「ん……?」
多くの客で賑わうショッピングモール。
3階まで吹き抜けになってる1階のベンチで。
夏野と藤井。
ふたりとも脇に大きな紙袋を置き。
近くのショップで買っただろうコーヒーを片手に。
特に藤井が大きな声で談笑していた。
ああ。
今日は藤井と買い物に出掛けるって言ってたな。
俺は撮影の合間。
頼んでいたものを受け取り。
駐車場に戻るところだった。
相変わらずのふたり。
まあ。
女が複数揃えば。
話も尽きないんだろうな。
俺の頼んでいたものは。
夏野に内緒のもの。
帽子を深く被り直し。
マスクを摘まんで若干上に上げ。
そのベンチの後ろを気づかれないように。
「なっちん、最近どう?」
「ぼちぼちだねー、ケンカも絶えないしさ。 アンタんトコはどう?」
「ケンカ? ちっちゃいのはあるけど、すぐ仲直りするよ」
「あーあ、葉月は夏野一筋だからなぁ」
当たり前だろ。
ほんの些細な喧嘩はあっても。
やっぱり相手は好きな女。
いつまでもギクシャクしていたくない。
泣くのは嫌だし。
笑顔も、見たいし。
いつの間にか歩みを止め。
ふたりに背を向けながら。
ケータイを弄るフリして。
耳を傾けていた。
「でもさ、もう結婚とか考えてるの?」
「結婚!? い、いやまだ早いよ!」
「葉月から言われない?」
「い、言われないよ」
「葉月は考えてると思うけどなー」
「で、でも……珪くんは」
夏野は困ったように。
小さな声で。
「…………男の人って彼女にしたい人と結婚したい人違うって言わない?」
「へ? そう?」
「……わたしは今付き合ってもらってるけど……け……結婚ってなったら、どうなのかな……」
「夏野……?」
「ほ、ほら……わたしね、前に“ブス”って……“可愛くない”って言われたことあったから……」
「それは僻み!! アンタは全然可愛いよ!! ほら自信持って、葉月も夏野のこと考えてるよ」
「……うん、それだったらすごく嬉しいけど……でも珪くんが誰かを好きになっちゃったらそれでもいいの。
悲しいけど」
「夏野」
3階から2階を超えて1階上部まで垂れ下がる長細い巨大広告。
俺が夏野の手を引くブライダルの広告。
それを見上げながら。
夏野は遠い目をして。
「珪くんと別れて……わたしも他の誰かと一緒になるなら…………そうだね、わたしやっぱ珪くんみたいな人がいいな。
珪くんみたいな、優しい人」
ジャケットの中にあるボタンを押せば。
立体中駐車場に止めてある車のウィンカーが点滅しドアの開錠を知らせる。
運転席に乗り込み。
息苦しいマスクを取って息をついた。
数日前。
珍しくはばたきで雪が降った。
その日は俺は撮影の日。
夏野はバイトのない日。
だいたい毎度同じ時間に撮影が終わるのに。
その日に限って、いつもより時間がかかった。
夏野にメールで仕事が遅くなることを連絡し撮影に臨んだけど。
結局終わったのは夜の10時前。
車に乗り込み。
すぐさま夏野に電話した。
『今、どこにいるんだ?』
『今はね……』
夏野の返事に俺の顔色はさっと変わったと思う。
『……すぐ帰る……!』
電話を切って、エンジンをかける。
アクセルを吹かせば、タイヤが甲高い音で鳴り。
車をすっ飛ばした。
夏野に怒られるから、安全運転ではあるけど。
それでも。
早く、早くと。
俺の車のヘッドライトに気づいたんだろう。
門の前で座ってた夏野が立ち上がって。
笑って手を振る。
煩わしかったけど。
ガレージに車を入れて。
車を降りた。
『夏野……!』
『ご、ごめんね? 珪くんお腹空いてると思って少しだけ食材を……』
駆け寄って、買い物袋を持ち上げるその手を握れば。
俺の体温より、遥かに低い。
『おまえ、いつから……』
『あ、ううん。 さっき来たばっかなんだ』
嘘つけ。
冷え過ぎてる。
傘はさしてるけど。
コートにもバッグにもかなりの量の雪。
だいぶの時間が経ってると。
かなりの時間、夏野がここで待っているんだと物語っていた。
『ごめん、夏野……俺……』
『お仕事なんだもん! それは仕方ないの! わたしこそごめんね?
こんなに遅くに』
夏野は笑って。
俺に傘を差し出した。
胸ポケットから。
さっき受け取ったものを出す。
小さな紙袋。
それはふたつ。
ひとつは赤と黒の色違いのキーケースがふたつ。
もうひとつは。
俺の車のキーと一緒にいる。
鍵と同じもの。
あいつ用の
俺の家の、合鍵。
夏野。
覚えてるか?
そろそろ2月が終わる。
そしたら記念日だろ?
俺たちの。
その時におまえに言いたいことがある。
この鍵と赤のキーケースと。
おまえの指のサイズの一生の約束の、予約の証と一緒に。
残念だったな。
付き合いたい女も結婚したい女も。
俺は合致してる。
おまえの心配なんか。
いらない心配なんか、もう必要ない。
“みたいな”男じゃなくて俺が。
俺が安心させてやる。
おまえの思うようにはならないから。
だから。
だから。
もう少し、待ってろ――。
「key」 |
20170325 |