初夏。
はば学の制服も紺地から清潔そうな白い薄手の制服に変わり。
何故か心まで浮かれてきそうで。
その日、授業を終え、わたしは隣のクラスのなっちんの元に向かった。
「なっちん! 一緒に帰ろう!」
「オッケー!! 今日さぁ、ミルクレープ食べて帰ろうよお〜」
「はいはい」
わたしたちが今日あったことなんかを話しながら昇降口へ向かっていると、背後から低音が聞こえた。
「樋渡」
条件反射で後ろを振り向くと、そこには葉月くんが立っていた。
わたしはびっくりして彼を見た。
とても驚いた。
彼がいたことに、ではなく。
手には参考書を持っている。
「落とした」
「え……? え? ウソ!? あ、ありがとう!」
「……おまえ、今日バイトか?」
「う、ううん、わたしバイト火曜日と木曜日」
笑顔とまではいかないものの、柔らかな表情になって。
「そうか……俺と同じだな」
そう言い残して鞄を抱えた彼は、わたしたちの横を通り過ぎ下駄箱に向かった。
隣にいたなっちんが冷やかす。
「やだ〜、アンタたち仲いいじゃんね〜」
「そ、そんなんじゃないってば! ただバイト先の隣が……」
「ふふふ〜いいカンジだよ〜? アタシお邪魔だったかなぁ」
「ち、違うったら!」
でもさ、となっちんが歩きながら話す。
「あんな葉月の顔、見たことないんだよねぇ」
「え?」
「なんかさ、少し表情が優しくなったって言うか……なんかさ中等部の頃はさ、誰も寄せ付けないところがあったから」
「そうかな?」
なっちんは何故か長い溜息をつく。
「アンタは中学他所だから、葉月のこと知らないんだよ。 ねえ夏野さ、葉月のこと好き?」
「え!? ……あ〜、う〜ん……」
「……あんまり葉月はオススメできないな……奈津実お姉さんとしては。 だってモデルでしょ? ファンの子いっぱいいるからきっと泣かされちゃうよ?」
「………………」
さっき初めて名前呼ばれた。
葉月くんが他の人、呼んでるの見たことないから。
“樋渡”って。
いつも“おい”とか“おまえ”だったから。
わたし嬉しかった。
ちょっと近づけたかなって。
本当に嬉しかったんだ。
もしかしたらわたしだけじゃないのかもしれない。
葉月くんにとっては他の女の子たちと一緒なのかもしれない。
昨日からわたしは喫茶店でバイトを始めた。
隣は撮影スタジオで。
葉月くんがそこにいた。
見れば少し薄くお化粧してるみたいで。
裸の上に雑にかかったシャツを羽織って。
学校で見る葉月くんとはまた少し違う感じがして。
葉月くんは大人びてて。
学校ともデート中とも違う葉月くん。
わたしの知らない葉月くんを知ることができて嬉しかった反面。
手の届かない人なんだな、と認識もさせられた。
でも。
想っててもいいよね?
そんな些細なことでも嬉しいって思ってもいいよね?
「ねえ、なっちん。 わたし葉月くんのこと……」
「夏野?」
「モデルだからとかじゃなくて…………葉月くん、なんかほっとけない……かな」
いつも一人だから。
いつも孤独だから。
「………………」
「だからゴメンネ、なっちん」
わたしがそう言うとなっちんはにっこり笑って。
「知ってた! それって好きってことでしょ? だからちょっとアンタに意地悪しちゃった」
それってやっぱり好き、ってことなのかな?
言って自分の鞄から何かを取り出しわたしに差し出した。
写真。
裏のまま渡された。
「あげる。 アタシ、趣味カメラだから。 夏野がそう言ってくれたならアタシ応援するから、ね? ほら、早く食べに行こうよ〜! アタシお腹すいちゃった!」
表にしてそこに写っていたのは、葉月くんだった。
鞄を脇に抱え、下校中の写真だった。
相変わらず眠そうな顔をしていたが。
ね、葉月くん、私がこれ持ってたら怒るかな?
隠し撮りなんかするなって怒るかな?
でも、ゴメンネ。
まだよくわからないけど、もしかしたらわたしの気持ち固まりつつあるかもしれない。
写真もらって、正直嬉しかったから。
それってやっぱり好き、ってこと……だよね?
「ありがとう! なっちん!!」
わたしは大事に手帳に写真を挟み、なっちんの後を追いかけた。
「call name」 |
20040414 |