珪くんが。
学校に来なくなった。
HRに氷室先生が言ってた。
『葉月は家族の都合でドイツへ発った』と。
卒業式までに戻ってくるのかも怪しいと。
大学受験も放棄したらしいと。
完全に絶たれた気がした。
もう何の関係も紡いじゃ駄目なんだと。
もうこの想いも失くさなきゃいけないんだと。
――珪くん。
もう。
帰ってこないんだ。
日本には。
はばたきには。
帰ってこないんだ。
そしたら。
受かるかどうかわからないけれど。
大学も一緒に行けないんだね。
本当はね。
本当は楽しみにしてたんだよ。
受験まで一緒に勉強して。
一緒に一流まで行って。
「お互い頑張ろうね」って励まして。
一緒に卒業して。
一緒に合格して。
……一緒に大学行ったりして。
夢……だったんだよ。
珪くん。
逢いたいよ。
わたしたち。
もう友達にも戻れないんだ。
もう笑い合ったりできないんだ。
フラれちゃったけど。
こんな気持ちのままで別れちゃったりして。
すごく。
すごく。
心が痛い。
ねぇ、珪くん。
今日バレンタインデーなんだ。
女の子から告白してもいいって日なんだって。
去年も一昨年も……受け取ってくれてたね。
ずっと言えなかった想い。
その想いを込めたチョコ。
本当にありがとうね。
今年も作ったんだよ?
ちょっと不恰好なんだけど。
珪くんに食べてもらいたくて。
珪くんの笑顔が見たくて。
頑張って。
いい出来になった。
今日持ってきたんだよ。
でもね。
そしたら。
珪くん、いなかった。
だからね。
チョコは珪くんのために作ったもの。
そのチョコを珪くんに食べてもらえないのなら意味はないんだ。
だから、自分で食べる。
そのかわりね。
ずっと前に森林公園のデートでクローバー見つけたの覚えてるかな?
四つの葉で少し小さめなクローバー。
見つけた時珍しくてはしゃいだわたしを珪くんは「子供みたいだな」って笑ってくれた。
それを家に持って帰ってずっと本に挟んでたんだ。
それからいろいろ珪くんと楽しい事が続いたんだよ。
ちょっとした、お守りみたいな。
だから珪くん。
わたしは守ってもらったから。
いっぱい楽しい事あったから。
今度は珪くんの番。
モデルさんだし、デザイナーにもなりたいっていう珪くんの夢。
叶えられるように。
すごいモデルさんになれるように。
すごいデザイナーさんにもなれるように。
家から持ってきたこれ。
封筒に入れて置いておく。
珪くんの家の郵便受けの中に。
名前は書かないから。
持っててくれたら嬉しいな。
ねぇ、珪くん。
わたしね。
「わたし……珪くんのこと好き。 大好きだよ」
門扉に手をかけ。
珪くんの家を見上げる。
ブラインドに遮られた珪くんの部屋の窓を見る。
伝わる事はなかった想い。
これからも一生伝わることはない。
ごめんね?
迷惑だよね?
でもわたし。
珪くん。
わたし、大好きだよ。
珪くんはわたしの事が嫌いでも。
珪くんに好きな女の子がいても。
それでもわたしは。
想うだけなら……許してくれる?
珪くんの家を離れ。
街灯の灯った住宅街を歩く。
今日から。
珪くんのいない学校。
珪くんのいないスタジオ。
わたしの中に何もなくなっちゃった。
ぽっかり穴があいちゃった。
支えがない。
糧がない。
どうしよう。
そして。
静かに頬を流れてた。
「まだ……出るんだ」
枯らしたと思ってた涙。
逢いたい。
声を聴きたい。
笑顔を見たい。
でも許されない。
絶たなきゃいけないこの想い。
忘れなきゃいけないこの想い。
分かってる。
でも。
珪くん。
逢いたいよ――。
「farewell song」 |
20060706 |