いつもならしない遅刻。

なのに今日に限って寝坊した。

せっかくの日曜なのに。

せっかくのデートなのに。

袖をめくって腕時計を見ると12時44分。

10分以上あいつを待たせている。

昼飯の約束してたから、あいつは当然何も食わずに来るだろう。

腹空かせて待ってるんだろうな。

罪悪感に見舞われ、駅まで走って向かう。

ようやく駅前に着き、足の速度を遅めて探す。

どこにいる?

日曜もあってか人通りが激しくて。

早く見つけてこの人込みから抜け出たかった。

すると。

いた。

後姿でも分かるあいつの背格好。

改札口に入る階段の手前。

俺はほっとするも束の間。

その隣の人間に対して、言葉では言い表せない感情がみなぎった。

静かに二人に近づく。

 

「ねぇいいじゃん、 俺とどっか遊びに行こうよ〜」

「だから……わたし待ち合わせしてるからって何度も言ってるじゃないですか」

「俺よりいい男? じゃなかったら俺と付き合おうよ。 だってキミ可愛いんだもん」

 

言って夏野の腕を掴み、強引に連れてこうとする。

 

「俺車なんだ。 だから行きたいトコ連れてってあげる。 なんならもっと静かなトコにでも……」

「や……離して!!」

 

俺は夏野の反対の腕を掴んで引っ張った。

男が掴んでた腕は離れ、俺に振り向く。

 

「珪く」

「なんだ、てめぇ」

「俺の台詞だ。 汚ねぇ手でこいつに触ってんじゃねぇよ」

 

金髪のチャラチャラした男で、ジャラジャラと趣味の悪いアクセサリーを全身に纏ってる。

俺の一番嫌いな男。

 

「なんだと? てめぇやんのか!? ちょっとカオがいいからって調子に乗ってんじゃねぇよ!!」

「買え」

「あ?」

 

夏野を背に庇い、視線を男から逸らさず言う。

 

「買えよ、ケンカ。 売ってんだ」

「な……なん」

 

男の胸倉を掴んで。

 

「買うのか買わねぇのかはっきりしろ」

 

俺より背の低いそいつを見下ろした。

男は額にびっしり汗をかいて。

 

「く……ちょっと声かけただけでなんなんだよ!」

 

男は俺の手を払い逃げるように捨て台詞を吐いて去っていった。

視界に完全に消えたのを確認して、後ろにいる夏野に向き直った。

 

「夏野、大丈夫か?」

 

デカい目を丸くして俺を見ている。

口をパクパクしながら、それが声に出ない。

 

「……どうした?」

「あ、ありがとね、珪くん……あ、あの……珪くんって…………怒ると怖い人?」

「俺……? さぁ、どうかな……あんまり怒った事ないから……」

「ご、ごめんね? ちょっとびっくりしちゃった、あんな珪くん見た事なくって……」

 

ああ、そういう事か。

ああいう俺を見せた事なかったしな。

……怖がらせたか?

おっかなびっくりで戸惑ってる。

 

「俺……怖いか?」

「え? ううん、わたしといる時は珪くん優しいもんね。 でも………………あの、ね……不謹慎かな……」

「?」

「カッコよかった!」

「え?」

「ほら、珪くんっていつもそんな言葉遣い悪くないのに、普段と違って。 なんか頼りがいがあるって……あ、違うんだよ、いつも頼りないってことじゃなくって……あ、あは! わたし何言ってるんだろう」

 

その言葉を聞いて少し安心した自分がいた。

目をらんらんと輝かせて夏野ははしゃいでる。

そんなこいつの手を引き、歩き出す。

 

「おまえはちょっと不用心だ」

「え?」

「もっと男に気をつけた方がいい」

「そうかな……なんで?」

「おまえはいつも男に見られてる」

「え? やだ、何で!? 顔に何かついてるっ?」

 

はぁ……。

こいつは天然なんだろうな。

全然自覚ない……。

いい加減そろそろ気づけ。

 

「男はいつだってヘンな事考えてるから気をつけろって事」

「珪くんも?」

 

隣で不可解な顔をして俺の顔を覗き込む。

 

「俺も」

「あー! 珪くんってエッチなんだー!」

 

俺の場合は不特定多数じゃなくて。

もう限定してるんだよ。

 

「じゃあ珪くんにも気をつけたほうがいいのかな〜?」

「………………」

「ウソ! 珪くんなら、ね、うん大丈夫」

「……なら」

「ん?」

「顔に何かついてるか確認してやる」

「え?」

 

ちょっと意地悪。

言って俺は夏野の顔に顔を近づけた。

それと比例して夏野の瞳も大きくなり、顔もだんだん紅潮してきた。

 

「え? え? 珪」

 

夏野の鼻1cm手前で止まって。

じっと夏野を見る。

見ればカチカチに固まってる。

口は何か言いたげで。

その姿がおかしくて、思わず吹き出してしまった。

 

「あ、あ、あの」

「大丈夫、ついてない」

 

肩をゆすって笑う俺に夏野は真っ赤な顔して「もう! からかって!」と腕を軽く叩かれた。

 

「冗談」

 

あながち冗談でもなく、そのまましてやろうかとも思ったけど。

だから今日はこれまで。

俺が男だって事たまには自覚しとけ。

それより。

俺もちゃんと起きてこいつが来る前には待ち合わせ場所に着いてないとな……。

ちょっと反省、と。

心配事がまた一つ。

学校の男共だけでもウザいのに。

 

「ん? 珪くん、なんでおっきな溜息ついてんの?」

「何でもない……」

「何か悩みがあったらわたしに言ってね! なんでも聞いちゃうよ!!」

 

原因がおまえなのになんで本人に相談するんだよ……。

この先このままの関係が続くにしても。

付き合う事になったとしても。

なくなったとしても。

俺の行く末はどうなるんだろうな……。

ぼんやり考えながら俺は秋空を仰いだ。

 

 

 

 

 
「hardship」
20050221



ナンパイベント。
王子ご立腹です。
怒ってる王子書きたかったのよねぇ。
王子怒ると口調が変わる、っていうのを書きたくて。
ああ、こういう喋りもできるんだなとヘンなトコでカンゲキしてしまった(笑)










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