ここにはまだ幻光虫が漂う。
着いた頃にはもう陽も地平線に隠れ始めてた。
あの高台。
二年前――。
あと少し。
究極召喚まで。
焚き火を囲み。
思い出話をしながら。
みんながわたしを死なせないようにと。
思案に暮れてたあの夕闇。
鮮明に。
……蘇る。
それは消えることのない。
忘れることのない。
わたしの…………。
「……どうしてもね、ここだけは守りたかったんだ」
「うん……」
誰も悪い訳じゃない。
ただ。
わたしの中でのここは。
特別で。
大切な場所。
安易に、簡単に。
考えたくないんだ。
「怖かった……んだよな」
わたしに背を向け。
キミはザナルカンドの海を懐かしげに目を細めて。
「オレが消えるコトより……ユウナが消えるってコト…………怖かったんだ」
「…………」
「オレが消えれば、ユウナは消えない。 そう思ったら……オレ、自分が消えるコトなんて怖くなかった」
「…………」
「ユウナがスピラを救う。 ユウナもスピラも笑顔が戻る。 ユウナは……幸せになる。
それだけでオレ……満たされた」
キミの背中をわたしはじっと見ていた。
逸らす事なく。
「勝手……だったんだよな…………ユウナの気持ち知らないで、勝手に置いてって……」
「………………」
「でも……祈り子たちの思いがさ、ばらばらになったオレをまたこうして人の形にしてくれた……そう、思うんだ」
「ん…………」
「ここまでずっとユウナと旅してきて……ずっと不安だった…………もしかしたら…………もしかしたらオレはまだ……夢、なのかなって……」
ゆ、め…………?
彼は自分の両の手を見ながら。
ぼそりと言う。
「また消えるんじゃないかって……気がついたら意識なんかなくなってるんじゃないかって…………オレ……全然眠れなかった……」
「じゃあ……また消え…………」
途中で飲み込んだ言葉。
口にしたくない、言葉。
…………イヤだよ。
だって……キミは、もう消えないって。
そう確信したんだよ……?
「…………いなく、なる……? またわたし置き去りにされるの……?
キミは知らないよね? わたしずっと……ずっと……ひとりで……」
「ユ……」
「わたし……怖かった! キミがいなくなって……ひとりっきりになって………………いつだって思い出してた……!
一度だって、忘れなかった……!! いつだって…………指笛が、聞こえた……」
「……ユウナ……」
「………………」
「………………」
「…………ごめん……なんでもない」
わたしは俯いて口を閉ざした。
キミを見れない。
辛いよ。
わたしだって。
ずっと怖くて。
ピィーーーーッ……。
途端聴こえた。
指笛。
沈む陽を背に。
彼は口元から指を下ろし、にっこりと微笑んだ。
「オレがユウナのコトを」
「え……」
「ユウナがオレのコトを大事にする気持ちがあれば大丈夫」
「……ティ」
「互いを大事に思えば、オレは消えないッス」
笑って。
それだけ言って。
再びわたしに背を向けて。
もうほとんど沈んでる太陽をまた眺め始める。
「…………アレ? 来ないの? オレ指笛吹いたッスけど」
きっと。
今照れてる。
嬉しくて。
わたしは駆け出し。
その背に飛びついた。
頬が温かい。
彼がちゃんとここにいる証拠。
「祈り子様がそう言ったの?」
「……オレが今考えた」
その返答がおかしくて。
思わず笑ってしまった。
同時に。
嬉しくて。
涙が零れそうになり。
少し鼻をすする。
「泣いてるッスか?」
「う、ううん、泣いてないよ」
「ウソつき」
「泣いてないっす」
「泣いてるッス」
「違うったら! んもう!」
「うわぁっ!!」
わたしは彼の背中を押して。
そばを流れる河に落とした。
派手に落ちて、大きな波紋の中央のブクブク言ういくつもの泡を見てると。
徐々に見慣れた金髪が浮かび。
「ぶはっ!」
と大きな音を立てて。
彼が水面から姿を現した。
鼻を押さえ。
しかめた顔で。
わたしに言う。
「大事にしろって!」
つい笑うわたし。
ごめんね。
ちょっとだけ。
粗末にしちゃった。
ほら。
ね?
大丈夫。
だからわたしも。
彼のいるところへダイブする。
「え……うわ、ユウナ!」
両腕を広げてわたしの腰を受け止めてくれ。
わたしの両足だけが河の水に浸かる。
すっかり水に濡れハネのなくなった髪。
赤く染まるから余計に目立つ、濡れた褐色の肌。
力強い腕も。
アクセサリーの音も。
何もかもがあの時のまま。
変わらない。
「消えないね」
彼はビックリしたようにわたしを見る。
でもすぐにその言葉の意味が分かると。
わたしを強く。
抱き締めてくれた。
「うん! 消えないッスね!」
わたしも彼の首に腕を回し。
わたしを見上げる彼と瞳を合わせる。
名残惜しいように互いの瞼が下ろされ。
どちらともなく近づく唇。
角度を何度も変える口づけ。
消えない。
もう。
それだけでいいんだ。
何もいらないんだ。
時も。
止まってくれていいんだよ。
だから。
ずっと一緒に。
生きていこう。
これからはキミだけを。
見つめて。
大事に。
想って。
「to home ― end of spiral」 |
20060823 |