「ん〜〜っ、さぁて帰ろうかな」
放課後。
軽く伸びをして。
特に部活もバイトもしてなかったわたしは、早々に家に帰ろうとカバンを抱え教室を出た。
途中、音楽室へ行く密ちゃんに手を振り。
昇降口を出て。
校門へと向かう。
その時。
異常なまでに女の子の声がして。
なんだか賑やかだなと。
ちらっとその方向に目をやる。
人だかりが出来ていて。
その中心にみんなよりアタマ1つ分出てる。
佐伯くんの顔があった。
あらら。
モテモテなんだね。
「ごめん、今日は早く帰らないといけないんだ」
「なんでー? 今日は一緒に帰ってくれる約束だよ?」
「はは、また今度ね? ダメかな」
うわ……。
佐伯くんってあんななの?
全然知らなかった。
ふぅん……。
結構感じがよさそうなんだね。
入学式の時なんかとんでもなく愛想なかったのに。
まぁ……いいや。
わたしには関係ないもん。
早く帰ろう。
「あ、えーと…………何だっけ? 店みたいな名前で…………」
店みたい? 名前が?
ヘンな会話だなぁ……。
素知らぬ顔してその横を過ぎ去ろうとすると。
「あ、それは下の名前か。 ああ、そうだ。 秋月さん」
わ、わたしですかっ!?
ビックリして振り向くと。
佐伯くんが爽やかな笑顔でこちらを向いて手を振る。
それに便乗した女の子たちもわたしの方を向いている。
「君、今帰りなの?」
「えっ? あ、う、うん」
き……君?
「まだ道分からないよね? 行こう、僕が送ってあげる」
ぼ……僕?
「えーっ!? ズル〜い!! わたしたちは?」
「あはは、秋月さん、まだ越してきたばかりで道が分からないんだ」
「え? わたし、もう道分か」
「だから、送ってあげなきゃ可哀相でしょ? みんな、またね」
有無を言わさずその塊を抜け。
わたしの隣に来る。
「さぁ、行こうか」
「あ……あの……」
「さぁ」
なんとなく。
佐伯くんのこめかみに青筋を見たような気がした。
その笑顔のウラに隠されてる本当の佐伯くんが怖くて。
「あ、あの! みんなゴメンね!」
痛い視線を受けながら。
仕方なく。
一緒に帰ることになった。
「ハァ…………助かった……どうも」
「なんで? 一緒に帰ってあげればよかったのに……」
「開店時間に間に合わないだろ?」
「あ、店……内緒なの?」
「入学式ん時おまえに言わなかったか? 誰にも言うなって」
「うん……ちゃんと誰にも言ってないよ?」
「バレたらマズいんだよ、店夜遅いし。 分かったか」
学校を出て。
海沿いの道。
入学式の時の佐伯くん。
さっきの愛想のいい佐伯くんはどこにも感じられない。
「店続けるのに、成績も落とせないし、学校じゃ問題も起こせないんだよ」
「へぇ……大変なんだね。 モテモテだし」
「ウルサイ」
「あ、さっきの何? 店の名前みたいな名前って。
わたしのこと?」
「おまえしかしないだろ。 下の名前、確か“ななみ”だろ?
服屋かっつーの」
「???」
「ああ、もういい。 説明めんどくさい」
佐伯くんは後ろを振り返り。
誰も来ないことを確認すると。
「もう平気だな。 じゃ俺行くわ」
「あ、うん。 お仕事頑張って」
佐伯くんはわたしを置いて、坂道を走って下りていく。
佐伯くん、本当に大変なんだ。
そういえば。
竜子さんとはるひちゃんが教えてくれた。
成績優秀とか。
文武両道とか。
頭いいってことだよね?
クラス違うからわかんないけど。
夜までお仕事なんて。
いつ勉強とかしてるんだろう。
体とか大丈夫なのかな?
……。
……。
……なんて。
わたしが言っても。
「余計なお世話だ」とか言って。
ヤな顔されちゃうんだろうな。
今日だけで。
たぶん、ないな。 もう。
みんなに見せるあんな笑顔。
たぶん、ない。
まぁ、あんまり無理しない程度に頑張ってちょうだいね。
この時は。
わたしの心に。
佐伯くんの想いなんて。
ほとんど、なかった。
この先の生活に。
佐伯くんが浸透してくるなんて。
そんな予想もしてなかったわたしは。
鼻歌を歌いながら、坂道を下りて家へと続く道を曲がった。
「put on」 |
20070508 |