「かぁやっ!」
大きい声で自分の名前を呼ばれてびっくりする。
休み時間、つい先ほどまで授業だった英語のまとめをノートに書いてるところで夏野は顔をあげた。
奈津実が夏野に声をかけてきた。
気付けば自分の席の前にいる。
「ああ、びっくりした! どうしたの?」
「ほらほら片付けなよ、授業終わったんだから。 そんなコトよりね」
奈津実が急かす。
夏野は教科書とノートを机の中にしまって次の授業の準備をする。
奈津実は夏野の前の席に椅子をひいて座り。
「へへへ〜、夏野さぁ、今度の日曜空いてる?」
「今度の日曜……? 特に何も……」
「何もないねっ!? やった! 夏野ゲットォ!!」
「???」
目の前で喜んでる奈津実を夏野はワケが分からずぽかんと見ていた。
「何何? なっちん、何があるの?」
「ふふふ、ジャーン! なんとここに遊園地の優待券があるのだー」
「遊園地?」
「今さ、隣のクラスの子から貰っちゃったんだー。 5人まで入園無料らしくて、でさぁ珠美とか志穂とか……まぁ須藤はヤだけど……とかと一緒にって思ったんだけど、ちょうどいい機会だからさ夏野、ダブルデートしよっ」
「ダ、ダブルデート?」
日常聞かないその言葉に夏野はひどく驚く。
「いいけど……なっちんとほかに誰が来るの?」
「それはナイショでしょ、楽しみに待ってるんだよ。 じゃあ日曜10時に現地集合だから、またね」
奈津実は言いたいことだけ言って自分の席に帰ってしまった。
――遊園地、かぁ……。
遊園地と言えば夏野は去年葉月とナイトパレードに出掛けた思い出がある。
そろそろ一年になるが、それ以来あまり遊園地へは行ってない。
葉月とデートをしてないわけじゃないが、その他のデートスポットができたりするのでそちらにばっかり行ったり。
――ダブルデート……誰が来るんだろう……?
わたしの知らない人じゃないよねとか。
一緒に来る人が観覧車嫌いだったらどうしようとか。
いらない心配をしながら日曜を迎えた。
「うっわ〜〜〜〜っ、寝坊した! 遅刻する!!」
「はぁ……ねえちゃん……何やってんだよ……」
尽が呆れた顔で急いで支度する姉を見て溜息をつく。
「だってだってだって〜〜〜!!」
「今日ダブルデートなんだろ?」
顔を洗って髪の毛をセットして服を選んでる最中、夏野の手がぴたと止まった。
「………………何で知ってんのよ?」
「へへへ、昨日姫条の兄ちゃんに会ったもんね〜、俺のイイ男情報を甘く見ちゃダメだね」
「信じらんない……もう、早く部屋から出てって!」
怒鳴られて尽は「がんばってね〜」と、しししと笑いながら部屋から退散する。
閉めたドアの向こうを見、尽は思う。
――ねえちゃんの周りにいる男って結構いい男が多いんだよな……。
自分の部屋に戻り、いい男リサーチの手帳を開く。
確かに姫条もカッコいい。
三原だって鈴鹿だって守村だって日比谷だってカッコいい男の部類には当然入る。
ただ……自分の姉の事を思うと。
あんなにそそっかしい夏野を見ると尽でもハラハラする。
だとしたら、もう少し落ち着いた感じの男がいいんじゃないだろうか……。
そしたら……。
部屋の外で勢いよくドアを閉めて階下におりる音が聞こえた。
尽は自分の部屋のドアを開けると、「いってきまーす!」と夏野が玄関を出て行く音がする。
無事出掛けた姉に「ま、頑張んなよ」と尽は自分の携帯の履歴からクラスメートのエリちゃんにデートの誘いの電話をかけた。
バス停から何とか動物園行きのバスに乗り込み、席に着いた夏野は息を整えようと深呼吸した。
窓の外は夏野がはばたきに来て一年ちょっと。
大分見慣れた景色が流れていく。
――今日姫条くんが来るんだよね、で、なっちんと私……あと一人、だよね?
でも……珪くん、じゃないね……。
きっとこういうの嫌いだもん。
だからきっと来るのは、ほかの男の子だろう。
夏野はバスに揺られながら少し、ほんの少し誰にもわからないほどの落胆の色を顔に見せた。
動物園前のバス停に着いて、入り口まで走る。
「夏野、遅ーい!」
「ご、ごめん! なっちん!!」
「ははは、夏野ちゃんらしいなぁ、エエで、ちっとばかり遅うなっても」
見れば姫条と奈津実が揃って夏野を迎えた。
自分が最後だと思った夏野は。
「えーと……3人? 私が一番最」
「相変わらずだな、お前」
夏野の頭に暖かい声が降ってきた。
驚いて振り返ると葉月が後ろに立っていた。
「寝坊、特技か?」
「け、珪くん……なんで?」
「アタシが呼んだのよ。 最初葉月誘っても来なくて、でも夏野の名前出したら急に来」
「藤井……うるさい」
ムカつく奈津実を何とか姫条が嗜めてようやく入園する。
「わーい! 久しぶりに遊園地だ! コーヒーカップにバイキングにメリーゴーランド!
ねね、夏野なんにする?」
「えーと、最初はね……」
「夏野ちゃん、俺と一緒にジェットコースターに乗らへん?」
「え? あ、うん、乗ろっか」
姫条は夏野の腕をとって二人を残し、さっさとジェットコースターの乗り場まで行ってしまった。
――“俺と”……ね……。
葉月も奈津実も同じ思いで二人の後を追う。
前列に夏野と姫条。
後列に葉月と奈津実。
前の二人は最近話題の話に花が咲き。
後ろの二人は特に話すこともなく。
それでも奈津実は気まずい雰囲気に耐えられず、仕方なく葉月に話しかける。
「き、今日よく来てくれたよね」
「………………ああ」
「やっぱ夏野がいた方が楽しいよね」
「………………かもな」
「………………」
「………………」
そのまま話すこともなく順番が回ってきて二組で乗る。
頂上まで登る間、溜息をつきながら葉月は楽しく話す姫条と夏野を交互に見つめていた……。
それから乗るもの全て姫条は夏野を誘う。
昼食を挟んでもそれは相変わらずで。
葉月の口数もいつも以上に少なくなっていた。
最後、今月オープンしたばかりのお化け屋敷に入る事となる。
「…………大丈夫かな? 怖くないかな……?」
「大丈夫! 俺がついてるやん。 ささ、夏野ちゃん、一緒に入ろうや」
「あ、あのね……姫条くん」
「なんや?」
「ほら……たまにはなっちんと行きなよ。 わたしばっかじゃつまらないでしょ?」
「エエってエエって、ほら」
強引に夏野の手を引っ張りお化け屋敷に向かう。
夏野は引きずられながらも後ろを振り返り葉月を見る。
困ったように泣きそうになりながら。
葉月はそんな夏野を怒ったように悲しいようにじっと見返す。
奈津実も大きな溜息をついて葉月を誘う。
「……アタシたちも行こっか」
「………………俺はいい」
そう言って葉月は近くのベンチに腰を下ろす。
「な、なんで? 行かないの?」
「…………ああ」
「悪かったね、相手が夏野じゃなくてアタシしかいなくてっ!」
「………………」
仕方なく奈津実も少し距離をおいてベンチに座る。
葉月は当然の如く心中穏やかじゃない。
朝ちょっと話をしただけで、その後はほとんど口をきいてない。
勿論アトラクションも夏野と姫条がいつも一緒。
イライラが募る。
来なきゃよかった。
そんな思いすら込みあがる。
このまま帰ろうか、と思ったその時。
意外に早く二人がお化け屋敷から出てきた。
夏野が泣いていた。
姫条がその小さな肩を抱いて出てきた。
顔色を変えた葉月は立ち上がって足早に夏野を迎えに行く。
「どうした?」
「えーん……珪くーん……」
姫条がバツの悪そうな顔をして。
「いやな……夏野ちゃん、最初は大丈夫そうやったんだけど……怖くなって……泣き出してもうて途中の退出口から出てきてな……」
「ちょっと大丈夫!? んもう! 姫条が悪いのよ、強引に誘ったりするから……」
「夏野……もう大丈夫だ」
「……うぇーん…………怖かったよー……」
頭を撫でながら姫条に代わって葉月が夏野をなだめる。
「夏野ちゃん、ホンマごめんなぁ……」
「ううん……姫、条くん……ごめん、ね? わたし……大丈夫だと思ったんだけど……」
赤い目でへへ、と笑って姫条に気を使う。
「夏野、平気?」
「ん、もう平気。 ごめんね?」
「じゃあ、もう夕方だし……明日も学校だからさ、帰ろっか」
一同賛同し、遊園地の出口に向かう。
「なあ、夏野……この後空いてるか?」
葉月が二人に聞こえないよう、小声で夏野に聞いた。
「え? う、うん……空いてるよ」
姫条と奈津実が園の外で葉月と夏野を待ってると。
葉月は二人に。
「悪い、先に帰ってくれ」
「うわっ」
夏野の手を引っ張って再び園内に入る。
奈津実と姫条のわめく言葉も届かないほどに。
「んもう……行っちゃった……」
「ほな、俺らも帰るか」
「何よ、姫条。 今日は夏野とばっかだったじゃん」
「ああ……あれは俺が夏野ちゃんと一緒に乗りたかったのもあるんやけど……ちょっと試してみた」
「……?」
「それにしても……夏野ちゃん、一緒にお化け屋敷入っても絶対俺に掴まらんかったな」
「え?」
「『大丈夫』って言って服すらも掴まんかった」
「け、珪くん……?」
夏野を連れて無言で辿り着いた場所、それは。
今日一日乗らなかった観覧車の前。
やっぱり無言のままで葉月は夏野を先に乗せ、続いて自分もそれに乗り込む。
夏野の向かいに座った葉月は足を組んで。
「付き合え」
「え?」
「……寝るの、付き合え」
静かに上昇するゴンドラ。
夏野は理由は分からなかった。
さっきの恐怖が思い出されてなのか。
葉月とようやく二人きりになったことで気が緩んだのか。
視界がぼやける。
「どうした?」
すぐに泣いてるのがバレる。
「ううん、何でもない……」
必死の抵抗で窓の外を見るが。
葉月は立ち上がって夏野の隣に座る。
びっくりして葉月を見る夏野。
「け、珪くん?」
夏野の頭をポンポンと優しく撫でながら。
「……もうダブルデートしない」
「…………え?」
「来るなら二人で来る」
観覧車が一周するのに、時間が止まったんじゃないかと思うほど。
二人には長く感じられた。
ずっと頭に乗せられた大きな手は。
普段繋ぐ時よりも温かくて。
夏野は目を閉じながらささやかな幸せを感じていた。
窓の外は日が落ちるのに比例して、園内の各所で明かりが灯る。
乗り終わると夏野は「もうひとつ」と。
見慣れた建物の前にやってきた。
「夏野……?」
「もう一度……もう一度だけ入りたい、何とか克服したい。 今度は珪くんと一緒だし……怖くないかも」
「……いいのか?」
大きく頷いて二人はお化け屋敷に入る。
当然すぐに克服などできるはずもなく。
夏野はしっかり葉月のシャツを握り締めながら泣き喚いていた。
葉月は夏野の肩を抱きながら思う。
自分の腕の中にいる夏野を見、今度遊園地に来たらまたここに入ろうなどと。
不純な動機で誘おうと思うのだった。
「doubledate」 |
20050129 |