ああ、気持ちがいいな。
朝の浜辺がこんなに気持ちいいだなんて、知らなかった。
ずっと海のないところにいたせいかな。
潮風も。
砂浜も。
すごく、心地がいい。
昨日からはばたき市民になったわたし。
今日から羽ヶ崎学園の生徒になったわたし。
すごくドキドキしちゃって。
あまり寝つけなくて今朝は早起きだった。
だから散歩がてらにこの浜へとやってきた。
ここも夏になると、人がいっぱいになったりするのかな?
早く夏にならないかな。
わたしの大好きな夏――。
ぶらぶら浜を歩いていると。
長い階段が見える。
その丘には大きな灯台と。
小さな家が建っていた。
わたしはちょっとした好奇心でそこへと向かう。
結構キツい階段。
登りきる時には少し息も荒くなっていて。
大きな灯台と見晴らしのいい海の眺めに溜息が漏れる。
すごい景色。
――ほんのちょっと。
ほんのちょっとだけ。
何かがわたしの中で揺さぶられたけど。
さほど気にせず。
その向かいの家へと向かった。
こじんまりした家。
人気もない。
ドアに歩み寄ると。
“珊瑚礁”。
と書かれたプレートが掛けられてあった。
あ、喫茶店。
どうりでちょっとおしゃれな感じがするわけだ。
家からそんなに遠くないこの場所。
今度来てみようかな。
そう思ってドアから退くと、頭上からカタンとする音が聞こえた。
咄嗟に物陰に隠れ、音のする方を見上げる。
キィ、と2階の窓を開ける手。
顔を覗かせた。
ドキッとする。
男の人だった。
わぁ……ちょっとカッコいいな。
若そうだけど……なんか大人っぽいな。
年上、かな……?
カップの中身を一口飲み、海を眺めていた。
なんだか絵になっちゃうな。
別に悪いコトしてるわけじゃないけど。
わたしはその男の人に気づかれないように、その場を去った。
あの人の家であのお店してるのかな?
あのお店に行ったら、あの人に会えたりするのかな?
なんて。
ヘンなコト考えてないで帰ろう。
と。
来た道を帰ろうとした。
あ……あれ?
この道だよね?
でも、どう見ても見たことのない建物や景色。
ちょ……ちょっと待って。
家からそんなに離れてないのよ、ここ。
それなのにまだこの街に来たばっかだからって。
迷子になる?
まさか……海に見惚れて周りを全然見てなかったとか?
うわ……情けない……。
早くしなきゃ、入学式早々遅刻しちゃう。
でもどう見ても来た道が見つからない。
浜にも誰一人いない。
仕方ない、と。
もう一度、長い階段を登って。
さっきの喫茶店まで戻る。
あの人に聞いてみよう。
さすがに道がわからないなんてことはないと思う。
“珊瑚礁”に辿り着くと。
2階の窓は閉まっていた。
ノックをしようとドアに近づいた時。
そのドアが勢いよく開けられた。
「うわぁっ!」
瞬間ヘンな声を出してしまうわたし。
すれすれのところでぶつからずにすんだ。
見れば、髪を上げたさっきの男の人。
背が大きくて、少し褐色の肌。
至近距離で見たその人もだいぶビックリしたようで。
目を見開いてわたしを見る。
恥ずかしさで頭に血が上る。
「ご、ごめんなさいっ!」
でもその人の口からは。
「………………げ」
の一言。
げ?
でもすぐに、笑顔になって。
「失礼しました、お客様。 何か御用でしょうか?」
「あ、あの…………」
バクバク言う心臓をなんとか平常に保とうとし。
一息ついて理由を話した。
「それで……道を教えて欲しいんですけど……」
「ああ……なんだ」
爽やかな笑顔は一瞬。
途端物凄く嫌そうな仏頂面になって。
すぐにおっきな溜息をつかれた。
「この辺のコじゃないの?」
「あ、はい……わたし昨日越してきたばかりで……」
「ビックリさせんなよ……朝から笑うと疲れんだよ」
「え……えーと、ごめんなさい……」
わけがわからなかったけど。
とりあえず謝ってしまった。
「で、何?」
「あ、あの……道を……」
「ああ、道ね。 あとで書いてやる」
見れば、その人はわたしをじっと見ている。
わ、わたし……どこかおかしいかな?
「あの……」
「そこ、どいてくれる? ゴミ捨てに行きたいんだけど」
「あ、ごめんなさい……」
すごく不機嫌そう。
制服着てるってことは、ウェイターしてるんだろうな。
笑顔はちょっと素敵だったけど。
わたし……なんでここまでイヤな顔されるんだろう……。
ゴミ捨てから帰ってきたその人は。
店の電話の横に置いてあったメモをぶっきらぼうに破り。
ペンでさらさらっとこの近辺の道を書いてくれて。
面倒くさそうにわたしに渡す。
「あの辺ならこう行けば着くから。 もういいだろ」
早く帰れと言わんばかりにわたしに背を向け。
店の掃除を始める。
お礼だけ言ってその店を離れたけど。
そりゃ確かにちょっとカッコ良かったよ?
でもさ。
あんな言い方しなくてもいいじゃないの。
わたし、何かした?
道訊きたかっただけだったのに。
わたし、ここに来ることあるかなぁ?
来ても厄介払いされそう。
すごく印象悪そうだもん。
まぁ……きっと、もう会わないだろうな……。
幸先悪いとはまさにこのことだと思う。
その後の入学式で。
見事にその男の人と再会を果たし。
同い年だと聞いてビックリしたら。
『何の“えーっ!?”だ、それは』と眉間に皺が寄るほどものすごく睨まれて。
あーあ……。
今日から高校生なのに。
この生活を楽しみにしていたのに。
この先、いいコト……ある、のかなぁ……?
「fateful encounter」 |
20060217 |