「すごいねー、金閣寺」
「ああ、でもどうにも落ち着かない」
修学旅行3日目。
わたしは珪くんと一緒に自由行動で金閣寺に来ていた。
金閣寺の歴史について珪くんから教えてもらった。
さすが珪くん……。
でも珪くんはこういう建物あまり好きじゃないみたい。
顔をしかめて、目を細めながら金閣寺を見ていた。
でも庭園は素晴らしいものだから、二人で散策していた。
境内の中の「竜門滝」まで来て近くに腰を下ろす。
「たまにはいいよな、こういうの」
「珪くんは仕事してたりいつも疲れてるでしょ?」
「ん?」
「だから少しはストレスが取れればいいなって思う」
珪くんはバカだな、と。
わたしの髪をくしゃくしゃと荒く撫でた。
「俺……こういう静かなトコ好きだ」
「そうだね」
「………………寝たいかも」
「え!? 珪くんここ」
外だよと言いかけて、わたしは思い出した。
珪くん……そういえば前に公園で寝てたっけ。
モデルの仕事もすっぽかして。
見ればもう珪くんのキレイな翡翠の瞳は瞼に閉じられてて。
気がつけばわたしの肩に頭を乗せて。
静かに寝息を立てていた。
こういう時間いいな……。
珪くんと二人でこんな静かな所にいる。
贅沢者なんだ、わたし。
なるべく肩を動かさないでそっと彼を見ると。
珪くんは起きる気配が全くない。
珪くんの寝顔見るの二回目だけど相変わらず子供みたい。
睫毛長いんだな。
わたしは笑って珪くんの頭をそっと撫でておやすみ、と囁いた。
それから珪くんに肩を貸していたのにすっかり幸せな気分になっちゃって。
時間が過ぎてくのをすっかり忘れてしまっていた。
気付いた頃はもう夕方。
珪くんもさすがに起きて。
バスに乗り電車に乗り。
なんとか自由時間ギリギリに旅館に着いた。
ロビーには腕を組んだ氷室先生が立っていて。
珪くんは何食わぬ顔でその脇を素通りしたけれど。
取りあえず睨む先生に謝って部屋に戻る。
「大丈夫かな?」
「大丈夫だろ、他にもいたろ、俺たちと一緒にここに着いた奴ら」
「そだね」
階段を上りながら彼が口を開く。
「……悪かった……あそこで寝過ごして」
「あはは、いいよー、少しは疲れが取れたらいいんだけど」
「だいぶ取れた。 悪かった、付き合わせて……退屈だったろ」
「ぜーんぜんっ!」
珪くんの寝顔見れて全然退屈しなかったって言ったらどんな顔するかな?
敢えてそれは言わなかったけど。
「明後日は……」
「え?」
「明後日もロビーで待ってろよ。 今日一ヶ所しか回れなかったから明後日その分取り戻そう」
突然の誘いにわたしはビックリしたけど。
また珪くんと回れるなんてと思って。
その優しい笑顔に即答してしまった。
「うん!」
珪くんと別れ、部屋に戻るとみんなも戻っていて。
自由行動で何があったのかと詮索されたけど。
なんとかうまく誤魔化した。
「あ、そうだ。 夏野さ、明日の夜男子の部屋で枕投げがあるんだって」
「枕投げ?」
着替えながらなっちんの話を聞く。
「そう、うちのクラスの男子の部屋でね。 で、うちら行くんだけど来るよね?」
「みんなも行くの?」
「ミズキは付き添いよ、だってそんな庶民の遊びなんてしないんですから」
「一番須藤が楽しみにしてんのよ」となっちんがわたしの小声で囁き、わたしたちは笑いあった。
みんなが行くならと、わたしも。
次の日の団体行動の後、夕食と入浴を終えてこっそり男子の部屋にお邪魔した。
もうすでに始まっていて、わたしは奥にいた大事そうに枕を抱えてる珪くんの所まで行く。
「来たのか……おまえ」
「あ、珪くんも参加?」
「いや……俺はどこか行って寝ようかと……」
珪くんは何だか眠そうだ。
その隣に座って、わたしは応援組に回った。
やっぱり瑞希さんは一番張り切ってるかも。
志穂ちゃんもタマちゃんもなっちんも男の子と組んで楽しそうに枕投げしてる。
次はわたしの番。
「夏野、アンタ葉月と組んだら?」
なっちんが提案した。
珪くんを見ると彼は。
「いいよ、見てる、俺」
「でも」
「いいから。 応援してやるから頑張れよ」
ちょっと寂しかったけど、同じクラスの男の子と組むことになり。
ゲームが開始。
枕を投げ始めたところで。
「おい! 氷室にバレたぞ! みんな隠れろ!!」
とっくに就寝時間を過ぎてるため先生が見回ってたらしい。
男の子が叫ぶ。
みんなも枕を投げ捨てあちこちへと隠れだす。
わたしも慌てて隠れる場所を探すけど。
気が動転してなかなか見つからない。
布団にも誰か入ってる。
テーブルの下にも……誰かいる。
残るは……外?
その途端電気が消された。
真っ暗でどこに何があるのか分からない。
それでも窓の外は薄明かりだから。
そっちに行きかけるところで誰かに腕をつかまれ頭を押えられ。
押入れの中に閉じ込められてしまった。
口は手で塞がれ。
腰を抱かれ。
羽交い絞めにされ身動きができなかった。
ひええええええええっっっっ!!!!
だ、誰〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!??
ひっくりして心臓が口から出てくるんじゃないかと思った。
自分の心臓の鼓動が絶対この人に聞かれてる。
しかもわたしの右手はわたしをがっちり抱いている人の胸のあたりにあって。
硬いそれは明らかに男の人だと分かった。
どうやら押入れに半分布団が入ってるようで、二人入るスペースとしてはいっぱいいっぱいだった。
そのわたしの驚きを他所に。
誰かが襖を開けた音がする。
わたしはドキっとして静かに息を潜めていた。
「就寝時間はとうに過ぎている! 君達は一体どういうつもりでここに来ているんだ?
これも学校の一環行事だ! 遊びに来ている訳ではない! 誰が主犯だ? おまえらか?
ちょっと来なさい!」
そう言って何人かが先生に廊下に連れ出されたようだ。
なっちんは……志穂ちゃんやタマちゃんや瑞希さんはうまく逃げたのかな……?
そこではっと今の自分の立場に気付く。
相変わらず大きな手で口を塞がれていた。
途端顔が真っ赤になる。
その人物が先生が行ったと分かると、はぁと一息ついて。
「おまえ、モタモタしてたら見つかる」
その囁きは。
わたしが一番好きな声で。
わたしが一番いつも聴いていたい声だった。
思わず顔を上げて。
「け……!」
慌てて珪くんが再びわたしの口に蓋をする。
「ばか、声でかい」
わたしの口を手で塞いでいて、腰をしっかりと抱いていたその人物が珪くんだと分かると。
また。
先生が部屋に来た時のドキドキとは違うドキドキがした。
部屋のすぐ外で先生が生徒に説教でもしてるのだろう。
部屋の中はまだしんとしていた。
その静けさにわたしは恨む。
心臓の鼓動がどうにも止まなくて。
「静かにしろよ」
わたしが頷くと珪くんは口を塞いでいた手を離してくれた。
その手を今度わたしの頭に添えて、珪くんの方に寄せられた。
え……? え……!?
これってもしかして……抱きしめられてる?
腰に回された腕はまだ緩むことはなくて。
わたしの体制も押入れに入った時そのまま。
だからまだ右の手の平が珪くんの胸にあたっている。
初めて触った男の人の胸。
モデルさんだから痩せて見えるのにちゃんと筋肉もついていて。
珪くんのそれはとても硬くて、温かくて心地よかった。
「おまえ……」
しゃがれた声で呼ばれた。
「いい匂いするな……シャンプーか?」
とても返事なんかできない状態。
もうわたしの頭は爆発寸前。 失神寸前。
顔も熱を帯びて早く外の空気に触れたかった。
「夏野……」
珪くんの胸元にいたわたしはようやく顔を上げて珪くんを見た。
暗さで目が慣れて、珪くんらしい髪の毛や顔の輪郭がぼやけて見えた。
「俺……」
珪くんが何か言いかけて。
わたしは何?と聞こうとしたけど、それより早く珪くんの口が開きかけた。
その時。
わずかな隙間から一筋の明かりが漏れた。
「もう行ったみたいだな……おーい、みんな出て来いよ」
「あーあ、しこたま絞られたー……でも、まぁいっか、楽しかったし」
がやがやと部屋が騒ぎ出す。
わたしの頭と腰に回された腕の力は抜け。
「ほら、もういいみたいだ」
押入れの襖を開けて、わたしに出ろと促す。
部屋の明るさに目を細めながら、のろのろと押入れから出た。
その後珪くんも出てくる。
二人きりで押入れに入った事で冷やかされるかと思ったけど。
みんな先生がどうのこうのとか、部屋に戻る人が大勢いたので何とかそれはなかった。
部屋の出入り口まで来て。
珪くんがわたしを見送ってくれた。
彼の少し赤くなってたのは気のせいかな?
「悪かったな……気をつけて帰れよ」
「うん、ホントにありがとう。 じゃあ明日ね、珪くん」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさい!」
静かにドアを閉める。
そういえば。
珪くん何を言いかけたのだろう。
わたしはそんな疑問を胸に部屋まで戻る。
それにしても……あんな状態だったとはいえ……。
たぶんわたしが動かないようにって事だと思うけど……。
珪くんに抱かれてしまった……。
とんでもない事しちゃったな……。
うぅ……私の胸ないのバレちゃったかな……?
脇腹とかの贅肉何とかしておけばよかった……腰とか太いなとか思われなかったかな……?
思い出しただけで心臓がバクバクしてくる。
顔の火照りを何とかしたくて、廊下の窓を開けた。
初秋な感じの風が夏野の首筋を通り過ぎる。
でも最後にわたしにくれた笑顔と「おやすみ」の言葉に。
「珪くん……ごめんね? わたし、本気で珪くんが………………」
その呟きは口内に消え。
誰にも聞かれることはなく。
外の風も涼しかったけどあまり効果もなく窓を閉めて、相変わらず真っ赤な顔を手で扇ぎながら部屋に向かった。
「in the dark」 |
20050205 |