夜寝る前いろいろな事を考えてた。
結局あんまり寝れなくて。
朝6時頃風呂に入ったらさすがに誰もいなくて貸し切り状態だった。
いつも時間が決められて大勢が一気に入る風呂とは違い。
それはとても気持ちのいいもので。
俺は外風呂に入り、天を仰いだ。
後悔していた。
昨夜の枕投げの後。
押入れに入ったあいつを、まぁ非常事態とはいえ……抱きしめた。
あいつは思ったとおりにほっそりしてて、それでいて柔らかくて。
でも。
どうかしてた。
俺は……何を言いたかったんだろう。
あいつに何を伝えたかったんだろう。
……気を悪くしてないだろうか?
いきなりあんな事して……嫌われてないだろうか……?
いつもより長めの風呂から上がり。
朝飯を食べて、制服に着替えロビーで夏野を待つ。
あいつを待ってるのは嫌いじゃない……むしろ好きな方だ。
だけど……今日はどんな顔して会えばいいのか……。
ソファに座ってると、目の前に氷室がやってきた。
「おはよう、葉月」
「…………おはようございます」
「今日は自由行動だ、時間に余裕を持って行動するように」
「………………はい」
ところで、と氷室が一つ咳払いをした。
「昨夜は……枕投げに参加していたのか?」
「………………いえ」
本当の事だ。
俺は昨日あの場所にはいたけど、参加はしていない。
「ならいい。 今日は君は誰と回るんだ?」
「…………樋渡と……」
かすかに顔がひきつったようだった。
「よろしい。 はば学の生徒らしからぬ行動は慎むように」
言って氷室は立ち去る。
あいつは、樋渡の事が気に入ってるからな。
少しだけ優越感に浸る。
その入れ替わりで。
夏野が走って俺のところにやってきた。
「ご、ごめんね、珪くん!」
「いや、いい。 俺も今来たとこ」
「今日行くコース決まった? 私ね昨日タマちゃんとかに聞いてきたんだけど」
笑顔で話してくれる。
俺も今はきっと顔が綻んでるんだと思う。
俺は立ち上がって。
「じゃあ、そこに行こう」
「ホント? よかった!」
「夏野……」
「ん?」
「…………昨日はごめん……」
直後紺野から借りてきたというガイドマップが手から落ちた。
「あ……あは、だ、大丈夫だよー、昨日はあんな事があったからね、仕方ないって」
真っ赤になりながら本を拾って夏野は言う。
「……そうか? 俺の事、軽蔑してないか……?」
夏野は目を丸くして俺を見、直後大笑いされた。
「あははは! 珪くん、わたしが珪くんの事軽蔑なんかするわけないじゃない!
うん、びっくりしたけど、珪くんも気にしないでね! わたしも本当はね、うれ」
そこではっとした夏野は口をつぐむ。
「何だ?」
「な、なんでもないよ! ほら珪くん、バスが来てる!」
夏野が何を言いたかったかは分からないが、とにかく気にしてなくて俺はほっとした。
それからいくつかの寺院を巡り。
土産屋にも寄る。
両親と弟と部活の先輩後輩にと。
持ちきれないほど荷物を抱えるから、それを持ってやった。
こんな修学旅行でも、デートしてる時みたいで。
時間が経つのが本当に早かった。
気付けば西の空が赤く燃え出しかけている。
帰りのバスの中で。
「夏野……本当にありがとな」
「え?」
「いや……一昨日も今日も、付き合ってもらって。 ガイドがよかった」
「やぁだ、珪くん。 そんなの全然大丈夫だよ!」
「……俺、こんなに修学旅行楽しいなんて思わなかった」
夏野は声を上げて笑う。
「珪くん、修学旅行行く前どこに行くのか知らなかったもんね。 全然関心がなかったみたい」
「そうだったかな」
「思い出作れた?」
「ああ……ずっと忘れない」
「にしても」
夏野は小さく息をつき、天井を見る。
「珪くんってこっちでもモテるんだなって」
「ん?」
「だってすれ違う人みんな珪くんの事見てたんだよ? 『カッコいいねー』とか言ってたの知らない?」
だから俺はそういうのに全く興味はない。
でも。
知ってる、俺……おまえの事。
「おまえも、な」
「何が?」
「おまえもこっちの男連中に見られてた」
「ウソ! わたしヘンな格好してる? 髪の毛とかヘンじゃない?」
思わずデカい溜息をついてしまった。
「そうじゃなくて……いや、いい……」
夏野はワケが分からないと眉間に皺を寄せる。
どこまで本気なんだろう。
きっと俺の事も知らないんだろうな。
それならそれで……都合がいいけど。
ふと見れば夏野の顔が曇ってる。
「どうした?」
「……明日もう帰っちゃうんだもんね」
「……ああ、旅行か……」
「なんか……寂しいなって……」
しょげた夏野の頭に頭でこつんと叩いた。
「ばか。 いつでも来れるだろ」
「うん、でもね……こうして修学旅行っていうのが終わっちゃうのが……」
「………………だな」
俺は夏野の手を握って。
バスの外の赤く照らされる京都の街並みをずっと見ていた。
「サンキュ……俺、おまえと一緒に回れて楽しかった」
帰りの新幹線。
俺の隣には夏野がやってきた。
本来隣に座るはずだった女は。
どうやらテニス部で須藤の隣に移動したいからと、夏野と交換したらしかった。
「珪くん、帰りはヨロシク!」
「ああ」
部屋で何があったとか、団体行動で何があったとか。
俺と一緒じゃない時の話をする。
とても楽しそうに話すそんな夏野を見てたくて。
くるくると表情が変わって本当に飽きない。
ずっと話を聴いていた。
でも、そのうち旅の疲れが出たらしく。
気付けば俺の肩に頭を乗せて寝ていた。
こないだの逆だな、と。
俺もわずかに夏野の頭に頭を乗せて。
静かに目を閉じた。
藤井たちの冷やかしが聞こえるけど……言ってろよ。
それにしても。
こいつは知らないんだろうな。
あの押入れに入った時。
おまえは身体ガチガチだった。
きっと緊張してたよな。
後悔したけど。
おまえ、知らないだろ。
俺も……心臓がバクバクしてたんだ。
今までにないほどの緊張だったって事……。
よかったかも……おまえにバレなくて……。
そこで俺の思考も駅に着くまでは止まっていた。
肩と顔にこいつの体温を感じながら。
「keep a secret」 |
20050206 |