「さーえっきくーん!」
わたしが呼び止めたその人は校門を出たところで。
ピタと止まる。
で、少し項垂れて。
ゆっくりを振り向いた。
「おまえさ……声デカい」
わたしは慌てて口を押さえ。
「あ。 う……ご、ごめん……」
「まぁ、あんま周りに人いないからいいけどさ」
「今日バイトの日だからね、途中まで佐伯くんと帰ろうかなって」
佐伯くんはそれに答えず。
暫く考え込んで。
「あのさぁ……」
「なぁに?」
「おまえさ、俺の名前苗字で呼ぶの、やめない?」
「え?」
苗字で呼ぶなって……。
でも。
「つーか、紛らわしいんだよ。 そりゃ、どんなに人込みの中でもおまえが呼べば声ですぐにわかるけどさ……」
「あ、ほかの女の子たちと間違うってこと? でも何て呼んだら……うーん……“佐伯くん”がダメなら…………“王子サマ”ー……」
途端佐伯くんにすんごい目で睨まれて。
「ハイ、ウソです……」
「わかればいいんだ」
「でも、どうしようかな……」
痺れを切らしたんだろう。
佐伯くんは苛立ったように。
「あぁ! もう! 下の名前でいいだろ?」
「下…………え……て、“瑛くん”……?」
佐伯くんは真っ赤になって前を見据えてる。
え?
お、怒ってるのかなぁ……?
「な、なんか悪い気が……」
「ああ! もういい! おまえは俺を下の名前で呼べよ」
「な、なんで怒るの??」
「もっと嬉しがれよ、俺がこうして言ってやってんだぞ!」
「わ、わかった! うん、じ、じゃあ“瑛くん”ね」
ちょっと。
照れちゃうな。
“ハリー”みないなあだ名とかじゃない。
また違う。
よし。
じゃあ一発目。
ひとつ咳払いをして。
「瑛くん、今日仕事頑張ろうね!」
その途端。
佐伯くんはさっきよりも赤くなって。
わたしから視線を逸らした。
「て、瑛くん……?」
「…………くそ……カワイイ……」
「?」
その呟きが。
あまりにも小さすぎて。
わたしには聞こえなかった。
今日の“珊瑚礁”は平日だし。
お客さんもそこそこな感じ。
マスターも買い物中。
だから今のうちにと皿やグラスを洗っていると。
「おい、七海」
よく知った声が。
わたしの下の名前を呼び。
思わず持ってたカップを落としそうになった。
「な、な、なに!?」
「ああ、何やってんだ。 カップは……割れてないな。
おまえもケガは? ないな?」
「う、うん」
「……何うろたえてんだよ?」
佐伯くんは怪訝そうにわたしを見る。
「だ、だって……わたしの名前……」
「おまえ、俺のこと下の名前で呼ぶから、俺もおまえのこと下の名前で呼んだだけだろ?
いいから、七海」
「は……はい」
「2番にミルフィーユとショート。
よろしくな」
トレイを置いて。
佐伯くんはキリマンジャロとカフェオレを淹れ出す。
ああ……ビックリした。
突然なんだから。
そして。
さっきの佐伯くんの声を思い出す。
『七海』か――。
なんか嬉しくて。
妙に嬉しくて。
「ニヤニヤすんな」
と佐伯くんにトレイで頭を叩かれても。
その日のバイトは。
ムダに張り切ってしまった自分がいた。
ホントに。
単純なんだな、わたし――。
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20110731 |