文化祭。
学校にいる連中誰もが待ちに待った日なんだろう。
ソワソワして落ち着かないらしい。
誰もが……?
ああ……俺も例外じゃないかもしれないな。
今年は。
なんだか……特別な文化祭。
そんな感じがする。
午前中は手芸部のファッションショーが始まる。
体育館のステージの脇に夏野が控えてるだろう。
去年も一昨年も応援しに来たけど。
その度に。
いつも緊張してガチガチに固まって。
ヘンな顔してた。
それがおかしくて、それが見たくて毎年控え室に行ってたりしたんだけど。
今年も……きっと緊張してるんだろうな、おまえの事じゃ。
「……夏野、いるか?」
「あっ! 葉月くん!?」
カーテンの中から顔を出した夏野。
髪をアップして化粧もして。
でも顔だけだから。
どんな衣装なのかは分からない。
「今年……何?」
「え? えーっとねぇ……」
……なんでそんなモジモジしてるんだ?
「そのね……そんなに自信がなかったんだ、初めて作ったし……その……わたしちょっと不器用で……ステージならみんなに見えないと思ったんだけど……珪くん今年も来てくれるなんて思ってなかったから……その、ミシン目がガタガタで……」
……何言ってるんだ……?
こいつは器用な方だと思う。
去年も一昨年も。
既製品だと思うくらい綺麗に仕上がってた。
いつまでもごにょごにょとしてる夏野に苛立ち。
「もう着替え終わってるんだろ?」
「う……うん」
無理矢理夏野の腕を引っ張り。
カーテンから出させた。
「うわっ!」
バランスを崩した白い塊は。
そのまま俺の胸に転がり。
受け止めた。
……俺は。
自分で。
息を飲むのが聴こえた、と思う。
瞬きも、何回したんだろう。
いや……しなかったと思う。
目を疑うくらい。
腕の中にいるそれが纏うのは。
純白のウェディングドレス。
「ご、ごめんっ!」
「………………」
慌てて俺から離れる夏野。
顔を真っ赤にして下を向く。
「あ……あの、どうかな……?」
「………………」
「け……珪くん……?」
「…………綺麗だ……」
「え?」
「おまえ……綺麗だな……」
「ホ、ホントに?」
そんな……上目遣いで俺を見るな。
思わず口を覆い横を向いて目を逸らしてしまった。
「珪くん……?」
「…………このまま……俺と……」
「え?」
なんとか自分を落ち着けさせて。
息を吐き。
何でもない、と夏野に向き直った。
「観ててやる。 だから頑張れよ」
「……うん! あ、ねぇ珪くん、去年貰った緊張をほぐすおまじない!
合うかな?」
夏野の胸に輝くそれは。
去年夏野にあげたネックレス。
それはちゃんとウェディングドレスにも映えていた。
「ああ、いいな」
「あ、じゃあ行ってくるね」
「……ああ」
ブザーが鳴り。
急いでステージへと向かう。
大丈夫、だよな? あんな長いドレスで……。
あいつ、おっちょこちょいだからな……。
ちょっと心配になりながら俺は客席へと向かった。
そこで俺は気づく。
……ちょっと待て。
あいつがアレを着てるって事は。
体育館にいる連中全員が。
女はともかく。
男共が目の当たりにするという事。
…………見せたくない。
誰にも見せたくない。
それは夏野を困らせる理由。
それでもいい。
今からでも間に合う。
踵を返し、ステージ脇へと向かおうとするが。
体育館の照明が落とされ。
代わりにステージにライトが当てられる。
肩を落とした俺は。
仕方なく。
端の空いてる席へとついた。
俺の勘は……絶対当たる。
音楽と共に。
部員がそれぞれ作ったドレスを着飾ってステージを歩く。
夏野が出るのを心待ちにしてる自分がいたけど。
やっぱり複雑な思いで。
そして。
その張本人が出てきた。
ヴェールを被り。
ブーケを持ち。
さっき以上に綺麗だな……と思っていたら。
俺の嫌な予感は的中した。
見事に。
体育館中がざわめく。
それは男共。
歓声にも似たざわめき。
やっぱり……そこで歓声なのかよ……。
というより。
思ってた以上。
あいつ……こんなに人気があるのか?
そんなに存在を知られてるのか?
あの一コ下の野球部員だって。
「樋渡せんぱーい! キレイッスー!」
なんて立ち上がって応援なんかしてる。
……やっぱり……誰にも見せたくなかった。
少し……悔しい自分がいた。
もういいよ。
早く帰れよ。
早く戻れよ。
夏野が一周し。
ステージの真ん中でお辞儀をしようとした瞬間。
裾を踏んだのか。
大きい音を立て。
勢いよく転倒した。
俺は無意識に立ち上がった。
一瞬体育館が静かになるが。
その後。
爆笑の渦。
そして激励。
「大丈夫かー!?」
「夏野ちゃん、しっかり!」
「頑張れー!!」
中にいる男連中の声が。
立ち上がって夏野は真っ赤な顔をして。
ドレスをつまんで「大丈夫」と笑顔で返し。
そそくさと脇へ帰っていった。
俺はすぐさま控え室まで走った。
「珪くん!」
「おい……おまえ、大丈夫か?」
「あはは、転んじゃったよ……恥ずかしいな」
「バカ、気にするな。 ケガは?」
「ううん、大丈夫だから……」
今にも泣きそうな顔。
責任感の強い夏野。
「泣くな」
「な、泣いてないもん……!」
「そそっかしいな……」
「……そんな言い方しなく」
「だから、ほっとけないんだよ……」
「え……?」
夏野の頭を撫でてやった。
「頑張ったな。 綺麗だった……」
「珪くん……」
「あとは…………あとは……いつか、もう一度……」
「え? もう一度?」
「………………」
俺を見てきょとんとしてる夏野。
「おまえ、これで終わりじゃないだろ? 午後も演劇だ、頑張るぞ」
「そう……そうだね。 うん! 頑張るよ!」
いつもの笑顔。
元気が出て安心した。
いつか。
いつかもう一度。
いつかもう一度……着てくれるか?
できることなら。
他の人間のために着て欲しくない。
誰のためじゃなく……。
だから……。
それまでにちゃんと言わなきゃな。
俺の……気持ちを。
今考えてる「アレ」と一緒に――。
「no one but me」 |
20060422 |