授業が始まって2日目。
葉月は自宅への帰路についていた。
今日は仕事もないから、家に着いたらとにかく寝ようなんて、そんな事を考えながら学校近くのなだらかな坂を下っていくと。
葉月の10m先で立っている。
見慣れた、というかどこかで見たことのある顔。
何となく。
ただし、それはランドセルを背負っている“小学生”だった。
小学生に知り合いはいない葉月はその傍を通り過ぎようとした時、“小学生”が話しかけてきた。
「なあ、おまえ葉月だろ?」
生意気そうなその“小学生”は馴れ馴れしく葉月に問いかける。
葉月はぴたと立ち止まり、この上ない冷たい視線を“小学生”に投げつけた。
「………………誰だ?」
“小学生”はやっぱりそうだ!やっぱいい男だよな〜と言うとポケットからメモ紙らしきものを取り出し、葉月に差し出した。
「これ。 電話番号」
「………………」
「あ、言っとくけど俺のじゃないよ」
「………………」
じっと男の子と紙切れを交互に見やって、ようやく葉月は口を開いた。
眉間にシワを寄せてものすごく不機嫌な顔で。
「…………意味がわからない……」
男の子は笑顔で、
「かけてみてよ! 絶対損はないと思うよ! あ、そうだ。 俺あんたのこと一目置いてるんだ、いい男だからな。
だからいつか俺、葉月みたいないい男になるんだ」
状況が飲み込めていない葉月が取り敢えず差し出された紙切れを受け取ったのを確認し、男の子は言うだけ言って走り去った。
途中、振り返りながら、
「葉月ー! 絶対かけろよー!! おまえの一生かかってるかもしれないぞー!!」
しばらくじっと自分の手の中にある紙に書いてあった番号に目をやる。
そうして、自分の鞄から携帯電話を取り出し、少々不振に思いながらその番号にかけてみた。
機械的な発信音が耳に響く。
3回ほど鳴ったとき、ぷつっと発信に成功した音が聞こえた。
「……もしもし」
『はいはい』
聞き覚えのある声。
もしかして。
「……誰だ?」
『え?あの、』
一瞬間をおいて、つい最近聞いた名前が耳に飛び込んできた。
『樋渡夏野ですけど……』
「………………」
『………………』
ビックリした。
それでも。
なんとか、今の自分の気持ちを悟られたくなくて。
ちょっとした、ウソをついた。
「あぁ、入学式の時……。 あ、俺、葉月」
『葉月くん!? どうしてわたしの番号番号を?』
「いや、なんか、通りすがりの小学生に番号渡されて……」
『へ、へぇ〜、不思議だね!』
「………………」
しばらく沈黙が続き、取り敢えず電話を切った。
「……じゃあ、また」
『うん、じゃあね!』
切ったあと、葉月は携帯を見ていた。
入学式にぶつかってきたあの女の子とは、同じクラスだった。
“葉月”と“樋渡”。
苗字が近いから、席も偶然隣同士。
『あ、さっきはゴメンネ。 痛かったでしょう? わたし、思いっきりぶつかったから……』
そんなこと言って少ししょげてたっけ。
気にしてないと無愛想に言ったつもりだったが、笑ってくれたっけ。
でも、それからは一度も話していない。
自分が転校生同然だから友達を作るのに必死なのか。
俺がこんなんだから他の奴等と一緒で遠巻きに人を見てるのか……。
あいつの番号だったんだ……。
これからかかってくることはあるんだろうか……?
これから俺からかけることはあるんだろうか……?
しばらく自問自答して行き着いた答えは。
リダイヤルのボタンを押して、名前が表示されないその番号を見る。
ピ、ピ、ピと機械音を鳴らし、彼はその番号に名前をつけた。
『樋渡 夏野』
これでほんのちょっとだけ、本当にちょっと距離が縮まったことをあの“生意気”にほんのちょっと、本当にちょっとだけ感謝し、葉月は今度こそ帰路についた。
「こらぁっ!! 尽!!」
勢いよく自分の部屋のドアを開ける姉にビックリした夏野の弟――樋渡 尽はきょとんとして姉を見る。
「ど、どうしたの? ねえちゃん」
「どうもこうも……アンタ葉月くんにわたしの電話番号教えたでしょっ!?」
「マジで!? やった!! 本当にかけてきたんだ! よかったな、ねえちゃん!!」
「よ……よくないわよ! ビックリしたんだから!! 教えなきゃダメじゃない!!」
「そんなこと言ってねえちゃん、本当は嬉しいんだろ〜。 顔にそう書いてある」
弟に口では勝てず、完敗気分で部屋を後にした。
傍目からでも分かるほど真っ赤にした顔をして。
携帯を見て夏野は、
「そうだ。 これを機会に葉月くんとお友達になろう!」
と、携帯の電話帳に登録をし始めた。
「telephone number」 |
2004315 |