悪くしちゃったのかなと思って……佐伯くんも…………」
「……え」
「…………わたしで、ごめん……」
「………………それは……たぶん違う……」
「え……佐伯くん?」
大きな瞳。
香り。
何で思い出せなかったんだろう。
俺にとって。
大事な思い出だったのに。
「いや、悪い……なんでもない」
「さ、佐伯くん……!」
俺は教室へ向かう。
何で思い出せなかったんだろう。
俺にとって。
大事な思い出だったのに。
俺にとって。
悲しい思い出だったからなのだろうか。
そう。
俺にとって。
忘れられない思い出。
大事で、悲しくて。
だから、なんだろう。
俺の気持ち。
たぶん……違う。
あの頃抱いてた感情は。
たぶん……な。
ひとつ言えるのは。
あの事故。
まだおまえでよかったかもしれない。
心の底から。
本当に。
本当にあいつでよかったと思うのは、まだ先の事で。
この時の俺は。
まだ自覚してなかった。
それと。
この時の俺が。
初めて知った事。
「女って…………あいつって、結構柔らかいんだな……」
昨日の感触を思い出し。
少し顔が赤かったかもしれない。
誰にも聞かれないように呟いた。
「unforgettable memories」 |
20070510 |