春休み最後のお休み。
珪くんからデートに誘われた。
できて一年近くになるビリヤード場。
前からビリヤード得意なの聞いてたけど、二人で行くのは初めて。
珪くん上手いんだろうな。
だって何してもこなせてるんだもん。
大丈夫かな……? わたし初めてなんだよね、ビリヤード……。
珪くん呆れちゃうかな? できなかったらもう誘ってもらえないかな?
でもせっかく誘ってもらえたんだから、ヘマなんかしないように頑張ろう。
そう思いながら、はばたきの駅前まで歩いていく。
ああ、今日は暖かいな。
空も雲が少しあるくらいで、殆ど快晴に近い。
珪くんはずっと前からわたしより早く待ち合わせ場所に来る。
だからわたしも遅れないように。
今日は30分前に家を出た。
これくらいならわたしのほうが早いよね?
呑気に鼻歌なんか歌いながら駅の改札口まで来ると。
すらっとした長身のその人が待っている。
「え……? ウソ!」
わたしはびっくりして走る。
「おはよう! ごめんねー! け、珪くん、また待たせちゃったね」
見ればまだ約束の時間の10分前。
まだ余裕だななんて悠長に歩いてきちゃったから。
わたしはひどく慌てた。
「おはよう。 いや……俺、おまえ待ってるの嫌いじゃないって言ったろ? ほら、行くぞ」
歩き出した珪くんの後を追う。
何気に見た珪くんの背中。
いつも思う。
大きくて広い。
お父さんも男の人だから広いんだけど。
こうして見るとやっぱり珪くんは男の子なんだな。
そんな珪くんの背中ばっか見てたから、急に立ち止まった珪くんの背中にドンッと顔から突っ込む。
「あいたたた……」
「……何してんだ?」
「あ、あははははっ、ごめん、なんでもない」
ボーリング場について、早速キューとボールを借りる。
「じゃあ……ナインボールでいいか?」
「……? ナインボール……?」
「ナインボール」
「………………ねぇ、珪くん……わたしビリヤード分からなくて……教えてくれる?」
おずおずと珪くんに問う。
呆れちゃったかな……?
でもわたしの予想と反して。
珪くんは静かに笑った。
「俺の思ったとおり。 いいよ、教えてやる」
「思ったとおり?」
「おまえ、できないと思ってたから」
どうせできませんよと。
ふくれてそっぽ向くと。
珪くんはポンポンと頭を優しく叩きながら。
「冗談。 ちゃんと教えてやるから」
そんな珪くんをすぐ許してしまうわたしって単純だよね。
「まずブレイクショットから……」
珪くんはとても丁寧にわたしに教えてくれた。
活動的なデートってあんまりしたことなかったから新鮮だったりする。
キューを持つしなやかに伸びる長い腕も、結構真剣な眼差しも。
わたしが珪くんを今以上に好きになる要因には当然なっている。
2番ボールをポケットし、その次の3番ボールはとても難しい位置にあったけど。
いとも簡単にポケットしてしまった。
「す、すごい! 珪くん!! 今の絶対難しいよ!」
「……なんでもない……あんなの」
その時。
後方から拍手とともにわたしの知らない人がやってきた。
「さっすが葉月、顔だけじゃなく何をやらせてもサマになってるなあ」
わたしは分からず珪くんの方を見やると。
彼は冷たい視線をその人に向けながら。
「……誰? アンタ」
と問う。
その人は腕組みをしながら珪くんをあざ笑うかのように続ける。
「はぁ? 俺を知らねぇの? まぁアンタくらいのお人になればいちいちライバルの顔なんて覚えてねぇか。
ふん、何様なんだよ」
「………………」
「なんせ俺から『はばたきウォッチャー』の表紙、かっさらってんだもんなぁ」
「……愚痴か……? 他所でやれよ……」
「ちょ、ちょっとやめてください!」
今にも触発しそうな雰囲気に思わず止めに入ってしまった。
「なに? キミ葉月のおっかけ? やめといた方がいいぜ」
「わたし……」
「葉月、おまえこんな可愛いコたぶらかしてんの? 罪な男だねぇ、どうせ付き合う気なんかないくせに。
そのコ本気になったらどうすんの? ねぇアンタさ、葉月が何人の女のコふったか知ってる?」
「え……?」
「この間見ちゃったんだよねぇ……アイドルの……」
バン!
わたしもそのモデルの人も驚く。
珪くんがビリヤード台を平手で叩いた音だった。
わたしが今まで見たこともないような表情を浮かべている。
初めて……怖い、と思った。
「オイ!!」
「ヒッ!」
「こいつのくだらねぇ事言ってんじゃねぇ……愚痴なら聞いてやる……表に出ろよ」
そのモデルは怯えた色を顔に浮かべ、
「な、なんだよ……マ、マジになってよ……けっ、アホらしいぜ」
逃げるように退散する。
ドキドキしながらわたしは珪くんを見た。
まだ怒りを顔面にさらけ出してる彼は、わたしに向き直り。
「……悪かった……イヤな思いさせたな……」
「え……う、ううん……大丈夫……」
見れば徐々にいつもの珪くんが戻ってきてた、けど。
「ごめん……今日は、帰るか……?」
背中を向けた珪くんは今何を思うんだろう。
あの人に対して……わたしに対して……何を思ってるの……?
わたしたちはボーリング場を後にする。
空は相変わらずの晴天。
まだ……3時くらいだろうか……。
「…………あいつの言ったこと……気になるか……?」
「え……?」
「……俺の話……」
珪くんはわたしを見ないで地面に視線を落としながら訊ねる。
「う、ううん……大丈夫」
「……本当に?」
「気に、しない」
駅まで二人で歩く。
殆ど無言に近い状態で。
わたしも珪くんの中では。
そんな存在かもしれない。
珪くんの中ではその他大勢な女の子。
きっと今まで珪くんに告白してきた女の子だってわたしくらいに真剣に珪くんに恋してた子もいたんだと思う。
でも珪くんはそんな女の子たちを振ってきたんだという。
そしたら……。
わたしも、そうなるのかな?
今はこうして一緒に遊んでいられるけど。
それはきっと友達だから。
珪くんの中ではわたしは友達。 それ以下かもしれない。
でも……わたしが珪くんに『好きです』って告白したら。
この関係はなくなる?
…………怖い。
そう考えたら怖くなってきた。
今まで通りに。
またはそれ以上に。
珪くんのそばにいたい、と。
わたしが願うたったこれだけの事は。
叶う事はないのだろうか?
「珪くんは……仕方ないね」
「え?」
「珪くんはモデルさんだから……」
「………………?」
「だから、いろんな人を選りすぐって付き合えるもんね」
「………………」
「……わたしはそんな中にも入れないよね……きっと、珪くんとこれ以上の関係は……」
「……夏野?」
そこまで言ってわたしは。
視界がぼやけてるのに気付いた。
大丈夫、まだ涙を流してない。
大きく息を吸ってなんとか珪くんに笑いかける。
「珪くん、今日は本当にありがとう。 わたし楽しかった」
「夏野……」
「もう帰るね、珪くんも気をつけて」
珪くんに背を向けて走る。
いつもならする次の約束もしないで。
とにかく珪くんから離れたかった。
珪くんが告白してくれる女の子に冷たいからじゃない。
わたしが告白して珪くんとの距離が遠のくのではないかという事が悲しかった。
………………遊ばれてるのかな? わたし……。
珪くんにとってわたしはただの遊び友達で。
わたしが珪くんに抱いてる感情は彼にはなくて。
校舎裏のネコちゃん一家もたまたま教えてくれたのがわたしなだけで。
……バカみたい、わたし。
新しい珪くんを発見するたびに嬉しがってた自分がバカみたい。
わたしは泣いていたのかもしれない。
すれ違う人達がわたしを見ていたから。
家に着いて。
靴も揃えず、二階に上る。
自分の部屋に閉じこもりベッドに伏せる。
「バカみたい……」
何時間そうしてたのだろう。
外もすっかり夕方になっていて。
空も真っ赤に燃え上がっていた。
ようやく身を起こして、階下に降りようとドアに手をかけると。
携帯が鳴った。
……珪くん……? まさかね……。
縮みあがりそうな心臓をようやく落ち着けさせ。
でもそのまま放っておこうかと思ったが、一向に鳴り止まない。
仕方なく着信を見る。
『珪くん』
予想した人物からの着信。
迷ったが発信ボタンを押して電話に出た。
「…………もしもし……」
『夏野? ……俺、葉月……』
「……昼間はごめんね、わたし……」
『今から出られるか?』
「え?」
『今……おまえん家の前にいる』
慌てて部屋のベランダから門を見ると。
珪くんがわたしを見上げていた。
「ちょ、ちょっと待っててね」
電話を切って急いで玄関を出る。
門扉を開けて外に出ると。
珪くんは別れた時のままの格好で。
「ど、どうしたの……?」
「…………目、赤い……泣いたのか?」
「………………」
「この時間を待ってたんだ。 夜景、見に行かないか?」
「ど、どこへ……」
「来いよ」
いつもの珪くんみたいにふわりと笑って。
わたしの手を引いて歩いてく。
バスに乗り、向かった先は何度か行ったことのある停留所。
「はばたき山……」
「ここ、結構見晴らしが良くて……前は何度か見に来てたんだけど」
そう言って相変わらずわたしの手を引いて山を登る。
前に何度か……。
「誰か……女の子と?」
「は?」
「その……珪くんはモテるから、何度もデートしたことあるでしょ? だからその時に来たことあるのかなって……」
珪くんは大きな溜息を深々とついた。
「俺……高校に入るまでデートなんてしたことなかったんだ……」
「…………じゃあ高校入ってからの……」
軽く痛くない程度にわたしの頭を小突く珪くん。
「だから、おまえとしたのが初めてなんだよ」
「え?」
「『え?』じゃない……おまえとしかしてない、デートなんか……」
「珪くん……」
ようやく着いた場所はてっぺんではなくて、山の中腹だったんだけど。
空はだんだん赤から紫に。
そんな中そこから見渡すはばたきの街は瞬いてた明かりがどんどん数を増す。
「わぁ……知らなかった……」
「……ここ、前に撮影で使って、それで俺も知って……で、それから見たくなった時には一人でここに来て見てたんだ」
珪くんは着ていた薄手のジャケットを脱いだかと思うとそれを地面に敷き、わたしに座れと命令した。
すでに座っている珪くんは躊躇しているわたしの手を強引に引っ張り無理矢理座らせた。
紫から藍色に変わる空。
空も街も合わさってる綺麗な星たちを見ていた。
しばらく沈黙が続く中。
珪くんがそれを破る。
「……今日は、本当にごめん……」
「え……?」
「今日……おまえにイヤな思いさせたから……」
「珪くんは悪くないじゃない……あの人が……」
「……いや……おまえには知っておいてもらおうと思って」
「……?」
わたしの聞きたくないこと……?
ならいい。
知らないほうがいい。
「俺……確かに女から告白されて、断ってきた」
「……」
「でもそれは全然興味がなくて、好きでもなかったし……それに今は……」
わたしは黙って珪くんの言う事を聞いていた。
珪くんはわたしに向き直り。
「おまえがいるから……」
「……え?」
「もういいだろ、デートの相手はいるし」
それって……?
「なんてカオしてんだよ……だから」
そこで急にわたしの携帯が鳴った。
見れば尽からで。
珪くんに「ごめんね?」と、電話に出る。
『あ、姉ちゃん? 急に出てって、どこにいるんだ?』
「あ、ええとね……」
尽になんとか今の状況を説明していると。
「……昔からおまえだけだったんだ……」
『早くしねーと晩飯なくなるぜー?』
「すっ、すぐに戻るから待ってて! ね?」
珪くんが何か言ってた。
尽の電話で珪くんが何を言ってるのかよく分からなかった。
「一度は諦めたけど……だから他の女になんて興味なかった……それは今でも」
『父さん待ってるぜー』
まだ何か言ってる。
珪くんの声が小さくて、尽の声が大きくて聞こえなかった。
「だからすぐ戻るって!」
「今はおまえがいるから……こうして俺と一緒にいてくれるから……それだけでいいんだ」
「分かった? じゃあね」
ようやく電話を切る。
珪くんはニッコリ笑って。
「さぁ、帰ろう。 おまえの親、心配する」
「珪くん……さっき何て……」
「いい……独り言」
すっかり日が落ちて目が暗いのに慣れる。
珪くんはわたしの手をとり、ゆっくり歩き出す。
「でも……何でおまえの打つ球ってヘンな方に曲がるんだろうな……」
「え?」
珪くんは空を見上げ不思議そうな顔をする。
しばらく考えた後で。
「今度、ちゃんと教えてやるな。 ビリヤード」
「……うん!」
今日の苦い一日を今度払拭したいと。
わたしは珪くんと繋がれてる方の手にきゅっと力を入れたら。
珪くんもそれに応えてくれた……。
「slander」 |
20050529 |