多くの生徒が集まるこの時間、昇降口。
委員会に行く人や。
部活へ行く人。
いろいろな人と行き交う。
そろそろわたしも委員会とかクラブとか始めた方がいいかな。
ああ。
でもその前に。
「あれ? 佐伯くん」
「なんだ、おまえか。 ああ、丁度いいトコにいた」
「え?」
「俺と途中まで一緒に帰れ」
「はい? ていうか今日は女のコ、一緒じゃないの?」
下駄箱で佐伯くんと一緒になる。
クラスが違うから、帰る帰らないの時間なんて分からないワケで。
「ああ、今頃探されてるかもな。 今日は早く帰らなきゃならないから掴まってるワケにはいかないんだよ」
「でも、みんな可哀相だよ?」
「……おまえ人の話まるで聞いてないな? 急ぐって言ったろ?」
小声。
まぁ……わたしの前じゃこんな佐伯くんなんだけど。
もう少しくらい愛想があってもいいんじゃない?
「早くしろ」
「ちょ……ちょっと待って……」
靴を履き終わると。
「佐っ伯く~~~~~ん!」
「来た………………」
女のコの声が複数。
佐伯くんがげんなりして気づかれないように溜息を吐き。
彼女達の方を向くと。
あの笑顔を向ける。
「どうしたの?」
「一緒に帰ろうよ」
「あはは、ごめんね。 このコ、まだ道分からないんだって。
困ったよ。 秋月さん、もうそろそろ覚えてね? まったく案内役も大変だよ。 あははははは」
………………。
ハイハイ。
わたしはまだ道を覚えてませんよ。
「じゃあ、また明日ね」
肩にかけてるわたしのカバンを無理矢理引っ張って。
わたしを引きずるように。
学校を出た。
「もういいよ。 サンキュ」
一歩学校の敷地内を出ると。
わたしのカバンをぱっと離し。
さっさと歩いて行ってしまった。
……もう。
わたし何の役目よ。
はぁと。
息が漏れ。
昇降口で佐伯くんと一緒になる時は気をつけようと。
改めて思った。
だいぶ前を歩く佐伯くん。
でも。
帰る方向は同じなんだから。
一緒に帰ろうか。
そうすれば。
もう少し仲良くなれて。
優しくなってくれたりする?
あんな愛想のない佐伯くんじゃなくなるかもしれないもんね。
「佐伯くーん! 一緒に帰ろう!」
わたしに振り返る。
でも歩くのは止めてくれない。
「は? なんで?」
「だって同じ帰り道だし」
「いい」
佐伯くんの歩幅は。
わたしのおよそ1.5倍。
佐伯くんが早足で歩けば。
間違いなくわたしは走り。
そんなわたしを放って。
佐伯くんはどんどん歩いていく。
「い、いいじゃない! 帰りくらい!」
「ウルサイ。 俺は急ぐんだ」
「だって、わたしがいたってそれは変わらないじゃない!
てか佐伯くん、足早いって!!」
その背中に叫んでも。
佐伯くんの歩みが遅くなることはなく。
「俺はこれが普通なんだ」
う……全然優しくないっ。
「……佐伯くんのバーカ」
わたしがそう呟くと。
ぐるんと振り返り。
物凄くイヤな顔してわたしを見る。
「バカとはなんだ、バカとは。 あ」
ようやく立ち止まった佐伯くんに。
わたしは安堵して走るのを止める。
はぁ、と目を閉じ息をついた。
「だってさ、せっかくこうして一緒に帰ろうとしてるのに……もう少し女のコに思いやりを持っ……う、わっ!!」
「わっ……バカ!」
靴紐が解けて、それを直すのに屈んでた佐伯くんに気づかず。
わたしはぶつかってしまった。
それはあまりにも勢いがよかったため。
また下りの坂道だったため。
立つというバランスを保てる状態ではなく。
佐伯くんもわたしを受け止めようとしてくれたけど。
それもあまりにもムリな体勢だったからか。
そのまま佐伯くんに覆い被さってしまった。
人通りの少ないここ。
佐伯くんが受け止めてくれてケガひとつなかった。
ケガは、なかった。
うん……なかった。
けど。
わたしの眼前には。
今まで生まれてきて。
初めて。
本当に初めて。
男の人の瞳に自分の顔が映るのを見た。
つまりは。
鼻同士がくっつくほど。
息遣いがわかるほどに。
接近していた。
そして。
わたしの唇には。
何か柔らかいものが当たった感触が残っていた。
ほっぺとか、そういうんじゃなくて。
もっと、こう……。
そこでわたしはハッとする。
今とんでもない状態で佐伯くんの上に乗っかってることに気づいた。
「ご、ごごごごごごごめんっ!!!!!」
わたしは慌てて。
真っ赤な顔して。
佐伯くんの上から退いた。
「さ、さ、さ、佐伯くん、ケ、ケ、ケガはっ!?」
「いや……平気」
「あ、頭打ってないっ!?」
「………………つーかおまえ今……」
「えっ? あっ、あっ、あの……!!」
「今……俺たち…………」
「いや! あの……その……!」
佐伯くんはゆっくりと起き上がって。
髪もちょっとボサボサになって。
そのまま呆けてる。
「あ、あの……佐伯くん……ご、ごめんね?」
「あぁ……あ、あのさ……おまえ…………こ、こういうの……初めて、か……?」
「こ……こういうの……? こういうのって……」
「だ、だから! 今の…………その、キ……」
キ……。
「キ」って…………。
「………………………………………………キ、スだろ……今の……」
や、やっぱ……。
キス………………だったんだ……!
わたしの顔は。
それまで以上に熱を帯びる。
「そんなのっ、初めてに決まって……! さ…………佐伯くんは……どうなの……?」
「俺…………俺は……なんか、前に…………」
「……え?」
佐伯くんは我に返ったのか。
慌ててカバンを拾い。
立ち上がる。
「は、初めてに決まってるだろ! 事故だ! これは事故だ!」
「じ、事故……」
「…………誰にも言うんじゃないぞ」
「え…………う、うん……」
「…………俺、店あるから……じゃあな」
佐伯くんは踵を返し。
走って帰ってしまった。
キス。
その二文字が。
わたしの頭の中でぐるぐるする。
佐伯くんは経験があるみたいだけど…………。
わたし……初めて、で。
いや。
でも昔。
何か…………。
でもわたしはそれ以上何も考えられなくて。
「あ~……何てコトしたんだろう、わたし……」
明日。
佐伯くんに。
ちゃんと謝ろう。
そして。
もう別のコト考えよう。
そうだ!
バイトだ!
わたしそろそろ始めなきゃ思ってたんだった!
もうすぐはるひちゃんの誕生日。
何か買ってあげたいしっ!
確かメール来てた。
早く帰って。
パソコンチェックしよう!
うん、そうしよう!
………………ああ。
それにしても。
わたし…………。
よりによって。
佐伯くんと………………。
だってきっと。
嫌な思いしたんだろうなぁ……。
わたしは家に帰る道を歩く。
結局。
頭から離れる事はなく。
チェックしたメールも。
“喫茶店”ってだけで。
ロクに店の名前も見ないで。
バイト依頼の返信しちゃって。
それが。
その場所に行くまで。
あの“珊瑚礁”だって気づかないほどに。
混乱しきってたわたしだった――。
「1,may」 |
20070509 |