校庭に植わる空を侵食しそうなほど鮮やかに彩る大きな銀杏。

目が覚めるほどの紅葉の中。

文化祭の午後の演目は俺のクラスの演劇。

それは皮肉にも。

――『シンデレラ』。

 

 

 

 

 

まだ出番はないけど早々に王子の衣装に身を包み。

舞台袖の椅子に座り始まるのを待つ。

あと……20分。

夏野も使用人の格好に着替え、クラスのヤツに髪のセットと軽く化粧されて。

俺の隣で待ってた。

 

「緊張するなぁ……」

「大丈夫だろ。 自信持て」

「だって、珪くんは……こういうの慣れてるでしょ?」

 

ガチガチに固まってるこいつを見ておかしくなる。

いつだってそうだ。

手芸部の出し物でも顔が真っ白になるくらい血の気が失せてる。

 

「セリフ間違えたらどうしよう……また転んだらどうしよう……」

「…………心配するなよ」

「かーやっ! 見に来てやったぞー!」

 

他所のクラスなのにいつの間にか舞台袖に来ていた藤井や紺野、須藤。

 

「みんな」

「夏野ちゃん、ドレス着たらもっと可愛いだろうね」

「まぁ、ミズキには敵わないわね。 ミズキがシンデレラで色サマが王子様ならもっと絵になったのに残念だわぁ」

「アンタね、ひがむんじゃないよ」

「失礼ねっ!」

 

そんなあいつらのやりとりに。

少しは落ち着いたようだった。

 

「ん、夏野にも会えたし。 うちらは観客席に行きますか。 じゃあ頑張んなよ、夏野!」

「うん! なっちん、タマちゃん、瑞希さん、ホントありがとう!」

 

あいつらが帰ろうとした。

その時だった。

 

舞台袖にいた他のクラスの女たちが。

声を上げて。

 

「なんかさー、このクラスの演劇のシンデレラって王子に媚びてる気がしなーい? ちょっと仲がいいからってさー」

「うん、なんかウザいよね」

「そうそう、ちょっと人気あるからって調子に乗ってんじゃねーよってカンジー」

「わたしだったらもっと上手くやるけどねー」

「ほかに一緒にやりたいコだっているのにさー」

 

ケラケラ笑う。

それは俺だけでなく。

夏野にも聞こえるように。

少し視線を動かし夏野を見ると。

困ったような顔して。

俯いていた。

 

その途端。

藤井が女たちの腕を引っ張り。

 

「ちょっと。 アンタたちふざけた事言ってんじゃないわよ」

「なによ、ホントの事じゃない」

「葉月と共演できないからって妬み? それ。 みっともないマネしてるんじゃないわよ!」

「な、なっちん……いいよ……」

 

藤井は目を向いて夏野を見る。

 

「夏野! アンタの悪口言われてんだよ! もっと怒りなよ!!」

「………………」

 

夏野は。

何も言わない。

 

「夏野」

「だ、だってね、わたし以外の人、たくさん珪くんと一緒に共演したいんだよ。 それをわたしが…………わたしいつも珪くんと一緒にいたりするから…………」

 

藤井がギャーギャー騒いでる間。

「わたし、欲張りすぎだよね」と。

夏野が小さくぽつりと言う。

はぁと息を漏らし。

 

「夏野…………衣装脱げ」

「え?」

 

俺は夏野の隣を離れ。

藤井の横に立った。

 

「脱げ。 それをこいつらに着させろ」

「け……」

 

俺は夏野を見ずに。

こいつらから目を逸らさずに。

 

「おまえら誰でもいい。 あいつの代わりに舞台に立て」

「え……?」

「やってみろよ、主役。 それだけの口が聞けんならできるだろ」

「葉月、くん……」

「早くしろよ。 あいつに負けないくらいこの役できるんだろ?」

 

ウザいのはおまえらの方。

早くここから出て行けよ。

 

「できもしないくせにデカい口叩いてんじゃねぇよ」

「そういうこと」

 

クラスのやつらが女らを叱責する。

 

「この役はね、主役だった私が怪我したから夏野ちゃんにお願いしたの。 部活の出し物もあって忙しいのに夏野ちゃん引き受けてくれたんだよ」

「おまえら何にも知らねぇでさ、勝手な事ばっか言ってんじゃねぇよ」

「そうだよ、夏野ちゃんに謝りなよ」

「みんな……」

 

夏野は驚いてみんなを見る。

女どもは揃って口を閉ざし。

その場を後にした。

 

「みんな……ありがとう」

 

夏野は深くお辞儀する。

 

「さぁさ、もう始まるよ! 頑張ろう!」

「樋渡、キンチョーしてかむんじゃねぇぞ?」

 

藤井が夏野の傍に寄り。

 

「夏野、アンタにはちゃんと味方がいるじゃん。 クラスのコたちと言い、この王子様と言い」

「え……?」

「ふふふ、頑張ってね」

 

背中を押され少し前のめりになる。

 

「大丈夫か」

「あ、ごめんね、珪くん。 ありがとう」

「俺はいい」

「わたし……本当は……」

「……?」

 

『これよりはばたき学園、学園演劇“シンデレラ”を開演します』

 

「わたし……珪くんと一緒にいない方がいいのかな……」

「え……」

 

ブザーが鳴る。

泣きそうな顔はすぐに隠され。

笑顔で。

 

「ほら始まる! 珪くん、頑張ろ!」

 

まだ出番のない。

言葉を言いかける俺を置いて。

夏野は眩しいスポットライトの中へと。

身を躍らせていった。

 

 

 

 

 

家でずっと肩身の狭い思いをしてきたシンデレラ。

それがある時魔女の魔法により綺麗なドレスに身を包み。

城でずっと退屈な生活をしてきた王子と。

舞踏会で出会う。

王子は今までに見たことのないようなその美貌に。

一瞬にして心を奪われる。

皮肉な、この物語。

どこかで見たことのあるような物語。

本当は演じたくなんかなかった。

 

俺の腕の中で踊る夏野は。

演技だとしても。

本当に幸せそうな笑顔で。

綺麗だった。

 

 

『一緒にいない方が……』

 

 

さっきの夏野が思い浮かぶ。

バカ。

そんな事考えなくていい。

いてくれていいんだ。

いてくれなきゃ……困る。

 

「姫、貴女は美しい……どこの国からいらしたのですか?」

「わたしは……名もない遠い遠い小さな国からまいりました」

「私はこのまま貴女と踊り続けたい………………ずっと……ずっと俺の傍から離れないでいて欲しい……」

 

夏野が少しビックリしたような顔をした。

 

「貴女を妃として迎えたいのです」

「ああ、王子様……それだけはできません……」

「なぜ……なぜなのですか?」

「それは12時の鐘が……」

 

カラーン……カラーン……カラーン……。

 

「あ……! ごめんなさい……王子様……! わたしは行かなければ……!」

「姫……!」

「さようなら……王子様!」

 

 

 

『さようなら』

 

夏野だけから発せられるその言葉が。

俺を一人にする。

たった一つだけの言葉。

聞きたくないんだ。

おまえの口から。

 

 

 

「ダメだ……! 行くな!」

「え……」

 

行くなよ。

いろよ、ずっと俺の所に。

そんな顔なんかさせない。

あんな事も言わせない。

またおまえがいなくなるなんて……。

 

 

「俺は……もう嫌だ…………もう、俺は……」

「お……王子様…………?」

「………………」

「………………」

 

……………………………………………………。

これって………………。

……………………………………………………。

違う、よな……?

 

「…………………………間違えた……」

「え?」

 

それからは体育館中は大爆笑。

いくら俺でも。

……これはさすがにきいた。

あんな事考えるから……。

妙に役とこいつがダブるから……。

 

舞台袖に下がった俺に夏野は。

 

「珍しいね、珪くん。 大丈夫?」

「………………ああ」

「えへへ、もうちょっとだね! 頑張ろうね! いやぁ、それにしても……うん、珪くんがね〜ホント珍しいなぁ、でもそういうコトもあるよね」

「………………」

 

明らかに笑いを堪えてる。

 

「………………夏野」

「だってね、珪くん何でもこなしちゃう人だから、何かすごく親近感を覚えちゃって」

「………………」

「珪くんも普通の人なんだなぁって」

「…………普通だろ、俺は」

 

いつもならそんなに負けず嫌いでもないけど。

その時はなんか悔しくて。

――企んだ。

いつまでも笑ってるなよ。

そんな笑いも。

もうじき消えるんだからな。

 

 

 

「おお、なんと! ガラスの靴がピッタリだ!」

「なんてこと! シンデレラが……!」

「ああ、見つけました……我が愛しの姫君」

「王子様…………」

 

最後のシーン。

ガラスの靴をシンデレラに履かせ、あの時の姫がシンデレラだと。

そして、城に戻り結婚式を挙げる。

 

「姫……一生幸せにします」

「王子様……わたしはとても幸せでございます」

「夏野……仕返し」

 

小声でそう言うと。

驚いたこいつを他所に。

夏野を俺の背中で隠し。

夏野の唇に俺のを。

近づけた。

その距離息がかかるくらいの僅か1センチ。

背中の向こうから体育館中の、

 

「キャーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

と煩い声が聞こえる。

 

「け、け、け、け、け……」

 

真っ赤になってしどろもどろな夏野。

 

「おまえ……そんな間抜けな顔…………」

 

我慢できず。

思わず吹いた。

そして観客から冷やかしが飛ぶ。

 

「えー!? ホントにしちゃったのー!?」

「葉月すげーなー!!」

「やだー! 葉月くーん!!」

「してないっ! してないしてないっ!!」

 

夏野は両手を振り、慌てて観客に否定する。

 

「樋渡……それセリフにねぇよ」

「あはは、こういう結末もアリでいいんじゃない?」

 

クラスの連中が舞台袖で笑ってる。

 

「してないもんねっ! ね、ね、珪くん!!」

「………………した」

「ウソっ!! やだそんなコト言わないでー!!」

 

また夏野に何かあると困るから。

俺は否定する事がないから不満だったけど。

観客にちゃんと説明して。

舞台は。

幕を閉じた。

 

 

 

 

 

「葉月……アレはまずかったろう」

「…………何もしてませんけど」

「そういう問題ではない。 高校生たるもの……」

「あ、葉月! 主役がこんな隅にいるんじゃねぇよ! こっちこっち! 樋渡と並べ! 先生、ダメッスよ、こんな時にカタい話はナシだぜ。 今日は祭りなんだからよ」

 

教室での打ち上げ。

氷室に捕まり。

グチグチと説教されてた。

ちょうど良かった。

どうせあんたは妬みかなんかだろ?

そんなの付き合ってるヒマはない。

夏野の隣に座り。

ジュースを注がれる。

 

「葉月! 今日はお疲れさん!」

「そうよ、今日はカッコよかったよ!」

「劇が始まる前にあんな事あったからなぁ、最後はヒヤヒヤしたぜ? 葉月」

「葉月のファン、怖そうだしな」

「ちゃんと私たちからも観てくれたみんなに何もしてないって説明したから大丈夫よね」

「まぁ何にせよ、今日はお疲れ様! みんな!」

 

乾杯をし、クラスがざわめく。

隣の夏野が俺に話しかけてきた。

 

「珪くん、今日はお疲れ様」

「ああ、お疲れ」

「もう今日はビックリしちゃったよ! 珪くんあんな事するから」

「仕返し」

「え?」

 

グラスに入ってるジュースを飲み干し。

近くにあった菓子に手を伸ばす。

 

「俺を笑った仕返し」

「だ、だって……!」

「大人しくしてれば無事に終わったんだぞ」

「だってだって!」

 

俺は別にしても構わなかったんだけどな。

本当に。

じれったい。

自分が嫌になる。

 

「でもね、今日わたし楽しかった」

 

俺は夏野を見た。

劇の前。

あんな事言われたのに。

それでも。

おまえは“楽しい”って……言えるのか?

 

「だって珪くんと共演できたしね! いい思い出になったよ。 珪くん、本当にありがとう」

 

思い出。

いつか俺も。

おまえの中で。

思い出になる日が来るんだろうか。

それはずっとおまえの心に留まる事は出来なくて。

ふっとたまに。

思い出すような。

そんな、思い出。

 

「……いい連中だな」

「え?」

「このクラス」

「うん、そうだね」

「俺……このクラスでよかったと思う」

「ふふ、わたしもだよ」

 

夏野に注がれたジュースをまた一口飲んで。

 

「おまえには味方がいる」

「うん」

「……俺もだから」

「……え」

 

夏野はペットボトルを持ったまま。

俺の言葉に耳を傾けたまま。

硬直した。

 

「俺も……おまえの味方」

「珪くん……」

「だから」

 

ずっと俺の隣にいろよ。

ずっとおまえの隣にいるから。

ずっと。

この想い。

おまえに伝えたかった。

伝えたくて、おまえが欲しくて。

この胸を何度切り裂いてやろうかと思った。

でもきっと。

今は時期じゃない。

もう少し。

もう少ししたらちゃんと口にする。

 

「……何でもない」

 

もう二度と。

一緒にいない方がいいだなんて。

言わせないからな。

だから。

おまえはそのままで。

そのままの位置で。

待ってろよ?

 

 

 

 

 
「irritating kiss」
20060702



キスもどきなんかさせるつもりはなかったんだけどなぁ……。
ようやく文化祭も終わりましたね(汗)
今回妬んでる人が多いです(笑)
もうちょっとドロドロさせればよかったであろーか……(オイ)
つーかクラスの連中はこんな人のいい人間たちでよかったのでしょーか?よかった……うちの夏野ハミ食らってなくて(爆笑)










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