車に乗ってそろそろ1時間。
数の減らないテールランプ。
進んでは停まり、進んでは停まりの。
国道の渋滞にイライラする。
車中でかかってる音楽も頭に入ってこない。
俺は声にも出そうな、でかい溜息をついた。
わかってるんだけどな。
ここの道はいつでも混むこと。
失敗した。
高速にでも乗れば良かった。
今日に限って。
遠い撮影場所。
スタジオなら10分もすれば、家に着くのに。
マネージャーの車で帰ることを拒み。
スタッフたちの飲みの誘いも断り。
海での撮影なんて。
はばたきでいくらでもできるのに。
県内とはいえ、隣の隣の市まで。
車が空いてくれば。
もうはばたき。
見慣れた街並み。
土地勘もあるから、近道へと車を走らせる。
それでも信号に引っ掛かれば。
ハンドルを持つ左手を見る。
手首に填まる輪。
それは。
今のあいつの手首にもいる銀の輪。
途端。
顔が思い浮かぶ。
怒ったような、悲しいような。
わかってるよ。
安全運転、だろ?
そんな顔するな。
それでも今日だけは仕方ないだろ?
今日だけは。
速度を落として家の前に着く。
もう辺りは、暗い。
家に帰れば毎回そうだけど。
今日は。
今日からは、違う。
いつも以上に安堵する。
俺の家の。
玄関には灯り。
家の中も、電気がついている。
俺は笑って。
バックでガレージに車を入れる。
「――ただいま」
軽いスリッパの音がリビングから。
「おかえりなさい!」
笑顔の夏野が迎えに出た。
俺はたまらなくなって。
その後頭部を引き寄せ。
激しい、キスをした。
「んん……っ」
俺のと揃いのバングルを填めた手は俺の服を掴み。
夏野はくぐもる。
何度も角度を変えて離し。
最後に、啄むキス。
「……もう、びっくりするから」
照れたように上目遣いで俺を見る。
ああもう。
可愛くて、仕方ない。
「ご飯できてるよ」
「ん、いい匂いがする」
「あ、先にご飯でよかった?」
「ああ、だいぶ腹減ってる」
俺は上着を脱ぎ、夏野とキッチンへ。
「美味そうだな」
「今日はわたしバイトなかったから時間あってね、いろいろ作っちゃった。
ごめんね、明日からちゃんと栄養管理する」
「まぁ……俺そんなに飯で太らないから大丈夫だと思うけど……」
「う、羨ましい……」
「何か手伝うか?」
「あ、もうよそうだけだから座ってて」
席に座る。
テーブルにはサラダ。
小さめのオムレツ。
パスタを盛ってくれば。
ガーリックトーストも焼いてくれて。
かなりの器の数。
間違いなく、俺ひとりじゃこんなに並ばない。
「珪くん、今日遠いとこで撮影だって言うからもう少し遅いかと……あっ、車飛ばしてないよね!?」
「いや……ちょっとだけ」
「ダメだってば! 事故したら困るよ! ゆっくりでいいから気をつけて帰ってきて!!」
「はい……」
「ご飯もお風呂も、わたしも逃げないんだから」
最後のスープを手に。
俺の前に置けば、自分のもよそってようやく席につく。
「さ、珪くん。 食べよ? いただきます!」
「いただきます」
両の手を合わせ、スプーンを手に持つ。
ふと。
懐かしい、気持ち。
ああ、昔の思い出。
俺にもちゃんとあったんだ。
昔はこうして――。
「……珪くん? どうしたの? あ、口に合わない……?」
はっとする。
見れば夏野がしょげ気味。
「バカ……違う。 いつ以来、って思ってたんだ」
「……?」
「……帰れば家は明るくて……“おかえり”を言ってくれる人間がいて、こうしてすぐに飯が食えて……」
「珪くん……」
「ただ懐かしくて……忘れかけてて……」
「珪くん」
夏野がまっすぐに俺を見る。
「珪くん。 珪くんのお父さんとお母さんは珪くんを食べさせるためにお仕事頑張ってたんだよ。
それは、ちょっとお仕事忙しくてなかなか一緒に暮らせなかったけど。 その分珪くんは寂しい思いをしちゃってたかもだけど……」
「夏野……」
「でもね、今度はわたしが珪くんの家族になるの。
珪くんのお父さんやお母さんみたいに立派な仕事はできないけど、珪くん寂しくならないようにちゃんと家で待ってる。 待ってるから、ね」
おまえは、本当に。
たまに俺の心を見透かして。
雷を落とすようなことを言う。
それは俺の。
不安を取り除くような。
悩みなんて。
いとも簡単に取り払うような。
「……わかった。 まっすぐ帰るようにする」
「安全運転ね」
「ああ……でも今日は許せよ」
「何で?」
「今日は……“初日”だから」
夏野がほんのり頬を染めて飯を食い出す。
「……お父さんとお母さんは知ってるの?」
「ああ……連絡した」
「へ、平気かな……わたしここにいて。 何だったらどこかアパートでも……」
「ここを空き家にするのも、家賃払うのも無駄だろ?
承知してるから大丈夫だ。 ふたりとも喜んでたぞ」
今まで何回か、こいつが飯を作りに来てたことはあった。
その夜は家に帰ると送っていったり。
そのまま泊まったり。
でも、今日は“初日”。
俺が夏野にプロポーズして。
その一週間後に始めた。
“同棲”の“初日”。
今後。
この生活が。
結婚式を超えて。
死ぬまで続く。
家には灯りがついていて。
“ただいま”を言えば。
“おかえり”を言ってくれる人がいて。
飯を作っていてくれて。
「なぁ、今度のベッドなかなか寝心地良さそうだぞ」
「ベッド? あ、来た?」
「ああ、昨日。 今までの俺のベッドじゃふたりで寝るの狭かったろ?」
「広いベッドー、楽しみー!」
「いろいろできるぞ」
「いろいろ?」
「そう、いろいろ」
「………………えっち」
「……俺別にエッチなこと言ってないだろ?」
「……知らない」
真っ赤になってそっぽを向く夏野。
笑う俺。
こうして他愛のない会話もして。
そして、夜は。
毎夜抱いて眠りにつくんだろう。
家族がいればそんな当たり前。
小さいことかもしれないけど。
俺が数年間味わってなかったこの生活を。
この先何十倍にも何百倍にもして。
こいつは埋めてくれるんだろう。
「むくれるなよ……今日の飯美味い」
「……ホント?」
「ああ」
「やった!」
そしてこの笑顔。
他に生き方もあるだろう。
でも俺は生涯。
こいつのために、生きてく。
悲しませないように。
寂しがらせないように。
護って。
生きていこう――。
「under the same roof」 |
20170327 |