「わあ、いい旅館ね!」
2年生には進路別のクラス分けはないため、今年偶然にも一緒のクラスとなった仲良しの奈津実、珠美、志穂、瑞希と共に旅館の一室に入る。
窓の外は古都の雰囲気満載の景色で。
この日を何日前から待ちわびていたのだろう。
高校生活にたった一度の、修学旅行。
「やっぱいいよねぇ、京都って」
「うん、明日の団体行動楽しみー」
「夏野は団体行動より明後日の自由行動でしょ? 楽しみなの」
夏野は目をぱちくりと。
「え? 楽しみだけど……何で?」
「だって葉月とでしょ?」
「ほえ? 何言ってるのー? みんなと一緒に……」
「一応この5人でって事にはなってるけど、夏野ちゃん、葉月くんに誘われたら一緒に行っていいからね」
「ええ、無理しなくてもいいわ」
「んもう、ミズキなんかこの辺詳しいんだから。 残念ね、樋渡さん、ミズキと一緒じゃなかったら」
「ちょ、ちょっとー!」
今朝新幹線で京都までやってきた。
朝寝坊した葉月。
興奮して寝られなかった夏野とは別に、こんな日でも寝坊だなんてと夏野は笑った。
葉月はクラスの女の子の隣の席だった。
夏野とは通路を隔てた同じ列の窓側。
反対側の同じ窓側に座る夏野は隣の瑞希に話しかける度に気になって葉月の方ばかり見てしまう。
隣の子に話しかけられても葉月は乗車してから下車するまで始終寝ていたわけだが。
――そんな事あるわけないじゃん……。
夏野は心の奥でそう思う。
制服から体育着に着替え食事の時間を迎える。
旅館も素敵だったが料理も豪華で、とても美味しかった。
風呂の時間も終え、部屋に戻り5人でおやつを食べたりトランプをしたりして。
食事の時間でも風呂の時間でも。
葉月を探してしまう夏野は自分で相当重症だな、と。
苦笑していた。
翌日、団体行動。
学校で決めた各観光名所を回る。
初めて来た京都。
本や教科書やテレビで見る寺院ばかり。
思わず興奮する。
京都御所や清水寺、大徳寺、渡月橋。
氷室一押しの学問の神様が祀られてる北野天満宮など。
一日かけて京都中を回り、再度旅館に着いた。
バスから降り部屋に行こうと歩いていると。
ロビーで葉月が女の子と話をしていた。
他のクラスの女の子。
髪の毛がカールしてて目鼻立ちのはっきりした可愛い子。
俯きながら話す。
葉月は無表情でその彼女に対し二言三言話をしてこちらに向かってくる。
夏野に気付く。
「ああ、なんだ、どうしたんだ?」
「え? あ、うん……」
夏野は少しショックを受けた。
女の子達に囲まれることはあっても。
女の子と二人きりな葉月を見たことなかったから。
よくよく考えれば葉月はモデルな訳で。
だからモテるのは当然の事。
同級生でも上級生でも下級生でもほとんどの女生徒に葉月が人気があるのは知ってる。
でも、ああも目の当たりにすると。
何だかああいう子が葉月にはお似合いなのかなと。
やっぱり自信を失くしてしまうのは、自分だけなのだろうか?
「……何だよ?」
「う、ううん……珪くん、あの子……いいの?」
「あの子?」
「今……」
葉月は思い出したかのように、ああ、と。
「明日の自由行動一緒に行こうって言われたんだけど……」
ああ……そうか……。
やはり葉月と一緒に回りたい女生徒なんて自分だけじゃない。
高校生活最初で最後のメインイベント。
それに賭けてる女の子だって沢山いる。
それは自分もそう。
だけど。
――そうしたら……わたしはいつも珪くんのそばにいたりしてるもんね……みんなはできない事してるんだ……デートしたり一緒にお昼食べたり……なら。
今回自分は身を引こうと。
諦め俯きながらとぼとぼと葉月の後ろを歩いていると。
後ろから声を掛けられた。
守村だった。
「あの、樋渡さん」
「あ、守村くん」
葉月もそれに気付き振り返る。
「明日……よかったら僕と一緒に回りませんか?」
「え?」
「ああ、僕明日誰とも回らなくて……」
「あ……あの」
ちらりと葉月を見る。
葉月は近くの自販機でジュースを買っている。
「あの、ね……わたし明日志穂ちゃん達と回ることになってるんだ。 だからみんなで一緒に行かない?」
「え? ええ……」
守村は少し考えてから。
「あの、樋渡さん……やっぱり僕園芸部の友達と行きます」
「守村くん?」
「いいえ、本当にすみませんでした。 では」
言って守村は走って廊下の階段を上がる。
「行っちゃった……」
「………………おまえと二人で行きたかったんだ、あいつ……」
「わたしと?」
「……そう」
「なんでだろ? わたし京都詳しく見えたのかな? 全然知らないんだけど……あ、守村くんが詳しいから知らなそうなわたしを誘ってくれたとか?
守村くん詳しそうだもんね」
葉月はがっくり肩を落とし、大きく溜息をつき頭を振った。
「……分からないのか? あいつおまえの事……」
「え?」
「いや……なんでもない」
手に自販機で買った紅茶を持って葉月は言う。
「おまえ……明日、有沢とかと回るのか?」
「うん、そういう話になってるんだけどね……」
葉月とは回れない。
そう思っていたから、明日は志穂たちと回ろうと。
「さっき藤井が……おまえの事明日誰とも回らないって言ってきた、俺に」
「なっちんが!?」
「ああ」
「んもう! なんでそんな事言うかなー!?」
「……だから……おまえを誘おうと思ってたんだけど、俺」
「へ?」
ものすごい間抜けな顔をして葉月を見る。
「藤井たちと回るならそれでいいんだけど……」
「あ、あの……その……」
いきなりの誘いにビックリしてあたふたするが。
先ほどの女の子を思い出して。
「さっきの女の子と……一緒に行くんじゃないの……?」
「………………ああ、さっきのか? 断った」
「え? なんで?」
「名前知らないし……」
夏野はその答えにちょっと呆れる。
「珪くんってそんな基準なの? 女の子」
「違う。 それに……」
「……?」
「最初から…………誘おうと思ってたから」
「え?」
周りがざわめいていて。
葉月の声が小さくて。
夏野にはよく聞こえなかった。
「もういい、それは。 どうする?」
「えーと……」
「分かった。 もし行けるなら、メールしろよ」
「メール?」
葉月は制服のズボンから携帯を取り出して、操作した。
夏野は葉月の携帯を渡されるとディスプレイにアドレスが表示されていた。
「これ……」
「俺のアドレス」
「いいの? 教えてもらっちゃって……」
「これにメールよこせ」
夏野は自分の携帯の葉月の項目にアドレスを入力した。
見ればアドレスは英数字が混ざった意味も持たなそうなでたらめなアドレスだった。
もしかして。
「珪くん、このアドレス……意味あるの?」
ちらっとわたしの手の中の携帯を見て。
「全然ない。 めんどくさい、変えるの」
ストラップのついてない携帯も。
契約時のアドレスそのままなんてのも珪くんらしいなと、夏野は少し笑った。
折角教えてもらったメール。
ちゃんと合ってるか何度も何度も自分の携帯に入力したアドレスを確認する。
「はい、ありがとう。 じゃあメールしちゃうね」
「ああ」
男子と女子の部屋の階が違うので葉月とは階段で別れた。
階段を登ろうとして夏野は思い出したかのよう。
「あ! 珪くん、わたしと行けなかったらどうするの?」
廊下を歩いていく葉月に声をかける。
葉月は振り返り、少し考えて。
「行けなかったら……一人で行くだろ。 レポートの提出あるからな」
「う、ん」
「行けなくても気にするな」
笑って葉月は自分の部屋に向かう。
そんな葉月の白いワイシャツの背中を見ながら。
夏野はどうしようと悩みながら部屋に戻る。
「夏野! 葉月に誘われた!?」
「な、なっちん! 何であんな事……」
「だってさ、せっかくの修学旅行だよ? 思い出づくりしたいじゃん」
「それは……そうだけど…………でもみんなと……」
「大丈夫だよ、夏野ちゃん。 夏野ちゃんは友達粗末にしないコだもん」
珠美が間に入る。
「もう、ホーント残念ね樋渡さん、ミズキと行けなくて」
「諦めなよ、須藤。 夏野と行きたかったのは分かるけど……」
「な……! いつミズキが樋渡さんと行きたいって言ったのよぅ!」
まあまあと珠美と志穂が瑞希をなだめる。
「い、いのかな……?」
「いいっていいって。 ちゃんと報告はしてよね?」
ししし、と奈津実が笑った。
「ありがとう」と夏野は早速携帯を開いた。
先ほど聞いたアドレスにメールを送る。
『明日、わたしと行ってくれるかな? 夏野』
送信する。
葉月に初めて教えてもらったメールアドレス。
自由行動一緒にできなくてもいい。
もうこれだけでも修学旅行の思い出ができたようで。
5人で夕食までと雑談してると。
夏野の携帯がメールの着信を知らせた。
ちゃんとアドレスが合っていた事に安堵する。
絵文字も使わない、簡潔なメール、だけど夏野にはひどく温かかったメール。
『わかった。 明日9時ロビーで待ってる。 寝坊するなよ』
「with me」 |
20050204 |