「樋渡せんぱーい!!」

 

振り向けばここは2年生の階なのに、1年生の日比谷くんが手を振ってこちらに向かっていた。

今年新入生として入学した日比谷くん。

人懐っこくてカワイイ後輩。

 

「どうしたの? 野球部の先輩に会いに来たの?」

「先輩! 今度の日曜ジブンと臨海公園に行きませんかっ? あそこに三原先輩の作った像があるらしいんスよ、見に行きましょうっ」

「え……あー……次の日曜……あのね、ちょっと用があって……」

「えー、そんなんスかー?」

「どうしても空けられなくて……ごめんね?」

「……しょうがないッスよね……じゃあ今度是非ジブンと行って下さい!」

 

しょげた顔をして日比谷くんは帰ってしまった。

あーあ……日比谷くんに悪いことしちゃったな……。

でも……ごめんね日比谷くん。

どうしても、わたしにはどうしても珪くんからの先約を断るわけにはいかないんだ。

普通のデートはもちろんだけど。

今回は。

珪くんの家。

この間初めて誘われた。

デートスポットとかじゃない誘い。

 

『いつもどこか行ってるし……たまにはいいよな。 俺の家……来いよ』

 

 

 

珪くんの家まで徒歩で20分ほど。

高台の住宅街の中にある珪くんの家。

珪くんに連れられて階段を登って珪くんの家まで辿り着く。

 

「あ、何のおかまいもできませんが」

 

真面目な顔して言う珪くん。

思わず笑ってしまった。

中に入るとすっきりとしたリビングがわたしたちを迎えてくれた。

 

「俺の部屋、二階」

 

珪くんの部屋に通される。

「ちょっと待ってろ」と珪くんは一階に下りていった。

しっかりと片付けられて、いろいろごちゃごちゃしてるわたしの部屋とは大違い。

男の子の部屋ってもっとこう物が乱雑に置いてあるイメージがある。

尽の部屋なんかゲームのソフトが散らばってていつもお母さんに怒られてる。

ジュースを持ってきてくれた珪くんにお礼を言って。

 

「珪くんの部屋って綺麗ね」

「そうか? あんまり物も買わないから……置くものもないし」

「ううん、シンプルで素敵」

「ああ、サンキュ。 なんか……聴くか?」

「珪くんって何聴くの?」

「バイオリンの曲かな? たまにしか聴かないけど……」

「バイオリン? すごいねぇ」

「親の影響なんだ。 俺の母さんバイオリニストだから」

「へぇ! びっくり! 全然知らなかったよ〜」

「まあ……言わなかったからな」

 

プレーヤーにCDをセットし再生する。

静かにバイオリンの旋律が流れ始める。

 

「珪くんは弾かないの?」

「俺? ああ、昔やってたな……久しく触ってないけど」

「わぁ! すごい!! じゃあ今度聴かせてくれる?」

 

珪くんは少し瞳を見開いてわたしを見た。

 

「聴きたいのか?」

「うん! だってわたし生で聴いたことないんだもん」

 

珪くんは笑って。

CDを止めた。

クローゼットの中から茶色い箱を取り出す。

バイオリンの形をしたそれ。

中から取り出し、弦を調節して。

 

「え? 今弾いてくれるの?」

「練習曲でいいか?」

「うん!」

 

肩に乗せたバイオリンにそっと顎を添え、静かに目を閉じる。

一気に弓を引く。

とても綺麗な高い音が奏でられた。

なんて素敵な音色なんだろう。

一度聴いたら忘れられない、引き寄せられるような音色。

珪くんは演奏に集中してる。

すでにその世界に入り込んでいた。

わたしも目を閉じてその世界に溶け込む。

少しでも今の珪くんと同じ思いを感じたいから。

演奏が終わって珪くんがバイオリンと弓を下ろす。

 

「珪くん……すごい…………」

「……そうか?」

「すごいね、よかった!! 本当にありがとう、わたし感動しちゃった!」

「……すごくない。 悪い……俺、久しぶりだったからあまり上手く弾けなかったかも」

「ううん、珪くんすごい! はぁ……珪くんって何でもできちゃうんだな」

「俺が……?」

 

バイオリンをケースに入れながらびっくりしたようにわたしを見る。

 

「うん、珪くんは何やってもこなせちゃうんだもん、ズルイよ」

「バカだな……」

 

珪くんは呆れたようにバイオリンを元の場所に戻した。

 

「俺にだってできないことなんか沢山ある」

「珪くんにも? だって勉強だって出来るし、運動神経だって抜群だし、モデルさんだし、それに」

 

隣に座りわたしをじっと見つめる。

逸らさない。

は、恥ずかしい……。

あまり見つめられると……。

 

「あるに決まってるだろ」

「そ、そうかな……」

「…………どうしてもできないことがある……いつかはしなきゃいけないことだけど、な……」

「え?」

「だからおまえが羨ましい」

 

わたしにはその笑顔の意味が分からなかった。

 

「分からなくていい」

 

わたしの気持ちを見透かされたようで、ちょっと恥ずかしくなった。

珪くんはいつだってわたしより大人で、いつも一歩先の事を考えたりしてる。

だからたまに珪くんの言う事が理解できない時がある。

 

「でも、やっぱり珪くんはスゴい」

「…………そんな事ない」

「珪くんのバイオリン、好き!」

「………………」

 

………………。

………………?

あ、れ?

照れた……? 顔が赤い……。

 

「……頼むからそんなに見るな。 あと軽々しく『好き』とか言うな」

 

そっぽ向いて口を尖らす、まるで子供みたいだ。

 

「珪くんってスゴいけど、可愛いね!」

「……『可愛い』も言うな……」

 

こういう時の珪くんってやっぱり可愛いな。

 

「また聴かせてもらってもいい?」

「………………」

 

まだ拗ねてるのかな?

 

「………………」

 

相変わらずわたしから目を逸らしながら。

 

「今度……ちゃんと練習して完璧に聴かせてやる……おまえだけに聴かせてやるんだからな、他のヤツに言うなよ」

 

 

 

 

 
「violin」
20050404



家にストラディバリもないし(あってたまるか)とにかく資料がなさすぎ(泣)
創作も何だかよくわからんし……今回ばかりは平謝りです……。










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