真っ青な空に真っ青な海。
日差しも眩しくて。
今日は海水浴解禁日。
ビーチも人だかり。
みんなも今日が楽しみだったんだろうな。
そう、わたしだって例外じゃない。
この夏休み。
どれだけ待ち遠しかったことか。
なのに。
わたし。
ナゼか水着に。
エプロン姿。
「はーい、お待たせしました! シーフードカルパッチョとビール2つですね!」
「あ、お姉さん。 こっちソーセージの盛り合わせね!」
「はい、かしこまりましたぁ!」
はぁ……忙しい。
何かのお誘いかとちょっとワクワクしてたのにさ。
せっかく佐伯くんから電話貰ったかと思えば。
お店の手伝い。
「ほら、溜息ついてるなよ」
「だってさ〜……」
「仕方ないだろ? 書き入れ時なんだ」
「でもなんだってこんなカッコ…………は、恥ずかしいって……」
「もう慣れろよ。 つーか、ちゃんと聞いてたか?
水着エプロンの女子高生が“珊瑚礁”に与える経済効」
「ああ、もう何度も聞いたって!」
「どうせヒマなんだろ? 頑張って働けよ」
お客さんにオレンジジュースとビールを持っていく佐伯くんの背中に“いー”ってしてやった。
どうせヒマですよーだ。
それでも。
自分がバイトしてるトコだから。
売り上げとか多い方がいいもんね。
よし、頑張ろう!
佐伯くんのため、というより。
マスターのために。
カッコは、まぁアレだったんだけど。
やっぱり楽しかったのかな。
海の傍で働けて。
お店に来る人もみんな楽しそうで。
だから時間なんてあっという間だった。
「はぁ、終わったぁ〜……」
もう夕暮れ。
太陽ももうそろそろ水平線に近い。
人もまばら。
後片付けも終え。
「お疲れ」
佐伯くんも“珊瑚礁”へと戻っていく。
わたしは海を。
その綺麗な夕焼け空を。
目を細め見ていた。
まだ着替えてないし。
ちょっとだけ。
海へ入ろうかな。
そう思ってわたしは海へ入る。
そんなに温かくないけど。
久しぶりの海に。
嬉しくて泳いだ。
ああ、気持ちいいな。
プカプカと浮いて。
空を見る。
「ふふふ」
嬉しいな。
もう夏休みだもんね。
今年何回海に来れるかな?
「何笑ってんだ。 気持ち悪いな」
ビックリしてわたしは身体を起こし。
浜を見ると。
佐伯くんがそこに立っていた。
「わ、笑ってないもん!」
「笑ってた。 おまえそういうのよせな。 つーか何海に入ってんだ?」
「さ、佐伯くんこそ、家に戻らなかったの?」
「ああ、おまえが海に入ったの見たから、ズルいと思って」
そう言って佐伯くんは海に入り。
わたしの近くまで泳いできた。
「佐伯くん、海好きなの?」
「ああ、大好きだ。 海っていいだろ? なんていうかさ、何もかも忘れられるっていうか」
「そうだね、分かる気がする」
「あれ? おまえも好き?」
「うん、大好き!」
「……そっか」
あれ?
佐伯くんの表情が違う、気がする。
すごく優しい感じで沖を見てる。
「俺さ」
「うん」
「ホントに海が好きでさ。 店から海が見えるだろ?
朝も昼も夜も海が見れて……だから俺店で働いていたいんだ。 まぁ、それだけじゃないけどな」
目を細める佐伯くん。
「“珊瑚礁”で働き始めて長いの?」
「ああ、中学の頃から。 今のおまえと同じ。 ウェイターと皿洗いくらいしかやらせてもらえなかったし」
「へぇ、なんか意外だね」
「そりゃそうさ。 最初からコーヒーなんて淹れさせてもらえないだろ」
少し沖の方へと泳ぐ。
わたしもそれについてって。
「あの灯台と同じくらい古い店なんだけどさ」
柔らかい佐伯くんの表情に。
………………あれ?
「……ん? どうした?」
「え? う、ううんっ! なんでもないっ!!」
わたしはその一瞬の感覚から我に返り、慌てて首を振る。
“……おかしなヤツ”と呆れられながらも。
佐伯くんは続ける。
「俺も高校卒業して、大学行きながら勉強して、そしたらさ――」
「うん」
「そしたら…………うん、まぁそんな感じ」
佐伯くんが笑う。
女のコたちと一緒にいる時の笑顔とまた違って。
本当に。
心の底からの笑顔。
ああ。
本当に好きなんだな。
海と。
お店が。
佐伯くんが仕事に一生懸命になるの。
少し分かった気がする。
「ふふ」
「なんだよ」
「すごく嬉しそう、佐伯くん」
「は?」
「お店の話する時って」
瞬間、バシャっと。
「うわっ!!」
海水を顔にかけられた。
「ウルサイ。 もう帰るぞ」
わたしもお返ししようなんて思ったら。
佐伯くんは海に潜って。
浜へと向かってしまった。
んもう。
“嬉しそう”は取り消しだ。
わたしも浜に向かおうとすると。
佐伯くんは。
「あ、そうだ。 秋月」
「?」
「おまえの誕生日プレゼント、ちゃんと写真入れて使ってる。
サンキューな」
え?
それだけ言うと。
今度は本当に“珊瑚礁”へ戻っていった。
昨日佐伯くんにあげた。
貝殻細工の写真立て。
たまたま選んだモノだった。
今、夏だからって。
でも、すごく綺麗で一瞬で自分が気に入ったそれ。
佐伯くんが気に入らなきゃ気に入らないで誰かにあげてもいいよ的なカンジだったんだけど。
使ってくれたんだ。
海での佐伯くんも。
今の佐伯くんも。
あんな顔見たの。
初めてで。
もう少し。
佐伯くんと労ってあげようかなと。
心の中で思っていた。
それと。
夕陽に照らされた佐伯くんの笑顔。
夕陽。
佐伯くん。
初めてだったはずなのに。
何かが懐かしかった。
何だろう……。
何かが……。
もうちょっと……何かがあれば。
“珊瑚礁”への階段を上り始める佐伯くんの背中を見て。
その不思議な感じに。
何故か。
心臓が少し強く打ち鳴らされていた。
「orange color」 |
20070523 |