「尽〜〜っ、あと何分っ!?」
「あと40分で始まるよっ! まったくねえちゃん、何やってんだよ!」
「だってだってだって〜〜っ、ついうっかり寝ちゃったんだもん!」
ああ、今日はせっかくの理事長の家でクリスマスパーティーなのに。
わたしはまだ時間があるからと、少しうたた寝をしてしまった。
気付いたら5時。
パーティーが始まるのは6時からだった。
先週ブティックソフィアで買ったハート柄のピンクのドレスを身にまとい、髪も少しアップして、ピアスもして……少し、本当に少し化粧して。
玄関で待っていたなっちんとタマちゃんを待たせちゃってた。
「ごめ〜〜んっ」
「夏野、遅いよ〜〜!」
「わぁ……夏野ちゃん、キレー……」
ひたすら謝ってなっちんの機嫌を直してようやく理事長の家へと向かった。
「今日夏野ちゃん、本当にキレイだね……」
「そういうタマちゃんもかわいいよ〜」
「今日はクリスマスだもんね、夏野も気合いが入るわよ」
なっちんは薄目で人を見て笑っている。
「なっ、なんでよ」
歩きながらなっちんがきひひ、とひやかす。
「だってさー、夏野のアノ人が来るかも、でしょ?」
「アっ、アノって……誰よ」
きっとわたしの顔は……真っ赤だ……。
「でもねー……中等部の時からパーティーあったんだけど、一度も来たことないんだよね、葉月」
「え……?」
「そう、だね……わたしも、見たことないかな?」
葉月くん、今日来ないかもしれないんだ……じゃ、きっと来ないね……。
……もしかしたら昨日買ったプレゼント、渡せるかもしれないと思って葉月くん好みにしたんだけどな……。
少し溜息が出た。
「夏野、そんな落ち込まないでよ〜っ、まだ来ないと決まったわけじゃ……」
「そ、そんな葉月くんなんて別に……」
「だって夏野、葉月のこと好きなんでしょ?」
「だっ、だから好きというか……お友達として……」
「もういいよ、アタシ分かってるからっ」
違うったら!と反抗もしてみたけど。
相手がなっちんだとわたしはどうしても勝てない。
そうだね、葉月くんいなくっても楽しもう。
葉月くん、今頃どこかでクリスマス楽しんでるかもしれないし。
来年もあるじゃない。
……来年も来なかったら……。
……今も誰かと過ごしてたら……。
ああ、もうダメダメっ!
こんなのわたしじゃないっ!!
「よしっ、今日は楽しもうね!!」
「うん。 せっかくのクリスマスだもんね」
「そうこなくっちゃ! ほら、もうそこの角曲がると理事長んちだよ」
つたの絡まる門をくぐると、見れば物凄く大きな豪邸が現れる。
それに続く道の脇の庭も手入れされた植木や銅像や綺麗な噴水まであった。
すごいんだ……理事長の家って。
「樋渡くん」
振り返ればはば学の理事長、天之橋さんが立っていた。
グレーのパーティー服が決まっている。
いつものように眼鏡の奥の瞳が優しそうで。
「こんばんは」
「今日は来てくれたんだね。 楽しんでもらえるといいんだが」
言って天之橋さんはにっこり笑っていろいろな生徒に声をかけていった。
いつ見てもダンディな人だなぁ……。
会場に入っていくと、ほとんどの生徒が集まっていた。
今日は全員制服ではなくきちんとした正装に身を包んで。
「わぁ、すごいんだね……」
「今年は去年より多いかな?」
理事長の話も終わり、みんなで乾杯をし談笑を始める。
わたしはなっちんとタマちゃんと、お酒は未成年で勿論飲めないからグラスに注いであるジュースを飲む。
普段飲むジュースと同じ味なのに。
その場の雰囲気だけでとても美味しく感じるのは、やはり今日がクリスマスで気分が浮かれているからか。
それから志穂さんも瑞希さんも来てくれた。
瑞希さんは相変わらずギャリソンさんを従えて。
とても楽しくて。
1、2時間が早く過ぎた。
でも会話の合間合間に周りをきょろきょろしちゃって。
それになっちんが気付いた。
「来ないね。 もう9時だよ」
わたしはびっくりして慌てて否定する。
「ち、ちがうもん! 葉月くんじゃないもん! どういう人が来てるのかなって!
ほら鈴鹿くんとか守村くんとか……」
「葉月、って言ってないけど?」
しまった……と思ったときには遅かった。
なっちんが目を三日月のようにしてニヤニヤ笑ってる。
「でも……葉月、今年も来ないのかな? せっかく夏野が来てるのに……」
「なっちん、わたしたち何にも」
ないから、と言おうとした時。
会場の一部からざわめきが聞こえた。
「何があったのかしら……」
志穂さんがその方を見やる。
わたしもつられて見る。
何気に人だかりまでできてるような……。
女の子の「きゃー」までが聞こえる。
入り口の方からだったので、わたしたちは揃って覗きに行った。
ら。
彼がいた。
葉月くんだった。
マフラーとロングのコートを颯爽と脱ぎ、片手に持ってこちらにやって来るところだった。
長身の体がすっきりおさまっている黒のパーティースーツがとても映えて。
雪も降っているのか2、3回頭を振って雪を落としていた。
髪の毛がキラキラしてて。
その姿がとても素敵で。
周りの女の子も見たらみんな目がハート。
そうだよね……物凄くカッコいいもん……。
みんなが葉月くんに寄って行き話しかける。
「夏野ちゃん、行っておいでよ」
「タ、タマちゃんっ、わたしたちそんな関係じゃ……」
「何言ってるのよ、あれだけ散々デートしておいて!」
「なっちん!!」
いや、一目見ただけで十分だ。
あれだけ女の子いたら、わたし話もできないから。
だから、葉月くん。
……メリークリスマス。
「さ、今日は楽しんじゃうよっ!」
「夏野ってば」
「なっちん、いいの! きっと葉月くんは楽しんでるから。 わたしたちも楽しもうよ!」
「あ……」
わたしが4人を促していこうとした時。
タマちゃんがわたしの後ろに視線を送っていた。
背後から。
「樋渡」
声が聞こえた。
……?
わたしの名前?
でもこのざわめく会場の中、聞こえるわけがないと。
わたしは行こうとすると。
また。
「樋渡」
今度は……幻聴じゃなかった。
振り向くと葉月くんがわたしに話しかけていた。
女の子の団体からようやく抜け出し、強引にわたしの手を引っ張ってつかつか歩き出した。
ひっ、ひょえ〜〜〜〜〜〜っ!!
は、葉月くんっ!!?
手っ! 手っ!!
わたしは葉月くんに連れられて……というか引きずられていた。
あまりにも唐突の行動にわたしは口をパクパクしていた。
周りの生徒がわたしたちを見ている。
女の子たちの悲鳴が耳に入る。
それにも恥ずかしかったが、葉月くんと手を繋いでいるという事実にわたしは真っ赤になってしまった。
後ろを振り返ると、なっちんとタマちゃんが笑顔で手を振っている。
そういえば。
思い出した。
最初に会った時、転んだわたしを引っ張って起こしてくれた。
フォークダンスでも手を繋いだ事があった。
あの時は体育祭の一環だったから繋がないわけにはいかなかったけど。
葉月くんと手を繋いだ。
あの時も、あの時も思ってた。
葉月くんの手、相変わらず冷たいんだ……。
今日はでも仕方ないよね、たった今外から来たんだもん。
手を繋いで、わたしは。
恥ずかしかったけど……。
嬉しかった。
でも。
冷たいって感じることは少なくともわたしの方が温かいって事だよね?
……温めてあげたいな……。
そんなわたしの気持ちをよそに。
葉月くんはわたしをテラスまで強引に連れて行き窓を閉めて、一息ついた。
「はぁ……だからイヤなんだ……」
「は、葉月くん……?」
「悪かった……ちょっとここで俺をかくまってくれ」
「え……でも、どうやって」
「いや、話してるだけでいいから。 そしたら来れないだろ?」
見れば女の子たちは悔しそうにこちらを見ていた。
「平気なの……? 女の子たち」
「ああ……構わない」
「どうして、わたし……?」
何とか心を落ち着かせて、今の気持ちを悟られないように聞いた。
葉月くんはああ、と手摺に両肘を乗せる。
「一番におまえが目に入ったから」
きっと、葉月くんにとっては何でもない行動かもしれないけど。
誰でもよかった、そんな理由だったのかもしれないけど。
わたしにはとても嬉しいことで。
なんて葉月くんはわたしの気持ちなんて分からないだろうけど。
その当の本人は手摺にもたれて庭を見ていた。
庭の街灯はその下にうっすら積もっている雪をも照らす。
夜の闇に照らされる雪は幻想的で綺麗だった。
でも同じように街灯に照らし出される葉月くんのその横顔もとてもキレイで。
とても男の人のものではなさそうで。
「今日、どうしたの? 来ないかと思ってた」
「……ああ、今日はバイト」
「え? 今日も?」
「関係ないから」
そんな話をしていると、プレゼント交換の時間が来たらしい。
会場はどよめいている。
「プレゼント……きっと渡らないだろうな……」
「……ん?」
わたしは小さく溜息をつく。
う〜〜……少し残念かも……。
「これだけ人がいるからね、この人に!っていうのはムリだよね?」
「……そうか……あ」
彼は何かに気づいたように胸ポケットから包みを取り出す。
小さめのリボンのかかった……。
「これ……どうするんだ?」
「あ……それってプレゼント? 受付に渡すんだよ。 で、みんなと交換するの。
誰のが来るのかわからないけど……」
ってもう始まっちゃってるもんね……プレゼント交換。
「……もう遅いな……やる、おまえに」
「え?」
「おまえにやるよ、これ」
「でも……」
「やるんだから、貰っとけ」
少し、ほんの少しだけ笑った彼は。
ちょっと、照れくさそう……?
滅多に見れない彼の意外な表情を嬉しく思い、わたしはそのプレゼントを受け取った。
葉月くんからのプレゼント。
「ありがとう、葉月くん。 メリークリスマス」
「ああ……メリークリスマス」
はば学に入ってからの初めてのクリスマスパーティー。
わたしはきっと忘れられなそうだ。
来年も、そのまた来年も……忘れられないパーティーになるかな……。
帰宅後。
葉月くんからのプレゼントを開けてみると、アイマスクだった。
「はははっ、葉月くんらしいなぁ」
わたしの愛用品となったのは言うまでもない。
「hand in hand」 |
20040807 |