最初は本当に嫌だったんだ。
“俺”がおまえにバレて。
放っておいて欲しくて。
バイトも早く辞めて欲しくて。
思い出して欲しくなくて。
関わりたくなかった。
俺は静かに。
ただつまらない毎日を送るだけだったのに。
それで良かったのに。
なのに。
なんで。
いろいろ狂わせてくれたんだ。
たまにの散歩もいいな。
こうして冬の海を眺めながら。
すこし海風が冷たいけど。
そして。
斜め前に。
「ねぇ、佐伯くん。 わたし冬の海久しぶりに来たよー」
「ああ、だな」
「佐伯くんも?」
秋月が浜を歩きながら沖を眺める。
髪が海風に靡く。
「佐伯くんは冬の海も好き?」
「いいな、冬の海も。 夏の海を思い出すからな」
「そうだね。 ちょっと感傷的になっちゃうけど」
「おまえも好きなのか?」
「根っからの海のファンだよ」
「何だ、それ」
俺は笑ったけど。
秋月もめいっぱいの。
「夏も大好きだけど、冬の海も大好きなんだ!」
その笑顔に。
胸が、高鳴った。
座って貝殻を手に取る。
「こないだね氷上くんとも話したんだけど、太陽系の惑星で一番大きい星って知ってる?」
「え? ああ……木星、じゃなかったか?」
「あったりー! でね木星って直径が地球の10倍くらいあるんだって。 でわたしピンと来なくて本見たんだ。 そしたら木星に比べて地球ってすっごくちっちゃかったんだよね」
俺も授業で教わった事を思い出す。
確かそんな感じだったな。
「で、その地球の中で日本ってすっごくちっちゃいじゃない?
自分の悩みなんかちっぽけなんだなって」
「そう、だな」
「佐伯くんも前に言ってたけど何もかも忘れられるとか、海って広いじゃない?
海でもそういうの実感しちゃうんだよね、すっごく自分がちっぽけ」
それは俺も思ってた。
海に入って。
潜れば見渡す限り一面の青。
その色は底に向かうほど深くなっていって。
唯一上を見れば太陽の光が揺らめいてる。
その世界にいると。
“ひとり”を感じられるのと同時に。
その偉大さに。
なんて自分は小さい人間だろうと思い知らされる事がある。
「だからかな。 海が好きなのって。 あ、夏も大好き」
「夏か、早く来ればいいな」
「そうだよね、海に来れば泳げるし!」
「夏はいいよな。 そういえばおまえの名前……七の海だっけ?」
「そだよー」
「名前も夏っぽいな」
「でしょ? 自分の生まれた季節ってやっぱり好きになっちゃうのかな?」
「ああ、そうかもしれな」
そこで。
俺は気づく。
「おまえ……誕生日、夏?」
「? 夏だよー」
「あぁ? いつなんだよ?」
「え? えーと、8月……」
「はっ…………日は?」
「は、8月2日……」
べつにお返しじゃないけど。
俺も誕生日のプレゼント貰ってたから。
こいつにもやろうなんて思ってたのに。
すっかり忘れてた。
「よし、立て。 行くぞ」
「え? どこに」
「いいから」
ようやく立ち上がった秋月を連れて。
向かった先は一番近いショッピングモール。
確かこないだ。
秋月を1階のフロアで待たせておいて。
俺は雑貨屋へと向かう。
女向けの雑貨屋だから中には入った事のない店だったけど。
ショーウィンドウに飾られていたアレ。
やっぱあった。
俺は中に入って店員に会計とラッピングしてもらって。
秋月の待つベンチまで戻った。
「さ、佐伯くん? どこに行ってたの?」
「ああ、悪い」
「何か買ったの? ずいぶん大きいねぇ」
俺が脇に抱えるモノ。
まぁ、デカイと言えばデカイか。
「ほら」
「え?」
「え?じゃない。 おまえに」
「え、え、え?」
「だからっ! た、誕生日知らなかったから……俺も貰ってるからその……お返し」
「や、やだ! いいよ!! そんなつもりなかったし!」
「いいから受け取れ! 俺には使えないモンなんだよ」
「でも…………」
「早くしろ」
ゆっくりと差し出す秋月の手にそれを渡した。
「な、なんだろう……見ても、いい?」
「ああ」
丁寧に包装紙を取り。
中から出てきたそれ。
「さ……佐伯くん」
「おまえにそっくりだろ」
カピバラのぬいぐるみ。
前にココをぶらついてる時に見つけたもの。
どうにも何かに似てると思ったら。
それがこいつだった。
「前から不思議に思ってたんだけど……わたし似てる?」
「そっくりだな」
「ホント? うーん、わかんないなぁ……でもいいや。
カワイイもんね」
また丁寧に包装紙に包んで。
俺に向き直り。
「本当にありがとう、佐伯くん」
あれ……?
その笑顔に。
また。
「い、行くか」
「うん」
大事そうに胸の前でプレゼントを抱え。
秋月は鼻歌を歌う。
「ね、佐伯くん」
「ん?」
「今日、少し休めた?」
「え……?」
3歩先を歩いていた秋月は立ち止まって俺に振り返る。
「最近、ちょっと忙しそうだったからと思って。 少し気晴らしになったかな?」
「あ、ああ……」
「よかった! あのね、わたし佐伯くんのうっぷんを晴らすところ!」
「え?」
“ああ……何て言ったらいいかなぁ”と首を少し傾げ。
「捌け口っていうの? 佐伯くんって学校でもお店でもニコニコしてて大変じゃない?
仕事とか、勉強とか。 だからね佐伯くんが息抜きできるように何とかしてあげたいなって。 悩みがあったら聞くし。 佐伯くんが休まる場所を探してあげようって決めたんだ」
「………………」
「あはは、でもごめんね? ホントはこういうのってさ佐伯くんの好きなコがいいよね?
こうやって一緒に歩くのも」
「………………」
「だから、佐伯くんに彼女ができたらそのコに任せるから、それまでね。
あ……もう彼女とかいる?」
「そんなの、いるワケないだろ」
「でも余計なお世話だよね? ホントごめんね」
秋月は。
また歩き出す。
「でも佐伯くんのチョップはちょっと痛いから練習してるんだ」
「……何の?」
「真剣白刃取り!!」
目の前でパンと手を叩く。
それに俺は。
「ぷっ……あはは!!」
腹を抱えて笑った。
「え? な、なんかヘンなコト言ったかな?」
「だって、おまえ……ははは!」
真剣なカオして言うから余計。
目尻に溜まった涙を拭い。
「おまえ、ホントおかしいヤツだな」
「そ、そうかな?」
俺は。
「あー腹痛かった。 はぁ……おまえ、この後何か用あるのか?」
「ううん、何もない」
「じゃあ、もう少し付き合えよ」
「うん、いいよ」
そう。
俺は。
もうこれ以上。
気を遣う場所を増やしたくなかったんだ。
秋月のこういうところに癒されて。
気が休まって。
バカ笑いもできて。
いつの間にか。
居心地のいい場所になってたんだ。
気を遣うことなんて考えなくていい。
愛想を振りまいて笑うなんてしなくていい。
秋月が隣にいるって。
たったそれだけの事なのに。
たったそれだけの事が。
俺を普通の人間に戻してくれる。
どれだけおまえに嫌なカオしても。
どれだけおまえにチョップしても。
俺に話しかけてくれて。
俺に笑顔を見せてくれる。
もし。
許せるなら。
俺はこの“場所”を。
「え?」
「え?じゃない。 気にするな。 おまえ手袋してないだろ、寒いのに」
「佐伯くんもしてないじゃない」
そりゃ、ビックリするよな。
いきなりおまえの手を握ったら。
俺はこの“場所”を手放したくない。
失いたくない。
いいよ。
おまえのその役目。
誰にも譲らなくていい。
きっと。
俺はつまらない毎日を送れない。
気づいたから。
俺の本当に気持ちに気づいたから。
「resting place 2」 |
20110719 |