「わぁ、懐かしいね!」
三年前。
ステンドグラスの様々な色の光が降る中。
彼から告白されたここ。
珪くんに誘われはばたき学園の教会に来ていた。
卒業以来の風貌は当時と少しも変わっていない。
「思い出……いっぱいあるね」
「そうだな。 入れよ」
「え? 中に入れるの?」
「ああ、今日開けてもらった」
何か意味深な笑みを浮べ、彼は教会のドアを開きわたしを中へ導いた。
真紅のヴァージンロードを歩き、正面にあるステンドグラスの前にわたしたちは立った。
「全然変わってないね……あの頃と。 あ、本だ。
本があるよ、珪くん」
そう言って彼を見ると、真剣な眼差しでじっとわたしを見ていた。
「どうしたの?」
「……なあ、あとふたつここで思い出、作らないか?」
「……え?」
わたしはわからない顔で彼を見ると、珪くんはふっと笑って。
「……久しぶりに“お話”してやる。 来いよ」
珪くんはわたしを最前列の席に座らせる。
「『むかしむかし、ひとりの王子が……』」
わたしの膝に乗る絵本。
左隣の珪くんは空を見ながら、その内容を語る。
わたしは珪くんの低めの声に聞き惚れながら、その本を捲っていた。
わたしの王子様。
こんな素敵な人がわたしの彼氏だと、昔のわたしなら想像できただろうか。
夢みたい。
付き合って三年もたつのに。
珪くんはたぶん笑う。
“まだ慣れないのか”って。
「『クローバーの指輪を姫に……』」
どきっとした。
珪くんはわたしの左手をそっと握り親指で薬指の指輪を撫でた。
隣を見上げれば。
珪くんは語りながら既にわたしを見ていて目が合う。
小さく。
キスしてくれた。
読み終わって、本を閉じる。
「お姫様は……その後幸せになれたんだよね?」
「……ああ、ちゃんと王子は帰って来たからな。 いろんな試練を乗り越えて……姫だけを想って…………だから手に入れることができた」
「うん」
珪くんは手の中にあるわたしの手を。
更に強く、握り締めた。
「……今日は何の日だったか、覚えてるか?」
わたしは笑って。
「やだ珪くん、忘れるわけないじゃない……今日は付き合って三回目の記念日だもん」
珪くんは笑顔を失くし。
真顔に。
「俺、おまえからプレゼントが欲しい」
「あ、待って。 今日ね持ってきたんだ。 えーと……」
と、傍に置いてあるバックをとろうと動こうとするのを珪くんは制した。
「先に、俺」
珪くんがジャケットから出したもの。
「……?」
「おまえに」
「わ、キーケース! 欲しかったんだ! ありがとう!!
すごい綺麗な色じゃない? 赤くて……あれ?」
中を開くと。
既にひとつ鍵が。
「……俺ん家の鍵」
「え?」
「おまえ用の鍵。 もう俺が来るまで外で待たなくていいだろ?」
「えええええっ!? ダ、ダメだよ! 珪くん家の鍵なんか!
わたし持てない! 大丈夫、珪くん家にいなかったらわたし玄関で待つから!」
「いいから持ってろ。 だから俺が帰るまで家の中で待ってろよ」
うっすら珪くんがぼやける。
碧の瞳を細めて笑ってくれる。
嬉しい。
珪くん。
ありがとう。
泣きそうになるのが少し恥ずかしくて。
「あのね! 今度はわたし! こないだ珪くんが欲しいって言ってた……」
「夏野……まだ終わってない。 もうひとつ」
もう片手も珪くんの手中に収まる。
「夏野……俺の言うこと聞こえるか?」
「え……」
「夏野、返事」
「はい!」
「俺、もうだいぶ前に親御さんの了承は取ってある。
あとはおまえ次第なんだ」
「………………」
「二度と言わない……誰にも言わない。 ちゃんと聞けよ」
珪くんの言ってることが。
全然理解できなかった。
「後はおまえが了承してくれれば……明日、おまえの家に行く」
「……何で?」
「……おまえの親に、報告に行く」
「な、んの……?」
「おまえをもらいに」
「………………」
「……プレゼント……おまえの、これからの人生を俺にくれ」
わたしは瞳を瞬かせ、珪くんをじっと見た。
言葉が、浸透しない。
知らない国の言葉を聞いたような。
「結婚しよう、俺たち」
…………ダメ。
全然頭に入ってこない。
何て。
珪くんは。
今何て、言ったの……?
「俺、想像してなかったと思う……今の俺を…………昔の俺は」
「………………」
「かけがえのない、大事にしたいと思うものができるなんて……それは誰でも代われるものではなくて」
身体が震える。
歯がかちかちと、鳴る。
「でも今は……今も想像できてない…………おまえがいなくなる生活」
「………………」
「おまえが笑う時も泣く時も、嬉しい時も悲しい時も……俺、その隣にいたいと思ってる」
涙が。
一筋。
二筋。
「誰もいない家じゃなくて、おまえが待つ家に帰りたい……おまえの苗字変えて、一緒に暮らそう」
みっともないのを承知で。
声を上げて。
珪くんの首に腕を回し。
抱きついた。
珪くんはわたしを受け止めてくれて。
背中を擦ってくれた。
「珪くん……珪くん……」
「夏野」
「……わたし……わたしでいいの? もっと他に……素敵な人」
「おまえじゃなきゃダメだって、言ってるだろ?」
「……珪くん……わたし…………わたし、夢……見てた」
珪くんの髪の匂い。
わたしの好きな、いい匂い。
「珪くんのお嫁さんになりたいって……思ってた…………でも、わたしなんかがそんなこと思ったら、きっと……バチが当たっちゃうんだって、思って……」
「………………」
「珪くん、には……もっともっといい人が、いると思って……」
「その素敵な人だのいい人だのが、おまえなんだろ?」
「え……」
「俺にとっての一番がおまえなんだ……今までもこれから先も。
俺の予感は当たる……知ってるだろ?」
珪くんはわたしを離し。
涙を拭ってくれる。
左手の薬指から。
珪くんにもらったクローバーが外され、右手薬指に。
跡のついた左の薬指には。
きっと珪くんが作ってくれた。
新しい、石のついた綺麗な指輪。
「……幸せにしてやる」
「珪くん……」
「大学卒業したら……すぐ結婚しよう」
「…………はい」
返事の後に肩を抱かれ交わされた口づけ。
何度も何度も、角度が変わる。
ねぇ珪くん。
わたし今。
すごく幸せ。
死んじゃうんじゃないかっていうくらい。
幸せ。
「わたしも……珪くん幸せにする」
「期待してる」
「ずっと……傍にいてくれるの……?」
「ああ、ずっと」
「じゃあ、長生きしてくれる……?」
「おまえもな」
「……好き。 大好き」
「……俺も」
またひとつ、キス。
「……今のひとつ目……?」
「ああ」
「じゃ、ふたつ目は……?」
珪くんは自分の額をわたしの額につけ。
瞳を閉じて優しく、笑った。
「――この教会で、式を挙げよう」
「can’t live without you」 |
20170325 |