佐伯くんと一緒にいる時のわたしって。
本当に自信がなくなる。
いつでもそう。
どこでもそう。
佐伯くんに何も言われないようにと頑張っても。
完璧にしようと頑張っても。
空回りして。
何かしら失敗しちゃう。
何度。
バイトだって辞めようと思ったんだろう。
もう本当に。
自分が情けなくて。
情けなくて。
嫌になる。
だから。
今日は約束した日。
一緒にお昼食べようって。
ちょっとだけ。
ホントにちょっと。
気合い入れて。
佐伯くんのお弁当、作ったんだ。
これだけは、と。
失敗しないように。
失敗しないようにって。
あんまり器用じゃないから美味しいかどうかの自信はないんだけど。
学園の敷地内で一番人通りの少ないココ。
前に昼寝中の佐伯くんを見かけたココ。
芝生を弄び。
一昨日言ってた“明後日”は今日だよね?と。
何度も何度も確認する。
もう昼休みも20分は過ぎてるはず。
ねぇ、佐伯くん。
来れないなら来れないって。
一緒に食べれないなら食べれないって。
言ってよ。
なんか、わたしバカみたいだもん。
きっともうこの時間じゃ。
ほかの女のコたちと一緒にお昼食べてるよね?
もう10月なのに、今日は夏のように日差しが強い。
日が照ってきた。
わたしはまた違うしばらく時間が経っても日の照らない木陰を探し、そこに移動した。
もう、いいや。
佐伯くん、忙しいもん。
学校でわたしひとりにかまってる時間なんてないはずだし。
にしても。
あーあ……。
なんか自分のお昼も食べたくなくなっちゃった。
一緒のクラスでないのが唯一良かったと思う。
佐伯くんの顔、見られないと思うし。
気まずいし……。
わたしはその場にごろんと寝転がり、上を見上げる。
葉っぱがそろそろ茶色く色づいてきた。
その向こうの雲の流れも早い。
そのまま目を閉じる。
そう言えば。
前に佐伯くんの昼寝姿見ちゃったな。
気持ちが分かる。
すごく気持ちいい。
すると睡魔が急激に襲ってきて。
深い眠りに誘われることとなった。
ちょっとだけ、寝ようかな。
ほんのちょっとだけ……。
あ……予鈴……鳴ってる。
次は……現国だったっけ……。
早く行か……な……きゃ…………。
わたしが目を覚ましたのはもう部活の始まる頃。
グラウンドの野球部の掛け声が聞こえ、目を開けた。
時計を見て青ざめ、起き上がる。
え……!?
ウソッ!?
わたし、そんなに寝てたの!?
5時間目と6時間目……サボっちゃった……。
はぁ……なんか今日はついてないや……。
幸いにもバイトも入ってない今日。
もう帰ろう……。
あ、れ……?
これ…………。
起き上がったわたしの腰にあったもの。
それはここの制服のブレザー。
男のコの。
誰か……かけてくれたの?
うわぁ……恥ずかしい。
こんなトコに寝てる女のコなんてみっともないよね?
その時。
ちょっとだけ。
嗅いだことのある匂いがした。
ブレザーかな?
どこかに誰かの制服って分かるものはないかと探していると。
内ポケットから出てきた。
生徒手帳。
佐伯くん。
ここに来てくれたんだ……。
わたしは返そうと。
ふたつのお弁当箱を持ち立ち上がろうとする。
ふたつあるはずのお弁当箱が。
ひとつしかなかった。
あれ……?
わたし、どこかに置いたっけ?
ううん、ここに移動するとき、ふたつ持ってきた。
でも。
それよりも。
早く佐伯くんに制服を返そうと思って。
佐伯くんの教室まで走った。
「え? 帰った?」
「はい、佐伯君ならもうとっくに」
佐伯くんと同じクラスの千代美ちゃんが教えてくれた。
ああ、もう帰っちゃった。
慌てて自分の教室へ行き、カバンを持ち。
“珊瑚礁”へと向かう。
思いっきり走って。
浜へ着いて、息を落ち着かせる。
すると“珊瑚礁”へと登る階段の手前で。
佐伯くんが店から出てくるのを見つけた。
佐伯くんもわたしに気づき。
こっちに向かってくる。
「秋月!」
「さ、佐伯くん! …………あ、あの……」
「あのさ……」
「え?」
「あ、いや。 おまえからでいいよ」
「あの…………ブレザー、ありがとう……かけてくれたの佐伯くんだよね?」
佐伯くんは「…………ああ」と。
思い出したかのように声を上げ。
わたしの手からブレザーを受け取る。
「ご、ごめんね……み、みっともないとこ見せちゃって……」
「いいよ、そんなの。 あ……あのさ」
佐伯くんが自分の手に持ってたものをわたしの前に差し出した。
「え……?」
それは。
わたしが作ったお弁当の包み。
「ちゃんと、洗ったから。 今から学校へ戻ろうと思ってて……」
「……え……」
「今日は、本当に悪かった。 約束したのに……」
わたしは首を振った。
「ううん、佐伯くんはモテモテだからね。 女のコの相手、ちゃんとしないと」
「………………」
「えーと……じゃあ、またね。 洗ってくれてありがとう」
お弁当箱を受け取り。
家に帰ろうとするわたしを。
佐伯くんは制した。
「秋月」
「……?」
「美味かった」
「え……」
佐伯くんはわたしの目を見ない。
なんだか。
かすかにほっぺたが赤い気もするんだけど……。
「弁当……美味かった…………明日また、作ってくれるか?」
「え…………あ、ありがとう…………でも……」
「今度はちゃんと約束する。 一緒に食べようぜ、明日」
またな、と佐伯くんは手を上げて“珊瑚礁”へ戻る。
食べてくれたんだ……佐伯くん。
「あ」
わたしは佐伯くんに向き直り。
「佐伯くん!」
佐伯くんもわたしに振り返る。
「佐伯くん、いつどこでお弁当食べたの?」
「いつどこって……5時間目に、おまえの寝顔見ながら」
「え……えええええええええ!!」
「あははっ! バッチリ寝顔見たから」
佐伯くんは笑って再び“珊瑚礁”への階段を登る。
「うっわぁ〜……ホントわたしみっともない……」
やっぱり……。
わたしはいつまでも情けないんだ。
情けなくて。
恥ずかしくて。
がっくりと落ち込みながら。
家へ帰った――。
次の日。
佐伯くんはわたしと一緒に初めてお弁当を食べてくれた。
「うん……まぁ、まずくない。 おまえ、こういう才能だけはあるんだな。
こういう才能だけは」
…………何もそこだけ強調しなくてもいいと思うんだけど。
佐伯くんに初めて褒めてもらえて。
なんでだろう。
なんで。
嬉しい気持ちになったんだろう。
でも少し。
もう少し佐伯くんがわたしを認めてくれるように。
頑張ろうって。
思ったのは確かだった――。
「I'm sure」 |
20070603 |