「毎度ありがとうございまーす、ALUCARDでーす!」
その声で緊張していた室内がざわめきだした。
「ふーっ、じゃあ休憩! 15分後再開ねー」
「毎回毎回ありがとうねー、ここのコーヒー美味くてね」
「毎度ごひいきありがとうございます!」
「あ、俺カフェオレ。 ある?」
「はい、ちゃんとご注文通りです」
「君が淹れてるの?」
「はい!」
「めちゃめちゃ美味いんだよねぇ、前より全然上手になったよ」
「わあ、ありがとうございます!!」
本当につまらなかった。
正直辞めたい時期だってあった。
見世物のような仕事。
俺はそんな人間じゃないんだ。
そう、ずっと思ってた。
そんな中去年、喫茶店にバイトで入った時からあいつが出前をするようになった。
つまらなかったバイトもあいつが来るようになってから楽しいものに変わった。
今の俺は。
お前のコーヒーが飲めるから……お前に逢えるからこうして嫌なバイトも続けてられるんだ。
ここのスタッフとも仲良く話す夏野。
あいつの人徳なんだろうな。
話に花が咲いていて、俺の入る隙がない。
仕方なく近くのパイプ椅子に座る。
あいつと一番初めに話せないのは悔しいけど。
まあ、こうして声を聴いてるだけでも。
こうして同じ場所で同じ空気を吸えるだけでもいいんだけど。
「あ、ちょっと失礼します」
人垣から逃れた夏野は真っ直ぐ俺の所にトレイを持ってやってきた。
「はい、珪くんの」
「……モカ?」
「モカ!」
白い歯を見せながら差し出すコーヒーを手に取り、少し息を吹きかけてから一口飲んだ。
スタッフの言うとおり。
夏野の淹れるコーヒーは本当に美味い。
最近は陽がのびたといってもまだ寒い日が続くから。
早めに仕事が終わるとALUCARDに寄ってはコーヒーを飲んで体を温めてから帰る習慣になっていた。
夏野の、仕事してる姿も拝めるし。
俺の特権かも。
「今日……早いのか?」
「うん? 今日はそんな遅くないと思うよ?」
「今日俺も早く帰れるかもしれないから……一緒に帰るか?」
「え? 本当!? やったー!」
「ふふふ……『激写! 葉月珪、恋人とのツーショット』ってトコかな? あ、ちょっとセンス悪いか」
カメラのファインダーを覗いた森山さんが話しかけてきた。
「……そんなんじゃないですよ……」
「またまたぁ〜、いいカンジな二人だよ?」
「…………カメラマンの森山さん」
「は、初めまして。 隣のALUCARDで働いてる樋渡……」
「夏野ちゃん、だよね?」
「え?」
森山さんはコーヒーを手に取り目を細くして笑う。
「有名だよ、君。 君がいる時のこいつはいい表情するんだよなぁ」
「え?」
「なんていうか……俺たちに見せないような顔したりするんだ」
俺は途端手で口を覆った。
………………知らなかった。
俺、そんなに露骨に顔に出てたか?
全然そんなつもりもなかったんだけど……。
……ちょっと恥ずかしいかも……。
「君といれば笑顔も多いし、帰った後も生き生きとした表情で写ってくれる。
君は恋人じゃないの?」
「へっ!? い、いいいいや、ちっ、違いますっ!」
「どう見たって恋人同士なんだけどなぁ……」
本当にそうだったらどんなに嬉しいだろう。
うまくいかないからこうして苦労してんだ。
恨めしそうに森山さんを見てやった。
「おっと、王子様お怒りかな? ははは、じゃあお詫びだ。 そこに二人並びな」
「え?」
「撮ってやるよ。 ほら、俺の気が変わらないうちに」
俺たちは顔を見合わせた。
夏野も何だか顔がほんのり赤い気がする。
俺も……ちょっと火照った感じもする……。
「……撮ってもらうか? せっかくだし」
「え? い、いいのかなぁ……お仕事中だし」
「ほらほら、四の五の言わないの!」
仕方なく俺と夏野で並んで写真を撮ってもらった。
見慣れたはずのフラッシュが眩しくて、いつまでも目の裏に焼きつく。
「いいねぇ、君一度モデルしてみない?」
「は、はいっ!?」
「いやね、いい表情してるんだよ。 普通さがとってもいいね」
「……こいつにはムリです」
「あはは、でも考えといてよ」
言って森山さんは空のカップをテーブルに置き、持ち場へ戻っていった。
「ちょ……ちょっと恥ずかしいね……モデルだって。 ムリに決まってるのにね」
「いや……そうじゃなくて」
「じゃあ、珪くん。 わたし行くね」
「ああ」
「わたし帰り待ってるね」
「……ああ」
手を振って別れる。
夏野は冗談にとってるようだけど。
森山さんならいつか実現しそうで怖い。
お前の顔が売れたら困るのは俺。
これ以上変な男に近寄られるのは本気でごめんだ。
だから、俺はお前をものにしたいんだ。
今のこの友達みたいなそれ以上みたいな曖昧な関係じゃなくて。
ちゃんと俺の恋人だと、胸を張って言ってやりたい衝動にかられる時がある。
でも……それはいつかでいい。
まだ自分に自信がない。
お前の中の俺はどんな俺なのか。
「珪くーん、始めるよー!」
手で持て余してたカップを置き、立ち上がってカメラの前に立つ。
取り敢えず、一番近い約束から片付けていく。
帰りを楽しみにしてる。
その思いを今度こそ何とか森山さんにバレないように。
綻びそうな口元を俺はきつく締めた。
「someday」 |
20050425 |