「珪くん珪くん珪くん」
HR。
6時間目からずっと机に突っ伏してHRが始まってもそのままの俺の。
俺の前の席にいる夏野が。
俺の名前を連呼する。
その心地のいい声で俺の快眠が妨げられた。
微かに小声で。
「起きた? 寝てちゃダメだよ」
「…………HR終わりか?」
「違うよー、今文化祭の出し物決めてるの」
「……ああ、文化祭」
俺には全然関係のない行事。
だったら寝かせてくれと。
また寝に入ろうとしたら。
夏野に怒られた。
「んもう、ダメ、寝ちゃ。 今度の文化祭、うちのクラス『シンデレラ』する事になったんだけどね」
シンデレラ……?
ああ、あの12時になんたらかんたらってヤツか……。
そして信じられない言葉を耳にする。
「珪くん、王子様役だからね」
………………は?
王子って…………あの王子?
勢いよく起きて黒板を確認する。
そこには。
「…………ウソだろ?」
「ウソじゃないって」
「冗談、じゃない……」
『王子――葉月珪』
顔の血の気がなくなった気がした。
項垂れる。
冗談……キツい。
勘弁してくれよ……。
「俺には無理だ……芝居なんてできない」
「いや、これは葉月しかいねぇだろー」
「そうだよね、葉月くんならきっと絵になると思うし」
「じゃあ、多数決でいいよな、葉月も諦めろよー」
クラスで一斉に拍手。
誰も俺の言う事に耳を貸さない。
ふざけるなと抵抗もしたいが。
このクラス全員対俺。
とても勝ち目がないと。
頭を抱えた。
俺が王子……。
だったら……姫は?
と思って配役を見ていくと。
期待してた名前は。
……なかった。
「……おい……おまえは何するんだ?」
「わたし? わたしは出ないよ?」
「…………なんで?」
「わたしはね、手芸部があるからね、そっちに出るの」
もう睡魔なんかどこかに吹き飛んでる。
でも夢なら……醒めて欲しい。
「珪くん……顔真っ青だよ?」
ハラハラして夏野は俺の顔を覗き込んだ。
HRも終わり。
眩暈のするような身体に鞭を打ち。
ようやく帰り支度をする。
「手芸部……何するんだ?」
「珪くん……ホント大丈夫?」
「……手芸部……」
「えーと手芸部はね、いつもと同じだよ。 ファッションショー」
「……またパーティードレスか?」
「ふふふ」
学校帰りの坂道。
夏野は意味深な笑いをする。
「ナイショ」
「……なんだそれ……」
「観に来てくれる? 演劇とは被らないからね」
「ああ……」
「それにしても……王子役平気? 代わってもらうようにしよっか?」
「………………」
王子……ね。
そういう役は本当にダメなんだ。
見世物になるみたいで。
もし。
もしも。
姫が。
「もしわたしがお姫様役だったら最高に嬉しいんだけどなあ」
もしも。
姫が。
夏野、だったら。
きっと俺は。
…………率先してこの役をやるんだろうな。
他の男になんか王子役やらせない。
他の男が王子をやるくらいなら。
屈辱的なこの役、俺がやる。
「わたし、珪くんの王子見てみたいよ」
そんな笑顔でそんな事を言う。
はぁと溜息をついて。
「………………わかった……やる」
「ホント!? わぁ、珪くんの王子様だ!」
……根本的に。
弱いんだろうな。
頼むから。
そんな嬉しそうな笑顔するな。
本当は不満だらけなんだからな。
「姫……迎えにあがりました」
「ああ……王子様」
「はい、オッケー!」
放課後の教室を使っての演劇練習。
一旦休憩に入って。
俺は教室の半分に寄せられた机の上に座る。
ほとんどセリフは覚えた。
「やっぱすげぇな、葉月はー」
「カッコいいよねー!」
もういいだろ?
帰りたい。
名前も知らない女と何が悲しくて向き合わなきゃいけないんだよ……。
そんな時教室に夏野がひょっこり顔を出した。
「あ、珪くん。 頑張ってる?」
「おまえ……まだ学校にいたのか?」
見ればもう5時近い。
「うん、部室で服作ってたんだ」
「完成したのか?」
「あとちょっとね、でも文化祭までには余裕で終わるからね」
「無理するなよ……まだ帰らないのか?」
「ありがと。 ええとねぇ、もうちょっと」
「じゃあ……一緒に帰」
その直後。
悲鳴と共にドサっと。
廊下からデカい音がした。
「どうした!?」
クラスの男がそれに駆けつけた。
夏野もそれに向かって。
聞けば。
どうやら主役の女がジュースを買いに行く途中階段から落ちたらしい。
幸い保健医がいて。
捻挫との診断だった。
「悔しい……せっかく主役で…………葉月くんとだったのに……」
帰り道。
夏野から聞いた。
涙を流しながらそう言ってたらしかった。
「とりあえず明日まで様子見るって」
「……そうか」
「……悔しいよね」
「え?」
隣の夏野は俯きながら。
「せっかく珪くんとの共演だったんだから……最後の文化祭だから…………思い出にしたかったんだよ。
もしわたしがそうなら……わたしがお姫様なら珪くんと一緒の舞台に立てるってすっごく嬉しくて……それでケガしちゃったら…………悔しいと思う」
「………………」
「珪くんには……わかるかな?」
夏野は静かに笑った。
俺がおまえの相手なら。
それは……すごく嬉しいと思う。
それでケガしたんなら。
俺は。
一生後悔するかもしれない。
だろうな。
翌日。
主役の女は学校に来たけど。
足も腫れて。
まともに歩ける状態じゃなかった。
「これじゃ無理ね……」
「じゃあ代役か? もう2日しかないぞ」
「どうしようか……」
クラス中が唸って考え込む。
どうせ夏野じゃないだろ。
半ば俺には関係なかった。
夏野以外じゃ誰だって同じだからな。
外の紅葉を見やっていた。
「樋渡さん……どう?」
もう条件反射なんだろうな。
その名前。
身を起こしてクラスを振り返った。
「は、はい!?」
「樋渡さん、一番葉月くんと仲いいもの。 どうかしら?」
「おお! いいねぇ、じゃあ樋渡に決めようぜ!」
「ちょ……ちょ……ちょっと待って!! わたし部活の出し物が……」
「あら、もう終わったんじゃないの?」
「でも……わたしそういうのやった事が……」
クラスの演劇実行委員長が不敵に笑う。
「大丈夫よ、みんな主役なんてほとんどした事がないわ」
「ちょっとみんな!」
主役だった女が夏野に声をかける。
「私も夏野ちゃんならいいと思うよ。 安心してお願いできるよ!」
「だって……あんなに悔しがって……」
「ううん、もうこんなんじゃどっちにしろ主役は降ろされちゃうから。
だからお願い、ね」
夏野は俺を見た。
心配そうな顔をして。
「……おまえなら……大丈夫だろ?」
何か言いたげな夏野。
う〜〜〜っと唸って。
「じゃあ………………はい」
「よし! 決まり!!」
「早速準備始めようぜ」
「ドレスは……同じくらいの背格好だからちょうどいいかもしれないわね」
「夏野ちゃん、コレ台本」
台本を持たされ。
「ね……ねぇ、珪くん……大丈夫、かなぁ?」
本当なら。
俺とおまえなら、大丈夫だと。
言ってやりたかったけど。
「ああ、おまえなら……できる」
「う、うん……じゃあ頑張るね」
それから猛練習。
休みも一回しかとらずに。
クラスの奴等も、夏野も頑張って。
2日しかなかった練習。
なんとか完成までこぎつけた。
――そして。
迎えた文化祭が始まる。
「heroine」 |
20060411 |