もう何回目かな。
珪くんのお家にお邪魔するの。
なんだか慣れちゃいそうな気がしないでもないんだけど。
珪くんは階下にいて珪くんの部屋にはわたし一人きり。
「あ」
ちょっと殺風景だったこの部屋に。
わたしがクリスマスに渡したガラスの一輪挿しが窓に置いてあり。
白い水仙の花が挿してある。
「珪くんちゃんと使ってくれてるんだ」
珪くんのお部屋に花を飾ってもらいたくて。
提案したら意外にも賛成してくれた。
なかなか買ってあげられなくて。
でもいい機会だからと。
パーティーでプレゼント交換に出さなくて。
珪くんに直接渡したものだった。
なんか子供みたいだ。
言うこと聞いてくれて。
クリスマス。
楽しかった。
珪くんが見せてくれた大きな観覧車のクリスマスツリー。
とても綺麗で。
ずっとそれから目が離せなかった。
一昨年見つけてわたしに一年も黙ってた珪くん。
なんか。
とても可愛くって。
「ふふ」
「何ニヤニヤしてるんだ?」
ちょうど珪くんがトレイにジュースとお菓子を乗せ。
下からやってきたとこだった。
「へへ、なんでもないもーん」
「……ヘンな奴」
ふと。
一輪挿しの横に置いてあるエアメール。
そう言えばお母さんがバイオリニストで海外へ行ってる話を聞いた事があった。
お母さんからかな……?
そしてその下に挟まれてる写真にも気づいた。
ちょっと古そうな写真。
小さい時の珪くんが写ってたりしてね。
振り返れば珪くんはテーブルに置いたグラスにジュースを注いでる所で。
こっちを見ていなかったけど。
見ちゃ……まずいもんね。
「どうした? 座れよ」
「うん、ありがと。 ……あと卒業まで2ヶ月ないね……」
「ん? ああ」
卒業、か。
……どうなっちゃうんだろうな。
わたしたち。
ずっと。
ずっと一緒に遊んだりできるのかな……?
ずっと…………一緒に。
だからそのためにも。
「もう少ししたら勉強始めるか」
「うん」
受験を頑張ろうって。
今日は珪くんに勉強を教わりに来た。
「ねぇ珪くん。 珪くんのちっちゃい時ってどんなカンジだったの?」
「………………」
「…………?」
「……俺の……?」
微妙に眉を顰める。
あ、れ……?
なんか……まずい事聞いちゃったかな……。
「俺は……普通の子供だったろ」
「へへ、きっと可愛いコだったんだろうなぁ。 アルバムとかないの?」
「アルバム……見たいのか……?」
「え……あ、う、うん……ちょっと見たかったなと思って……ダメ、かな……?」
珪くんの表情が徐々に沈んでくる。
「また……そのうち…………」
「そ、そっか……」
わたしは単純に小さい頃の珪くんが見たかっただけだった。
他意はなかった。
だけど……。
なんだか……。
その話には触れられたくない。
そんな感じがして。
一口ジュースを飲む。
続く沈黙。
耐えきれなくなって。
「ね、ねぇお母さんすごい人じゃない、お父さんは何をしてる人なの?」
「…………父さんは建築家で今アメリカにいる」
「珪くんのご両親って本当にすごいんだね……」
「………………」
「なんかわたしたちと世界が違うなぁなんて」
「………………」
途端、珪くんの部屋の電話が鳴り出した。
ひとつ溜息をついて立ち上がり、ベッドの枕元にある電話の受話器を取る。
「……はい」
ちょっと沈めに電話に出る珪くん。
電話……嫌いかな?
わたしとの電話、そんな感じしなかったんだけど……。
「ああ……ちゃんと食ってるよ……ちゃんと生活はできてるから………………そんなに心配しなくてもいいよ……もう18なんだから………………今忙しいでしょ? いいよ、電話は………………ああ、分かってる、じゃあ……」
そう言って珪くんは電話を切ってわたしの隣に戻ってきた。
「……家族の人?」
「……ああ……」
「……なんだか素っ気無いね……」
「…………そうでもない、いつもこんな感じ」
「でも珪くんのご両親っていつも忙しいんだね。 珪くんはずっとこの家に一人でいるの?」
「……ああ、ほとんど一人だな……滅多に帰って来ない」
思い出した。
一昨年の文化祭に珪くんは屋上で家族の人と電話で話してた。
今年は帰って来ないって。
あれはお正月の話だった。
あの年の元旦はわたしと初詣に行ってくれたけど…………それからずっと一人でいたの?
「珪くん……寂しくない……?」
「いや……もう慣れた」
「……本当に?」
珪くんの表情が曇る。
「でも珪くんの家族の人は寂しがってない?」
「………………」
「だって珪くん一人っ子で兄弟もいなくて、ちゃんと生活できてるのかなとかちゃんとご飯食べてるのかなとか」
「…………俺は子供じゃない……」
「だけど…………」
「もう、いいだろ。 その話は」
珪くんに制された。
その言葉は誰もが入り込もうとするのを拒むほど強い力で。
さっきまで和やかに漂っていた雰囲気が少し。
また少しと。
沈黙の時間を増やしていった。
珪くんは長い睫毛を伏せ目線を逸らし、テーブルのグラスに口をつける。
それは。
わたしが見てもとてもせつない笑顔の珪くんの横顔だった。
理由は分からない。
けど。
聞いちゃいけないことだった。
それだけは分かった。
でも……わたしは。
「珪くん……ずっとそうなの? 何があったとか、話とか……しないの?」
「………………」
「きっとご両親だっていろいろな話したいんじゃないのかな……?
珪くんだって寂しいはずだもん」
「………………」
「珪くんのお父さんもお母さんも珪くんの事が心配で電話をくれるし……素直になろうよ、珪く」
珪くんは飲んでたジュースをテーブルに思いきり叩きつけ。
眉間に皺を寄せ私を睨んだ。
「だから、おまえに関係ないことだろ!?」
――初めて見た珪くん、だった。
……怖かった。
そう。
確かにわたしには関係のないこと。
わたしが首を突っ込むことじゃないこと。
それは分かってる。
お節介。
そうだよね……。
「……帰るね」
わたしは自分のバックを持って家から飛び出した。
振り返る事もしないで走って帰った。
せっかく珪くんの家にお呼ばれされたのに……わたし……最低かも……。
もう誘いなんてないかもしれない……。
それでも、珪くんにはもっと素直になってもらいたくて……。
きっとご両親は寂しいに決まってる。
きっと珪くんだって寂しいに決まってる。
ごめんね、珪くん……。
わたしでよかったら……いろいろ話してほしかったんだ。
興味本位とかじゃなくて。
珪くんが言ってすっきりすることがあったらって。
だってね。
わたしには家に帰ると尽もお母さんもいて、夜になればお父さんが帰ってくる。
一緒に食事して他愛もない話をして。
尽とケンカになればお母さんが間に入ってくれて。
早くお風呂に入りなさいとお父さんに言われ。
でも珪くんは。
こんなに大きい家にお父さんもお母さんもいない。
一人ぼっちで、どんな思いでここにいるんだろうって。
いつもわたしは珪くんを頼りにしちゃってるから、たまには珪くんがわたしを頼りにしてほしい。
そう思ったんだ。
だけど。
これって自信過剰だったよね……?
彼女でも何でもないのに。
珪くんにはわたししかいないだなんて。
つけあがって。
本当に。
最低。
わたし。
本当にごめんなさい。
珪くん。
嫌な思いさせちゃったよね……。
もう。
ダメ、かな……。
嫌われちゃったのかな……。
さっきまでお日様が出てた天気。
それが今はもう今にもう雪が降りそうな雲に覆われてる。
わたしの気持ちみたいだ……。
本当なら今頃CDを聴いて。
楽しく話をしてるはずなのに。
珪くんに勉強を教えてもらってるはずなのに。
走るのを止め。
地面に落ちる自分の涙を見ながら。
ひとり。
わたしは家まで帰っていった。
「sorrowful green」 |
20060703 |