潮風が気持ちいいな。
こうして海を見ながら歩くのは大好きなんだ。
もうすぐ夏、だもんね。
海岸沿いの通り。
わたしはエプロンを身につけ、通りを歩いている。
“珊瑚礁”のお使い。
というか佐伯くんのお使い。
『花屋に花頼んであるからもらってこい。 早く行ってこい。
急いで行ってこい。 今すぐ行ってこい』
んもう。
本当に人使いが荒すぎるんだから。
ブチブチ言いながら。
花屋さんに着く。
ここだよね?
“アンネリー”って。
入った途端にいい香りがする。
たくさんの花があって。
バイトの帰りに買って帰ろうかなと思うくらい。
「いらっしゃいませー」
「あ、あの“珊瑚礁”ですが……」
「あれ? おまえはね学のコだよな? 勝己と仲いいだろー」
わたしはビックリして。
レジにいる声をかけてきた店員さんを見る。
すごく背が高くてここにいるのがとても違和感がある感じがするけど。
髪を立てていて笑うと爽やかな好青年の男の人。
だ、誰だろう?
勝己?
わたしが首を傾げてると。
「あ、ああ、ごめん。 俺真咲っての。 はね学行って花壇の手入れしてんの俺なんだよ、たまにだけどな。
こないだ勝己と一緒にいるの見てさー」
「あの……勝己って…………」
「あ、志波だよ。 アイツの下の名前が勝己」
「えっ!? うっわ……な、内緒にしておいて下さい……」
「あはは。 じゃあ口止め料でこのミニ薔薇でも買ってもら」
「真咲君」
真咲さんの後ろに。
眼鏡をかけた長身の綺麗な人。
「げっ! 有沢……!」
「サボらないの。 もう、困ってるでしょ? 全く困った人ね。
配達は行ったの?」
「さっき行ってきたって」
「ホントごめんなさいね。 真咲君の後輩かしら?」
「ああ、俺はね学卒だからな。 あ、この人有沢ってんだ」
「初めまして、有沢です。 今日は何か?」
わたしも自己紹介をし。
“珊瑚礁”の用件で来たことを伝えた。
「ああ、もう用意してるわ。 真咲君出して来てもらっていい?
私はお客さんだから」
見れば。
店内で有沢さんに手を振ってる人がいる。
髪が長くて。
小さくて。
華奢な女の人。
うわぁ……。
すごく可愛い。
綺麗っていう表現よりも。
可愛いっていう方がしっくりくる感じ。
年上の人だと思うけど。
わたしとそんなに変わらないと言われれば納得もできそうな。
「相変わらず可愛いなぁ……」
真咲さんが呟く。
その人は真咲さんに気づくと。
声をかけた。
「こんにちは、真咲くん」
「こ、こんにちはっす!!」
近くにいたわたしにも気づき。
笑って挨拶をする。
「こんにちは」
「こっ、こんにちはっ」
わたしも慌てて挨拶をした。
初対面なのに。
誰にも懐っこいのか。
すごく感じのいい人だった。
「ああ、高嶺の花だよなぁ……彼氏と別れて俺と付き合ってくれないかなー……」
その独り言が有沢さんの耳に届く。
「真咲君にはムリね……有り得ないわ、残念だけど」
「えぇ〜、マジで?」
「そんなコトないよ。 ねぇ真咲くん」
女のわたしが見ても。
笑顔が可愛い。
「今日もカラーでいいの?」
「うん。 志穂ちゃんのおかげで結構花が多くなったよ、家」
「でも買ってくのは全部あなたでしょ?」
「そうなんだよ〜、たまには買ってきてくれてもいいのに、何か花の種類とか分からないらしくって」
彼氏さんの話、かな?
背中の半ばまである髪をかきあげ。
耳にかける。
その仕草で。
細い左手の薬指の指輪に気づく。
「いいよなぁ……ホント」
隣で鼻の下を伸ばしてる真咲さんに聞いた。
「あの人? 有沢の友達なんだよ」
「めちゃめちゃ可愛い人ですねぇ」
「だろ? 結構モテてるみたいだな。 彼氏もやたらカッコいいんだってさ」
誰かは教えてもらってないと真咲さんは言った。
でも。
これだけ可愛い人なら。
男の人がほっとかない。
隅に置けないんだろうな。
羨ましくなる。
これだけ可愛くて。
彼氏さんもカッコいいだなんて。
でも。
一目見て。
わたし、この人好きだなって思った。
なぜか憎めない。
誰にでも同じ。
男の人にも女の人にも同じ接し方するから、なのかな。
途端。
わたしの携帯が鳴る。
見れば。
佐伯くんの携帯から。
『もしもし? おまえ何やってんの? さっさと帰ってこい!』
それだけ言って。
佐伯くんは一方的に電話を切った。
わたしは用件を思い出して。
慌てて頼んでた切花を精算してもらい。
店を出る。
「気をつけてね」
その人が声をかけてくれる。
「はい、ありがとうございます!」
真咲さんと有沢さんと。
その女の人に。
挨拶をして。
帰りの海岸沿いの通りをもう一度歩く。
さっきの女の人を思い出し。
名前を聞いておけばよかったと少し後悔した。
わたしも。
あんな可愛いカンジの人になれたらいいな。
そしてステキな彼を持ちたいな。
ふと。
佐伯くんを思い出す。
ていうか。
初めてもらった佐伯くんからの電話。
あんな言い方しなくってもいいじゃないの。
せっかくのいい気分が台無しじゃない。
彼氏候補かぁ。
佐伯くんは。
うん。
きっと。
ないな。
なんか嫌われてる感があるし。
いっつも嫌そうな顔されるし。
ないない。
絶対ないわ。
そこで再び電話が鳴る。
「ああ、分かってますって! もう着くから!!」
この時。
佐伯くんの着信音変えようと思った。
SF映画のあの真っ黒い人のテーマ曲とか。
昔からある日本の怪獣のテーマ曲とか。
いろんな道具で悪い人を斬ったり刺したりしちゃう時代劇のテーマ曲とか。
出てきたーっ、みたいな。
殺られるーっ、みたいな。
おどろおどろしいヤツに。
「cutie」 |
20070518 |